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聖域の対話
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大聖堂での生活
大聖堂に保護されてから、五日目。
アランの正規軍が北から戻ってくるまで、あと五日ほど。
私たちの生活は、静かだった。
朝は神官たちと共に早朝の祈りに参加する。
昼はルシアンと大神官を交え、帝国の未来について議論する。
夜は部屋で、ルシアンと二人、南の父やアンナからの、秘密の報告を待つ。
(……不思議な気分だわ)
私は大聖堂の図書室で、古い羊皮紙の巻物を開いていた。
処刑台から始まり、憎悪にまみれ、血生臭い策略ばかりを巡らせてきた、この二度目の人生。
今、この「聖域」の中だけは、まるで嵐の目の中にいるように平穏だった。
「……エリアーナ」
ルシアンが私を探しに来たようだった。
「……ここよルシアン」
「……こんな場所で何を?」
彼は神学書や歴史書に埋もれた私を見て、怪訝な顔をした。
「……調べ物をね」
「調べ物? アランをどうやって討ち取るか、か?」
「……それもあるけれど」
私は立ち上がり、彼に一冊の古い記録を見せた。
「……ルシアン。あなたのお父様の裁判記録よ」
※※※※※※※※※※※※※※※
ルシアンの「傷」
「これが……!」
ルシアンの顔が一瞬で凍りついた。
彼が私から、その記録を奪い取ろうとする。
「……どこでそれを」
「大神官様が閲覧を許可してくださったわ。……大聖堂の公式な裁判記録」
「……よせ」
ルシアンは私から目をそらし、背を向けた。
「……今更あんなものを読んだところで……」
「……読みたくないの?」
「……」
彼は答えない。
だがその背中は、あの「冷血公爵」のものではなく、ただの傷ついた「青年」の背中だった。
私は彼の背中に、そっと近づいた。
「……わたくしは読んだわ」
「……」
「あなたのお父様……ヴァレリウス公爵は、『反逆者』ではなかった」
「……!」
ルシアンの肩が、ピクリと震えた。
「裁判記録には、明確に記されていたわ。……現皇帝(アランの父)が証拠を『捏造(ねつぞう)』し、あなたのお父様に罪を被せた、と」
「……知っていた」
ルシアンが絞り出すような声で言った。
「……知っていた。だが、俺がそれを知っていると、誰が信じる?」
「……」
「俺は反逆者の息子だ。俺が父の無実を叫べば、それはただの『負け犬の遠吠え』だ。……アランへの、逆恨みにしか、聞こえん」
ルシアンは拳を強く握りしめていた。
(……そう。彼はずっと一人で耐えてきた)
(私のように「回帰」して、やり直すチャンスもなかった)
(ただ憎悪を胸に秘めて生きてきた)
※※※※※※※※※※※※※※※
大神官の「証言」
「……ルシアン」
私は、彼の握りしめた拳の上に自分の手を重ねた。
「……一人で耐えなくていいの」
「……なに?」
「わたくしはあなたを信じるわ」
「……」
「そして、わたくし以外にも信じる人がここいる」
その時、図書室の入り口に大神官が静かに立っていた。
「……大神官殿」
ルシアンがハッとした顔で振り返る。
大神官はゆっくりと、私たちの方へ歩いてきた。
「……ルシアン公爵。貴公の父君は立派なお方だった」
「……」
「わしはあの裁判で唯一、貴公の父君を弁護した。……だが、現皇帝の『力』に、わしの声は届かなかった」
大神官はルシアンの前に立ち、深々と頭を下げた。
「……すまなかった。わしは無力だった」
「……大神官殿! 頭を上げてくれ!」
ルシアンが慌てて大神官の肩を支える。
「……わしはあの日以来、誓ったのだ。二度と神の法が権力に屈してはならぬ、と」
大神官は顔を上げ、ルシアンを真っ直ぐに見つめた。
「……ルシアン公爵。わしは、あの裁判の『生き証人』だ」
「……!」
「アラン殿下が、貴公を『国賊』と呼ぶのであれば、わしは貴公の父君の『無実』を、今こそ民衆の前で証言しよう」
「……大神官殿。あなたは本気か。……そんなことをすれば、あなたもアランの敵になる」
「構わぬ」
大神官はきっぱりと言い切った。
「わしは神に仕える身。……神の『正義』を行うまで」
※※※※※※※※※※※※※※※
新たなる「大義名分」
私は、大神官とルシアンの姿を息を呑んで見つめていた。
(……すごい)
(わたくしはアランの「呪詛」から逃げるために、この聖域を選んだ)
(でも、わたくしが引き当てたのは、それ以上の切り札だった)
アランの「大義名分」は、イザベラの流産という、脆い「嘘」。
だが、わたくしたちが今、手に入れた「大義名分」は。
(……ルシアンの父の無実)
(皇室が過去に犯した、最大の『罪』の暴露)
「……ルシアン」
私は震える声で彼に言った。
「……勝てるわ」
「……エリアーナ?」
「アランに勝てる。わたくしたちの『復讐』は、ただの『逆恨み』じゃない」
「……」
「これは、奪われた『正義』を取り戻すための戦いになる」
ルシアンの金色の瞳が、長年彼を縛り付けていた「憎悪」の鎖から解き放たれ、父の無念を晴らす「使命」の光に輝き始めた。
