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招かれた血脈
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海沿いの道から見上げた「巫啼館(かなぎかん)」は、近くで見るとより一層、周囲の景色を拒絶するように歪で巨大だった。崖の突端にへばりつくように建つその屋敷は、潮風に晒されて黒ずみ、まるで意志を持った巨大な生き物がうずくまっているかのように見える。
私は息を切らしながら急な石段を登り、重厚な門の前に辿り着いた。
そこには、一人の男が立っていた。 岩のように頑強な体躯、感情を一切排した鋭い眼光。私と同じくらいの年齢に見えるが、纏っている空気の重さがまるで違う。
「……あの、すみません。東京から来た野上誠と言います。当主の御影宗厳(むねよし)さんに、母の手紙を届けに来たのですが」
男に話しかけたが、ぴくりとも動かなかった。返事はおろか、瞬きさえもしない。ただ、私を値踏みするような冷徹な視線だけが突き刺さる。
沈黙に耐えかねて私がもう一度口を開こうとした時、男は「うかがっております。こちらへ」と、言うと、そのまま背を向け、屋敷の中へと促すように手で合図をした。名前も名乗らないそ態度に少しムッとしたが、それ以上に、彼から放たれる圧倒的な威圧感に、私はただ黙って従うしかなかった。
屋敷の内部は、外の眩しい陽光を吸い込んでしまったかのように薄暗かった。
古い板張りの廊下を歩くたび、ギイ、ギイと悲鳴のような音が響く。案内された奥の書斎。そこには、背を向けたまま窓の外を眺める一人の老人がいた。
「……小夜子の息子か」
老人がゆっくりと振り返った。 その瞬間、私は心臓を掴まれたような衝撃を覚えた。 彫りの深い顔立ちに、射抜くような厳しい瞳。御影宗厳。母の手紙の宛先。この老人の放つ威圧感は、先ほどの男の比ではなかった。
「野上誠です。……一ヶ月前に母が亡くなりまして。遺品の中に、あなた宛の手紙を見つけたんです。母とあなたは、どういったお知り合いだったのでしょうか?」
私が恐る恐る手紙を差し出すと、宗厳はそれを奪うように受け取り、中身を一瞥した。母の死を悲しむ素振りも、懐かしむ色も見せない。ただ、冷酷なまでに鋭い目で、私の顔をじろじろと観察している。
「知り合い……。ふん、小夜子はそこまで何も話していなかったのか。私は、小夜子の兄だ。君にとっては叔父にあたる」
「お、叔父さん……?」
私は絶句した。母には身寄りがいないと聞いていた。まさか、こんな伊豆の果てに、こんなに威厳のある風貌の身内がいたなんて。
「事情は手紙を読んで把握した。野上君。君は今日から、この屋敷に泊まるがいい。しばらくはゆっくり休んでいくのがよろしかろう」
「えっ、でも、私は挨拶だけのつもりで……」
「聞いたところでは、仕事はフリーのライターだそうだが、仕事が立て込んでいるのかな?」
「いえ、そういうわけでは……。あのう、なぜ私の仕事を?」
「田舎者だからな。騙されないように、初対面の人間と会う前はいろいろと調べる。どうか気を悪くしないでくれ」
謝罪のような言葉を口にしたが、申し訳なさそうな態度は微塵もなかった。
「しかし、いきなり御厄介になるというのは――」
宗厳は私の言葉を遮り、手を叩いて誰かを呼んだ。
現れたのは、小さな身体を縮めるようにして入ってきた、若い小間使いの少女だった。
「静(しず)、この方、野上さんを客間へ案内しろ」
少女は「はい……」とか細い声で答え、私に深々と頭を下げた。私は困惑しながらも、宗厳の有無を言わさぬ空気感に押され、彼女の後をついていくことにした。
「……あの、急にすみません。僕、野上って言います」
少しでも場を和ませようと彼女の背中に声をかけたが、彼女は振り返らずに黙々と歩き続ける。 やがて、客間の扉の前でお静さんが足を止め、案内しようと私の方を向き直った、その時だった。
ちょうど西日が差し込み、私の首筋が露わになった。 彼女の視線が、私のうなじにある、あの逆さの指のような痣に釘付けになった。
「――っ!?」
お静さんは息を呑み、まるで見てはならないものを見たかのように、震える手で自分の口を覆った。その瞳には、隠しようのない恐怖が浮かんでいる。
「ど、どうしたの?」
私が問いかけると、彼女はガタガタと震えながら、絞り出すような声で言った。
「……いいえ、何でも……ございません。失礼いたします!」
彼女は逃げるようにその場から去っていった。 後に残された私は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
私は部屋に入り、窓を開けた。 そこからは波止場が見下ろせた。
ふと、屋敷の中庭へと続く回廊を、一人の白い影が横切るのが見えた。
先ほど波止場で見かけた、あの白い日傘の女性。
