冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

文字の大きさ
21 / 21

世界を縫い合わせる、金色の絆

しおりを挟む
「……正気か、巴」

 波旬様が、信じられないものを見る目で私を見つめている。 

「俺を『接着剤』にするだと? 空間ごと俺を直す気か?」

「ええ、そうです」

  私は強がりではなく、確信を持って頷いた。 「世界の歪みが貴方の身体のヒビと連動しているなら、逆もまた然りです。貴方の魔力を使って、この空間の亀裂を『金継ぎ』すれば、世界は安定し……同時に、貴方の身体の負担も消えるはず」

 私は筆を構え、震える足を叱咤した。

 「ただし、荒療治です。……波旬様、貴方には亀裂の中心に入ってもらいます。物凄い激痛が走るはずです。それでも耐えられますか?」

 波旬様は一瞬、目を丸くし、やがて、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

「ハッ。誰に口を聞いてやがる」  彼は大太刀を捨て、素手で構えた。 「俺は閻魔大王の息子、波旬だぞ。……地獄の痛みなんざ、慣れっこだ。好きにやれ!」


   ◆


「斬鉄さん! 行きますよ!」 『おう! 俺様の切れ味、神域まで高めてやる!』

 私は夜狐さんに跨り、空へと舞い上がった。  目の前には、世界を引き裂く巨大な黒い亀裂。  そこから漏れ出す瘴気は、肌を焼くように痛い。

「まずは『下地処理』です! 斬鉄さん、亀裂の断面を綺麗に切り揃えて!」

『任せろォォッ!!』  斬鉄が巨大化し、銀色の閃光となって空間を薙いだ。  ザシュッ!!  ギザギザに割れていた空間の縁(ふち)が、スパッと滑らかに切断される。

「今です、波旬様!」

「うおおおおぉぉッ!!」  波旬様が亀裂の中心へと飛び込んだ。  彼は両手を広げ、自身の体内から莫大な魔力を放出する。  黒い霧のような魔力が、亀裂の間を埋める「漆(パテ)」となって充満していく。

「ぐ、がぁぁぁぁ……ッ!!」  波旬様が絶叫した。  当然だ。世界の崩壊を、生身一つで受け止めているのだから。彼の皮膚に新たな亀裂が走り、血が噴き出す。

「波旬様……!」  胸が張り裂けそうだ。でも、今私が躊躇(ためら)えば、彼は無駄死にする。  私は涙を拭い、筆に「金粉」をたっぷりと乗せた。

「繋がれ……繋がれぇぇッ!!」

 私は空中で筆を振るった。  波旬様の魔力(黒)と、私の金継ぎ(金)。  二つが混ざり合い、亀裂のラインをなぞっていく。

 ――ズズズズズ……。

 奇跡が起きた。  裂けていた空間が、金色の光を帯びて引き寄せ合い、ゆっくりと閉じ始めたのだ。  それはまるで、世界そのものが癒やされていくような光景。

「まだだ……まだ足りねえ……!」  中心にいる波旬様が、血を吐きながら叫ぶ。 

「もっと持ってけ! 俺の命ごと縫い合わせろ! 巴!!」

「死なせません! 貴方は私の……私の大切な旦那様なんだからッ!!」

 私は叫び、最後の仕上げに入った。  金継ぎの極意。「景色」を作る。  ただ直すだけじゃない。壊れる前よりも美しく、強固に。  二人の愛(魔力)を、永遠の輝きに変えて――!

 カッッッ!!!!

 視界が真っ白に染まるほどの閃光が炸裂した。

   ◆

 ……静寂。  目を開けると、そこには穏やかな灰色の空があった。  あの禍々しい亀裂は消えていた。  代わりに、空間には一本の美しい「稲妻のような金色の継ぎ目」が走り、神々しい輝きを放っている。

「……は、じゅん、様……?」

 私は慌てて地上へ降りた。  荒野の中央に、波旬様が倒れていた。

「波旬様! しっかりして!」  抱き起こすと、彼は薄っすらと目を開けた。

 「……よう。……随分と派手な『手術』だったな……」

 生きてる。  そして、私は息を呑んだ。  彼の上半身にあった、あの痛々しい無数の亀裂。  それが全て消え――胸の中央に一本だけ、空間と同じ「金色の継ぎ目」が、誇らしげに残っていた。  それはもう傷跡ではない。彼が世界を守り、私と共に歩んだ「勲章」に見えた。

「……痛みは?」 

「……嘘みてえに消えた。身体が軽い」  波旬様は私の頬に手を添え、優しく微笑んだ。 

「ありがとな、巴。……お前のおかげで、俺は初めて『生まれ変われた』気がする」

「うぅ……うわぁぁぁん!」  私はたまらず彼の胸に顔を埋めて泣いた。  良かった。本当に良かった。

『フン。見せつけてくれるわ』 

 地面に刺さった斬鉄が、やれやれと呆れている。  こうして、最後の、そして最大の試練「無間地獄」の修復は完了した。

 しかし。  私たちが安堵していたその時。  空から、パチパチと拍手の音が降ってきた。

「――お見事です。まさか、本当に直してしまうとは」

 冷ややかな声。  見上げると、そこには優雅な笑顔を浮かべた第二皇子・廉浄(れんじょう)様が浮いていた。  でも、何かがおかしい。彼の背後には、おびただしい数の武装した鬼の軍勢が控えていた。

「……廉浄? どういうつもりだ」 「兄上。ご苦労さまでした。貴方がその『汚れ役』で世界を直してくれたおかげで……ようやく私が、穢れなき『新世界の王』として即位できるのです」

 最後の最後で、まさかの裏切り――!?

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...