大聖堂での、この「対話」こそが、アラン政権を根底から覆す、真の「宣戦布告」となったのだ。
大聖堂に保護されてから、五日目。
アランの正規軍が北から戻ってくるまで、あと五日ほど。
私たちの生活は、静かだった。
朝は神官たちと共に早朝の祈りに参加する。
昼はルシアンと大神官を交え、帝国の未来について議論する。
夜は部屋で、ルシアンと二人、南の父やアンナからの、秘密の報告を待つ。
(……不思議な気分だわ)
私は大聖堂の図書室で、古い羊皮紙の巻物を開いていた。
処刑台から始まり、憎悪にまみれ、血生臭い策略ばかりを巡らせてきた、この二度目の人生。
今、この「聖域」の中だけは、まるで嵐の目の中にいるように平穏だった。
「……エリアーナ」
ルシアンが私を探しに来たようだった。
「……ここよルシアン」
「……こんな場所で何を?」
彼は神学書や歴史書に埋もれた私を見て、怪訝な顔をした。
「……調べ物をね」
「調べ物? アランをどうやって討ち取るか、か?」
「……それもあるけれど」
私は立ち上がり、彼に一冊の古い記録を見せた。
「……ルシアン。あなたのお父様の裁判記録よ」
※※※※※※※※※※※※※※※
ルシアンの「傷」
「これが……!」
ルシアンの顔が一瞬で凍りついた。
彼が私から、その記録を奪い取ろうとする。
「……どこでそれを」
「大神官様が閲覧を許可してくださったわ。……大聖堂の公式な裁判記録」
「……よせ」
ルシアンは私から目をそらし、背を向けた。
「……今更あんなものを読んだところで……」
「……読みたくないの?」
「……」
彼は答えない。
だがその背中は、あの「冷血公爵」のものではなく、ただの傷ついた「青年」の背中だった。
私は彼の背中に、そっと近づいた。
「……わたくしは読んだわ」
「……」
「あなたのお父様……ヴァレリウス公爵は、『反逆者』ではなかった」
「……!」
ルシアンの肩が、ピクリと震えた。
「裁判記録には、明確に記されていたわ。……現皇帝(アランの父)が証拠を『捏造(ねつぞう)』し、あなたのお父様に罪を被せた、と」
「……知っていた」
ルシアンが絞り出すような声で言った。
「……知っていた。だが、俺がそれを知っていると、誰が信じる?」
「……」
「俺は反逆者の息子だ。俺が父の無実を叫べば、それはただの『負け犬の遠吠え』だ。……アランへの、逆恨みにしか、聞こえん」
ルシアンは拳を強く握りしめていた。
(……そう。彼はずっと一人で耐えてきた)
(私のように「回帰」して、やり直すチャンスもなかった)
(ただ憎悪を胸に秘めて生きてきた)
※※※※※※※※※※※※※※※
大神官の「証言」
「……ルシアン」
私は、彼の握りしめた拳の上に自分の手を重ねた。
「……一人で耐えなくていいの」
「……なに?」
「わたくしはあなたを信じるわ」
「……」
「そして、わたくし以外にも信じる人がここいる」
その時、図書室の入り口に大神官が静かに立っていた。
「……大神官殿」
ルシアンがハッとした顔で振り返る。
大神官はゆっくりと、私たちの方へ歩いてきた。
「……ルシアン公爵。貴公の父君は立派なお方だった」
「……」
「わしはあの裁判で唯一、貴公の父君を弁護した。……だが、現皇帝の『力』に、わしの声は届かなかった」
大神官はルシアンの前に立ち、深々と頭を下げた。
「……すまなかった。わしは無力だった」
「……大神官殿! 頭を上げてくれ!」
ルシアンが慌てて大神官の肩を支える。
「……わしはあの日以来、誓ったのだ。二度と神の法が権力に屈してはならぬ、と」
大神官は顔を上げ、ルシアンを真っ直ぐに見つめた。
「……ルシアン公爵。わしは、あの裁判の『生き証人』だ」
「……!」
「アラン殿下が、貴公を『国賊』と呼ぶのであれば、わしは貴公の父君の『無実』を、今こそ民衆の前で証言しよう」
「……大神官殿。あなたは本気か。……そんなことをすれば、あなたもアランの敵になる」
「構わぬ」
大神官はきっぱりと言い切った。
「わしは神に仕える身。……神の『正義』を行うまで」
※※※※※※※※※※※※※※※
新たなる「大義名分」
私は、大神官とルシアンの姿を息を呑んで見つめていた。
(……すごい)
(わたくしはアランの「呪詛」から逃げるために、この聖域を選んだ)
(でも、わたくしが引き当てたのは、それ以上の切り札だった)
アランの「大義名分」は、イザベラの流産という、脆い「嘘」。
だが、わたくしたちが今、手に入れた「大義名分」は。
(……ルシアンの父の無実)
(皇室が過去に犯した、最大の『罪』の暴露)
「……ルシアン」
私は震える声で彼に言った。
「……勝てるわ」
「……エリアーナ?」
「アランに勝てる。わたくしたちの『復讐』は、ただの『逆恨み』じゃない」
「……」
「これは、奪われた『正義』を取り戻すための戦いになる」
ルシアンの金色の瞳が、長年彼を縛り付けていた「憎悪」の鎖から解き放たれ、父の無念を晴らす「使命」の光に輝き始めた。
大聖堂での、この「対話」こそが、アラン政権を根底から覆す、真の「宣戦布告」となったのだ。
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