【R-18】魔力が無いと生きていけないので、婚約者になりました。

佐山ぴよ吉

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本編

初雪

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 ──情報層の深度が、限界を超えていた。

 無数の魔術式が、視覚ではなく神経そのものに刻みつけられる。
 私は防護結界を展開しながら、情報層の最下層、「幽界インフォ・ネスト」へと降下していた。

 肉体の半分は研究棟の椅子に座っている。
 だが、意識はすでにこの世界に半分以上沈んでいた。

「これが……根幹ルート・マトリクス……」

 声にならない声。
 眼前には、青白い光の海が広がっていた。
 全ての魔力情報、遺伝子配列、過去の演算記録がひとつに融け合う領域。
 ──人間の脳が設計したはずの“記録層”が、いつの間にか“生命的挙動”を始めている。

 知っていた。
 ここが、魔力と情報が自己進化を始めた最初の場所だということを。

「……彼らが恐れていたのは、これか」

 自然と笑えた。
 周囲に見える水泡に反射して、小さく自分の姿が見える。瞳の奥では、白金色の光がゆらいでいる。

 私は探している。
 “魔力の構造”ではなく、“魔力の意思”を。

 突如、周囲の光が形を成した。
 それは人の輪郭をしていた。
 私自身の姿に、酷似していた。

 《お前は、来てはいけない場所に来たのだな》

 音ではない。
 演算式そのものが声として響いた。

「誰だ……?」

 《“情報層が生んだ模倣体”──そう言えば分かるか? 》

「私の……コピー?」

 《正確には、“お前の願い”の残響だ》

 模倣体の瞳に、微弱なノイズが走る。
 その中に私の輪郭が混ざったように見えた。

 《お前は、境界を壊そうとした。けれど、壊したのは自分の形の方だったんだ》

 その言葉を否定も肯定もしなかった。

「人間が進化するなら、まず“人間”を捨てる必要がある。──私はそれを証明したいだけだ。前からそう決めていただろう?」

 《証明の先に、誰もいない》

「それでも構わない」

 私はゆっくりと手を差し伸べた。
 模倣体と指先が触れ合う。
 光が弾け、記録空間全体が震えた。
 光の海が、津波となって押し寄せる。

 《お前の遺伝子は、ここに刻まれる。お前が生んだ子たちは──境界を超える》

 最後にそう言い残し、模倣体は泡のように消えた。

「そうか──私は、行かなければならないのだな。この先で、あの子たちを護らなければならない」

 青白い光の海の中に、流れにのまれて意識を失っている少年の姿を見つける。
 少年の口からは銀色の無数の泡粒が吐き出され、手足は力無く放り出されている。
 私は迷うこと無く、その手を掴む。
 激流が体じゅうを殴り付ける。
 それでも、手は離さない。
 
「返してもらうぞ。私の子を」


 ーーーーー


 身代金目的に誘拐された弟は、犯行声明が出たその日のうちに戻ってきた。

 女性警官2人に手を繋がれて、僕を見るなり泣きわめき出した。
 泣きじゃくる弟を迎え入れる。
 こんな時にも、父親は顔も出さない。

「その程度の事で騒ぎ立てるな。お前の弟の事くらい自分で解決しろ」

 そう言って丸投げされた。
 騒ぎ立てたつもりはなかった。
 実際、犯人の目星は付いていた。
 どう殴り込みに行くか──そう思案しているうちに、誘拐されていたはずの弟は警察署の前に佇んでいたらしい。

 弟は誘拐されている間のことは、曖昧な記憶しか無かった。
 誰に誘拐されたのかも、誘拐された時の事も覚えていなかった。
 ただ彼は、「海を泳いできた」と言った。
 
 恐怖から混乱しているのだろうと思った。
 警察からの聴取を終え、泣き疲れて眠りそうな弟をおんぶする。
 まだ起きているのか、ぎゅっと肩にしがみついてくる弟の体温をようやく感じられて、ほうっと息をついた。
 弟を送り帰すために歩き出す。

「はるにい。どうして俺は、はるにいと一緒に住めないの。もう、あそこは嫌だ」
「もっと大きくなってお前がおねしょしなくなったらな」
「してないもん!」
「知ってるぞ。おととい……」
「昨日はしなかったもん!だからもうはるにいのところに行く……母様に、泳ぎ方を教えてもらったから」
「おまえ、もう泳げるだろう。スイミングスクールはもう飽きたって言ってたじゃないか」
「ちがう。プールの中じゃなくて、海の中の泳ぎ方……」
「同じようなものだろう。いつそんな事を教わったんだ?」
「ん~……」

 弟はそれきりむにゃむにゃと何か言って眠ってしまった。

 その日を境に、母親が姿を消した。
 母親の部屋の入室記録を最後に、姿はどこにもなくなっていた。
 記録装置には「終端演算完了」のログだけが残され、彼女の脳波は情報層の奥底に微弱な定常波として検出されていた。

 生死不明。──死んではいないが、姿がどこにもない。

 どのログを参照しても、母親の姿は見当たらなかった。
 警察の捜索では「魔力暴走による事故」とされたが、父親は信じていない様子だった。

「あの人は、消えたんじゃない。──転移したんだ」

 父親は、僕にそうとだけ告げた。

「どこに?」

 僕は問い返した。
 父親は、無言で僕の顔を見つめた後に目を伏せた。


  ーーーーー


 その数日後、誘拐犯グループは続々と逮捕された。
 誘拐犯だけではなく、その裏で手を引いていた企業や事業所の人間たちも。
 
 警察サーバーへの直接的な情報提供があった。
 犯行計画のやり取りや、スイミングスクールの送迎バスの運行経路に付けられた幾つもの印。
 犯行に使われた車、ロープ、ナイフ、通信機器。
 
 魔術痕跡は無く、誰かに操作された形跡は無かった。
 まるで樋を水が伝って行くかのように、証拠は不自然な程に綺麗に揃った。
 それでも、母親の行方についてはさっぱり分からなかった。

 
 弟は、そんな出来事などなかったかのように依然として僕に甘えてくる。
 そして興奮気味に、あの日の母親についての話をする。

「母様がね、海にもぐるんだって、魔力は使わなくても空を飛べるんだよって」

 無邪気に笑っている弟の側で、僕は窒息しそうになっていた。
 その海は、僕の体を切り裂くように拒んだ。
 咄嗟に僕は依代を用意する。
 ここに生身でいてはいけない。

──早く、式を……
──次元を越える式を。


 情報層の最下層で、1頭の蝶が静かに羽ばたいた。
 
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