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25 他人の恋路①
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結局、大神には押し切られてしまった。
週末からリハビリを実行しようと笑顔で送ってもらい、近くのコンビニで降ろしてもらう理性はあったものの、そこからの記憶はなく、気づけば自宅のベッドの上で朝になっていた。
愛人契約のような約束だなと気づいたのは、起きてからだった。
(お金に釣られたからって、わたしのバカバカバカ。……何を要求されるんだろう。週末になるのが怖いよ)
通勤の間中、ため息しか出てこない。
もうひとつため息をつこうとしたとき、近くから、大きなため息が聞こえてきた。
まわりを見回してみると、すぐにため息の主が見つかった。
(中谷副部長、すごいやつれちゃってない?)
吊り革に捕まって、青白い顔をしている彼女にギョッとする。
いつもキリッとしているのに、今にも倒れそうで見てられない。
羊子も二日酔いでしんどいが、鞄を置いて、席を立った。
「副部長、席に座ってください」
手を引いて座らせると、申し訳なさそうに副部長は力ない笑顔を見せる。
「ありがとう、宇佐美さん。とても助かるわ」
「すごい体調悪そうですね。会社に行かず病院行った方がいいんじゃないですか」
「そうしたいのはやまやまなんだけど。今日はどうしても抜けられない仕事があるのよ」
自分の体より仕事が大事とは恐れ入る。
これ以上言っても無駄そうだったので、羊子は黙ることにした。
副部長も喋るのさえしんどそうだし、価値観は人それぞれだ。
見られるのも嫌だろうと、窓の外をぼうっと見ているうちに、会社の最寄り駅にようやく到着した。
ふらふらしている彼女の荷物を黙って持ってあげる。
今にも倒れそうなのに、彼女の意思はとても固く、進むのをやめようとはしない。
仕方ないので、途中から肩を貸しながら歩いていると、声をかけられた。
「2人は何をしてるのかな?」
ひょっこり背後から顔を出したのは、日下だった。
彼は体調の悪そうな中谷副部長を見て、眉をひそめている。
いつも飄々としている彼にしては珍しい表情だった。
「副部長の体調がすぐれないみたいなので、介助しています」
「そうなんだねー。中谷くん、体調管理も仕事のうちだよ。今から病院に行ってきなさいな」
軽い調子だが、有無を言わせない口調だった。
しかし、青ざめた顔の中谷は首を振る。
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃないから言ってるんだけどなー。うさぎちゃんにまで迷惑をかけて。病院まで送っていくから、いうことはおとなしく聞こうねー」
中谷が泣きそうになる。
いつもキリッとしているだけに、いじめられた子供みたいだった。
その表情を、日下は舌なめずりするような目で見下ろしている。
ただならぬ雰囲気に、羊子は瞠目した。
(これ、見ちゃいけないやつじゃない?)
目のやり場に困る。
2人の噂は聞いたことがなかったが、羊子は確信した。
(明らかに付き合ってるでしょ、この2人。じゃあ、日下部長に任せて、わたしは出社しますかね)
中谷に貸していた肩は、流れるような動作で日下が代わってくれている。
2人の邪魔をしないように、距離を取った。
「じゃあ、わたしはこの辺で」
「うさぎちゃん、助かったよ。また後でねー」
別れの挨拶を言う間も、日下はまったくこちらを見ようともしない。
目だけギラギラさせて、一心に中谷だけを見つめている。
(日下部長って弱ってる女が性癖なんだ。こわっ! 近づかんとこ)
肝に銘じながら、その場を早足で離れる。
しかし、離れ切る前に、思い出したような日下の声が追ってきた。
「うさぎちゃん、中谷くんを送った後、用事ができたから財務部に行くねー。今夜頼みたいことがあるからさ」
「日下さん、今夜の件は私が行けます」
「行けないから言ってるんでしょ。大丈夫、うさぎちゃんに頼むからさー」
痴話喧嘩しないでほしい。
巻きこまれるこちらの身にもなってほしい。
聞こえなかったふりをして、羊子はダッシュした。
中谷に構いすぎて、始業までもう時間がなかった。
週末からリハビリを実行しようと笑顔で送ってもらい、近くのコンビニで降ろしてもらう理性はあったものの、そこからの記憶はなく、気づけば自宅のベッドの上で朝になっていた。
愛人契約のような約束だなと気づいたのは、起きてからだった。
(お金に釣られたからって、わたしのバカバカバカ。……何を要求されるんだろう。週末になるのが怖いよ)
通勤の間中、ため息しか出てこない。
もうひとつため息をつこうとしたとき、近くから、大きなため息が聞こえてきた。
まわりを見回してみると、すぐにため息の主が見つかった。
(中谷副部長、すごいやつれちゃってない?)
