モラハラ幼馴染から逃げた先は雪国でした〜先祖返りした雪女は引きこもります

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1章 逃亡篇

5 交渉の妥結

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「話があるなら、僕は先行くね」

ぽん、とゆきの頭に手を置きながら、優が優しげに言う。
困ったゆきを楽しむような目をしていた。

だいぶ顔も近いし、少しだけ距離をとってうなずく。
それが面白くないのか、優はさらに顔を近づけてくる。

「でも、今日はちゃんと待ってるんだよ? ずっと一緒に帰ってるのに、先に帰るなんて、もうしないでよね?」

彼女を窺うと、明らかにイラついた顔をしていた。

(なんで、彼女さんの前で言うかな。すごい睨まれてるよ……)

これから彼女についていかなければいけないのに、優は嬉々としてかまってくる。

人前で優と仲良くふるまえば、女子たちはいつだって嫉妬した顔でにらんできた。
こづかれるくらいどうってことないが、体操服や靴を汚されるのはいたい。主にゆきの家計が。
嫌なのに、優はたまに距離感がおかしくて困ってしまう。

「あ、でも、ほかに約束してる人がいるんじゃないの?」

彼女に敵じゃないアピールをするために、言い募る。

「帰りたい人もいるだろうから私のことは気にしなくていいよ、ぜんぜん」
「ふふ。ゆきはおもしろいね。約束してるのはゆきとだけだよ。高校でも迎えに来てくれる約束でしょ? ちゃんと覚えててよね」
「ーーえっ?」

聞き覚えのない約束に、ぎょっとした。
してない、と言いたかったが、優は言い逃げをする気満々のようで、もうゆきには背を向けてしまっていた。

「じゃあ、またね」

彼女にもしっかり笑顔を向け、去っていく。
完璧な愛想笑いなのに、彼女は嬉しそうに頬を染めていた。

そして優が見えなくなってから、校舎へ促された。

「じゃあ、行こっか」

黙って従うことにする。
彼女は誰もいない美術室の窓の前で立ち止まった。
同級生の女子とはいえ、見下ろされると圧迫感がある。

「ねえ、白井さんはただの幼馴染なんでしょ」

口火を切ったのは、彼女のほうだった。

「そう、ですね」
「じゃあ、なんで松下くんと一緒に登下校してるの? それも高校も違うのに、今度は学校まで行く約束なんて図々しいと思うんだけど」

(だから、それ約束してないから……)

それも、私が無理やり付きまとっていると言わんばかりである。

否定しても、結局、ゆきが優にかまってほしくてそばにいると曲解される。
何を言っても、優の言葉しか彼女たちは受け入れないのだ。

「ねえ、白井さんは彼女に悪いと思わない? いくら幼馴染でも彼女にとって女子がいつも一緒にいるのは気分悪いことだと思うんだけど」
「……悪いと、思います」
 
本人を目の前にして、悪くないとは言えない。
たとえ、それをゆきが自主的にしてなかったとしても。

彼女はヒートアップして、ゆきに迫る。

「わかってるのに、どうして迎えにいくって約束してるのよ!」

(はあ……。だから、約束はしていないんだけどな)

ため息をつきたくなりながら、もう引っ越しのことを教えてしまおうかと思った。

(そうすれば、この不毛な会話からも解放されるし、……うん、いいかも。引っ越しのこと自体は優くんにばれなければ、だれに知られても問題ないしね)

優には、言わないよう根回しすればいい。

以前は優にも引っ越すことを言わなきゃとは思っていた。

ただ、優との関係には自分の意志が通らないことが多すぎて、なんとなく、引っ越しの件を言いそびれてきた。

(優君は話通じないから……。スマホを勝手に用意されたときも、同じ高校に来るよねって言われたときも、毎日登下校に付き合わされるのも、全部めんどうだったし。それに今は友だちでもないってわかっちゃったしなあ)

昨日の犬発言でゆきは優から逃げることを決めていた。
だから、彼女には必ず引っ越しの件は黙っていてもらわねばならない。

彼女は優ではないのだ。
少しは話も通じるだろう。
ゆきは慎重に言葉をつづけた。

「誤解があるようですが、私は、高校では彼と会うことはありません」
「……高校が違ってるから? でも、登下校でつきまとうつもりなんでしょ?」
「いえ、私、来週に雪国に引っ越すんで」
「ーーはぁ?」

ポカンと口を開けた彼女に、噛んで含めるように説明する。

「だから高校は別どころか、遠い田舎なので、もう会いようがないんですよ? 電車は数キロ先、バスは1時間に1本しかない場所なんです。こっちに遊びにくるにはお金がかかるし、うち貧乏なので、戻ってくることは絶対ないから安心してくださいね。引っ越し先を優くんに言うつもりもありません。だから、あなたも私がどこに行くか聞かないでほしいですし、優くんには今言ったことも言わないでほしいですけど、いいですか」
「なんで松下くんに言わないのよ」
「もう会わないつもりだからですよ?」

安心させるよう、もう会わないことを繰り返す。
彼女にとってメリットしかないのだから、納得してほしい。

「なので、もう、お話は終わりでいいでしょうか?」

彼女さんは毒気を抜かれた顔をして、やがて頷いた。

優にも言わない約束をできたので、ゆきは満足だった。
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