彼女が誰なのかはまだ分からない。だが、その背中が視界をよぎった瞬間、私の心臓は不自然なほど激しく跳ねた。
叔父だと名乗った冷酷な老人。怯える少女。そして、異様なまでに美しい謎の女性。
ここを訪れた私の足元で、何かが音を立てて崩れ始めていた。
私は息を切らしながら急な石段を登り、重厚な門の前に辿り着いた。
そこには、一人の男が立っていた。 岩のように頑強な体躯、感情を一切排した鋭い眼光。私と同じくらいの年齢に見えるが、纏っている空気の重さがまるで違う。
「……あの、すみません。東京から来た野上誠と言います。当主の御影宗厳(むねよし)さんに、母の手紙を届けに来たのですが」
男に話しかけたが、ぴくりとも動かなかった。返事はおろか、瞬きさえもしない。ただ、私を値踏みするような冷徹な視線だけが突き刺さる。
沈黙に耐えかねて私がもう一度口を開こうとした時、男は「うかがっております。こちらへ」と、言うと、そのまま背を向け、屋敷の中へと促すように手で合図をした。名前も名乗らないそ態度に少しムッとしたが、それ以上に、彼から放たれる圧倒的な威圧感に、私はただ黙って従うしかなかった。
屋敷の内部は、外の眩しい陽光を吸い込んでしまったかのように薄暗かった。
古い板張りの廊下を歩くたび、ギイ、ギイと悲鳴のような音が響く。案内された奥の書斎。そこには、背を向けたまま窓の外を眺める一人の老人がいた。
「……小夜子の息子か」
老人がゆっくりと振り返った。 その瞬間、私は心臓を掴まれたような衝撃を覚えた。 彫りの深い顔立ちに、射抜くような厳しい瞳。御影宗厳。母の手紙の宛先。この老人の放つ威圧感は、先ほどの男の比ではなかった。
「野上誠です。……一ヶ月前に母が亡くなりまして。遺品の中に、あなた宛の手紙を見つけたんです。母とあなたは、どういったお知り合いだったのでしょうか?」
私が恐る恐る手紙を差し出すと、宗厳はそれを奪うように受け取り、中身を一瞥した。母の死を悲しむ素振りも、懐かしむ色も見せない。ただ、冷酷なまでに鋭い目で、私の顔をじろじろと観察している。
「知り合い……。ふん、小夜子はそこまで何も話していなかったのか。私は、小夜子の兄だ。君にとっては叔父にあたる」
「お、叔父さん……?」
私は絶句した。母には身寄りがいないと聞いていた。まさか、こんな伊豆の果てに、こんなに威厳のある風貌の身内がいたなんて。
「事情は手紙を読んで把握した。野上君。君は今日から、この屋敷に泊まるがいい。しばらくはゆっくり休んでいくのがよろしかろう」
「えっ、でも、私は挨拶だけのつもりで……」
「聞いたところでは、仕事はフリーのライターだそうだが、仕事が立て込んでいるのかな?」
「いえ、そういうわけでは……。あのう、なぜ私の仕事を?」
「田舎者だからな。騙されないように、初対面の人間と会う前はいろいろと調べる。どうか気を悪くしないでくれ」
謝罪のような言葉を口にしたが、申し訳なさそうな態度は微塵もなかった。
「しかし、いきなり御厄介になるというのは――」
宗厳は私の言葉を遮り、手を叩いて誰かを呼んだ。
現れたのは、小さな身体を縮めるようにして入ってきた、若い小間使いの少女だった。
「静(しず)、この方、野上さんを客間へ案内しろ」
少女は「はい……」とか細い声で答え、私に深々と頭を下げた。私は困惑しながらも、宗厳の有無を言わさぬ空気感に押され、彼女の後をついていくことにした。
「……あの、急にすみません。僕、野上って言います」
少しでも場を和ませようと彼女の背中に声をかけたが、彼女は振り返らずに黙々と歩き続ける。 やがて、客間の扉の前でお静さんが足を止め、案内しようと私の方を向き直った、その時だった。
ちょうど西日が差し込み、私の首筋が露わになった。 彼女の視線が、私のうなじにある、あの逆さの指のような痣に釘付けになった。
「――っ!?」
お静さんは息を呑み、まるで見てはならないものを見たかのように、震える手で自分の口を覆った。その瞳には、隠しようのない恐怖が浮かんでいる。
「ど、どうしたの?」
私が問いかけると、彼女はガタガタと震えながら、絞り出すような声で言った。
「……いいえ、何でも……ございません。失礼いたします!」
彼女は逃げるようにその場から去っていった。 後に残された私は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
私は部屋に入り、窓を開けた。 そこからは波止場が見下ろせた。
ふと、屋敷の中庭へと続く回廊を、一人の白い影が横切るのが見えた。
先ほど波止場で見かけた、あの白い日傘の女性。
彼女が誰なのかはまだ分からない。だが、その背中が視界をよぎった瞬間、私の心臓は不自然なほど激しく跳ねた。
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