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21 秘密の契約①

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高級ホテルのスイートに通されて唖然とした。

一面ガラス張りの室内からは、東京の夜景がよく見える。
テーブルに並べられた色とりどりのフルーツやシャンパン、オードブルは美味しそうなのに、あまりの豪華さに感じていたはずの食欲がうせていく気がした。

(これってまずくない?)

曲がりなりにも、夜の仕事をしているので、こういうシチュエーションの話はよく聞くのだ。
明らかに過剰なサービスだし、このまま美味しくいただかれる下準備にしか見えなくて、羊子は真剣に逃げ出す算段をしなければいけないのではと思った。

隣の男を見ると、背広をソファに脱ぎ捨て、袖のカフスを取っている。
高そうなそれをテーブルに置くと、少し袖をまくりあげ、惜しげもなく血管のういた腕をさらした。

(凶悪に色っぽいんだけど)

目のやり場に困る。
極力見ないようにしないと、この妖しい雰囲気にのまれてしまいそうだった。

(社長となんてありえないんだから、しっかりしなきゃ)

でもお金をもらうまでは、出ていけないのも確かで。

ジリジリと距離を取ろうとする羊子の様子に、目を細めながら、大神がソファの隣をたたいた。

「こちらで座って食べないか?」
「なんか座ったら終わりな気がしてー」
「同意なしに君に触れたりはしないよ」

2人分用意したシャンパンを両手に、大神が立ち上がった。
長い足で距離を詰められ、羊子は後ずさったが逃げ場はない。

しかし、羊子が止まると、それ以上は近づこうとせず立ち止まってくれた。
一人分の距離をあけて、夜を思わせる黒い目がじっと羊子を見つめる。

「これでも飲んでリラックスしようか」

シャンパンを持った手は一定の位置で止まり、羊子がとるのを待っている。
先ほどの言葉どおり、勝手に触らないというデモンストレーションなのだと、理解する。

おずおずと受け取ると、大神は思った以上に真摯な顔で羊子を見つめていた。

「食べながらしたい話じゃないんだ。まずは、食事終わらせたい」
「……わかりましたー」

そこまで言われてしまえば、雇い主の意向を無視することは難しかった。
せめて、必要以上に近づかないよう、1人がけのソファに陣取る。

それには何も言わず、大神は先ほど座っていた場所に腰を下ろした。

「まだ温かいよ。早く食べるといい」

ハンバーガーの袋を渡される。
袋には保温用銀シートに包まれたかたまりが2つ入っていた。
1つを取り出してみると、思ったより熱い。
封を開けると、小さいカイロが出てきて、熱い理由がわかった。

「カイロで挟んであるんだ。あつっ! 社長、これすごいですよ。お店で食べるみたいに熱いですー」

嬉しくて、正面でシャンパンを口に含んでいる大神に報告する。

さっきまでの警戒心は、どこかにポイだ。
だって、30分くらい経っているのに、まだ熱々だとは思わなかったから。

さすが、社長が選んだ店はひと味違う。
アルミのサンドイッチボックスを挟むようにして貼り付けてあった使い捨てカイロが、いい仕事をしているのだ。
湯気こそ出ていないが、触るとその熱さがよくわかる。

「喜んでくれて良かった。しっかり食べて」

大神の言葉に、遠慮なくかぶりつく。

かたまり肉からミンチにしたとわかる肉々しい味が口いっぱいに広がった。

「社長、おいしいです!」

裏メニューなんてと言っていた自分を殴りたい。
そして大神には土下座して謝りたい。

夢中で肉汁のしたたるパテを噛み、塩味のきいたベーコンと一緒に咀嚼する。
テラテラと唇が濡れるのも拭わず、間のレタスとトマトを舌にのせて、また肉を噛む。

(幸せすぎるー!)

あまりのうまさに、もうひと口しか残っていない。
最後の肉とパンを口に入れて飲みこめば、まだ食べたい口寂しさと満足感でため息をついた。

(美味しすぎたよ。でも、深夜食べるには少し油っぽかったかな)

濃い味だったので、炭酸が欲しくなる。
まだシュワシュワしているグラスを傾けると、これもまたうますぎて、つい一気飲みしてしまった。

「この泡もとっても美味しいですー」

おじさんみたいにプハーっとしたくなる。
大神がさらにグラスに新しいお酒を注いでくれる。

美味しいので、また時間をかけずに飲み干した。
止まらないのは、止める気持ちがわいてこないからだ。

さらに何度か注がれて、ふわふわした心地を味わっている頃、大神がなぜかドアの方へ歩いていった。
とうとつな行動に、なんだか笑いたくなる。

クスクス笑っていると、大神が振り返った。

「君に打ち明けたい秘密がある」

真剣な声に聞こえたけれど、それがまた面白くて、羊子はニコニコして頷く。
もっと面白いことを言って欲しかった。

「秘密を言う前に、まず確かめたいことがあるんだ」

そう言うと、彼は壁の何かを触った。

急に視界が真っ暗になる。

大神を見失った羊子は、暗闇の中、獣のように静かに近づいてくる気配を感じた。
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