吊り革に捕まって、青白い顔をしている彼女にギョッとする。
いつもキリッとしているのに、今にも倒れそうで見てられない。
羊子も二日酔いでしんどいが、鞄を置いて、席を立った。
「副部長、席に座ってください」
手を引いて座らせると、申し訳なさそうに副部長は力ない笑顔を見せる。
「ありがとう、宇佐美さん。とても助かるわ」
「すごい体調悪そうですね。会社に行かず病院行った方がいいんじゃないですか」
「そうしたいのはやまやまなんだけど。今日はどうしても抜けられない仕事があるのよ」
自分の体より仕事が大事とは恐れ入る。
これ以上言っても無駄そうだったので、羊子は黙ることにした。
副部長も喋るのさえしんどそうだし、価値観は人それぞれだ。
見られるのも嫌だろうと、窓の外をぼうっと見ているうちに、会社の最寄り駅にようやく到着した。
ふらふらしている彼女の荷物を黙って持ってあげる。
今にも倒れそうなのに、彼女の意思はとても固く、進むのをやめようとはしない。
仕方ないので、途中から肩を貸しながら歩いていると、声をかけられた。
「2人は何をしてるのかな?」
ひょっこり背後から顔を出したのは、日下だった。
彼は体調の悪そうな中谷副部長を見て、眉をひそめている。
いつも飄々としている彼にしては珍しい表情だった。
「副部長の体調がすぐれないみたいなので、介助しています」
「そうなんだねー。中谷くん、体調管理も仕事のうちだよ。今から病院に行ってきなさいな」
軽い調子だが、有無を言わせない口調だった。
しかし、青ざめた顔の中谷は首を振る。
「……大丈夫です」
「大丈夫じゃないから言ってるんだけどなー。うさぎちゃんにまで迷惑をかけて。病院まで送っていくから、いうことはおとなしく聞こうねー」
中谷が泣きそうになる。
いつもキリッとしているだけに、いじめられた子供みたいだった。
その表情を、日下は舌なめずりするような目で見下ろしている。
ただならぬ雰囲気に、羊子は瞠目した。
(これ、見ちゃいけないやつじゃない?)
目のやり場に困る。
2人の噂は聞いたことがなかったが、羊子は確信した。
(明らかに付き合ってるでしょ、この2人。じゃあ、日下部長に任せて、わたしは出社しますかね)
中谷に貸していた肩は、流れるような動作で日下が代わってくれている。
2人の邪魔をしないように、距離を取った。
「じゃあ、わたしはこの辺で」
「うさぎちゃん、助かったよ。また後でねー」
別れの挨拶を言う間も、日下はまったくこちらを見ようともしない。
目だけギラギラさせて、一心に中谷だけを見つめている。
(日下部長って弱ってる女が性癖なんだ。こわっ! 近づかんとこ)
肝に銘じながら、その場を早足で離れる。
しかし、離れ切る前に、思い出したような日下の声が追ってきた。
「うさぎちゃん、中谷くんを送った後、用事ができたから財務部に行くねー。今夜頼みたいことがあるからさ」
「日下さん、今夜の件は私が行けます」
「行けないから言ってるんでしょ。大丈夫、うさぎちゃんに頼むからさー」
痴話喧嘩しないでほしい。
巻きこまれるこちらの身にもなってほしい。
聞こえなかったふりをして、羊子はダッシュした。
中谷に構いすぎて、始業までもう時間がなかった。
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