冥界の金継ぎ花嫁 ~うつけな閻魔王子の「ヒビ」は、私が愛で直します~

秦江湖

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崩れゆく無間地獄と、世界の歪

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「――おい。ここから先は、遊びじゃねえぞ」

 第七の目的地、「無間地獄」への入り口に立った時、波旬様の声色がガラリと変わった。  

 今まで見せていた、ロックフェスでの高揚感や、子供たちへの優しさは消え失せている。  その瞳は鋭く、全身からピリピリとした緊張感を放っていた。


「……分かっています」  

 私も、自然と背筋が伸びた。  空気が違う。  これまでの地獄には、なんだかんだで「生活感」や「熱気」があった。  けれど、ここは「無」だ。  音もなく、風もなく、色さえも希薄な、灰色の荒野が広がっているだけ。


『フン。嫌な気配だ。……空気が腐っているというより、世界が軋んでやがる』  

 斬鉄も軽口を叩くのをやめ、波旬様の腰で低く唸った。


 私たちは、その荒野を進んだ。  そして、その光景を目にした。


「……これは」  

 私は息を呑んだ。  荒野の中央。本来なら罪人を収容する牢獄があるはずの場所に、巨大な「黒い亀裂」が走っていたのだ。  地面だけではない。  空に向かって、空間そのものがガラスのようにヒビ割れ、その裂け目からドロドロとした闇が溢れ出している。


「物理的な故障じゃありませんね。……空間そのものが割れています」  

 私が呟くと、波旬様が胸を押さえて膝をついた。


「ぐっ……ぅ……!」 

「波旬様!?」  

 駆け寄ると、彼の胸元の着物がはだけ、あの金継ぎの傷が赤黒く脈打っているのが見えた。  傷が熱を持っている。まるで、あの空間の亀裂と共鳴しているかのように。


「はぁ、はぁ……。やっぱりな。……俺の傷と同じだ」  

 波旬様が苦しげに笑った。 

「俺が生まれつき持っているこの『ヒビ』は……ただの怪我じゃねえ。この世界(冥界)が抱えている歪みそのものなんだ」


「世界の、歪み……?」 

「ああ。親父殿(閻魔大王)が言っていた。冥界は古くなりすぎた。長年溜め込んだ罪の重さに耐えきれず、世界の構造自体にガタが来ている。……その『崩壊の予兆』として生まれたのが、俺だ」


 彼は自分の身体を抱いた。


 「俺が壊れれば、世界も壊れる。世界が壊れれば、俺も壊れる。……俺は、この世界の『人柱』みたいなもんなんだよ」


 衝撃の事実だった。  なぜ、どれだけ直しても傷が痛むのか。  それは彼自身のせいではなく、この冥界そのものが悲鳴を上げているからだったのだ。


 バリバリバリッ!!  不快な音が響き、目の前の空間の亀裂がさらに広がった。  裂け目から吹き出す瘴気が、周囲の岩を瞬時に風化させ、砂に変えていく。


「……逃げろ、巴」  

 波旬様が立ち上がり、私を背に庇った。

 「あれは俺が食い止める。お前の金継ぎでも、空間までは直せねえだろ。……ここはもう、修復の領域じゃねえ」


 彼は大太刀を抜き、亀裂に向かって歩き出した。  その背中は、どこまでも孤独で、悲壮な覚悟に満ちていた。  死ぬ気だ。  自分の命を魔力に変えて、あの亀裂を無理やり塞ぐつもりだ。


「……バカ言わないでください」


 私は震える手で、道具袋を握りしめた。  怖い。確かに、相手は「空間」だ。物理的なモノじゃない。  でも、ここで逃げたら、私は何のためにここまで来たの?  温泉を作って、バンジーを飛んで、ライブをして……彼と笑い合った時間は、全部嘘になるの?


「待ってください、波旬様!」  

 私は叫び、彼の前に立ちはだかった。

「直せます。……いいえ、直してみせます!」 

「なっ、無理だ! 相手は『空』だぞ!?」 

「関係ありません! 私の前に『直せないもの』なんて存在しない!」


 私は筆を取り出し、波旬様を見据えた。

 「貴方は言いましたよね。貴方と世界は繋がっていると。……なら、話は早いです」


 私はニヤリと笑ってみせた。無理やりにでも、職人の顔を作って。


「あの亀裂を塞ぐための『接着剤』は……貴方です、波旬様」


「は?」 

「貴方の魔力と、私の技術。そして、この斬鉄さんの切れ味。……全部使って、この世界の『ほころび』ごと、金継ぎしちゃいますよ!」


無謀すぎる賭け。  けれど、これが私たち「修復師夫婦」の、最大の仕事だ。


「……準備はいいですか、旦那様。……私を信じて、命を預けてくれますか?」

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