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1章 逃亡篇
4 いいわけ
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「で、実際どういうつもりなの」
ふだんより低い優の声に、ゆきは観念した。
嘘をつける性格でもないのだから、話せることだけ事実を言うことにする。
「……昨日は、おかあさんが湯あたりしちゃって」
「看病してたから出られなかった、ってこと?」
何度も頷く。
ゆきがそのまま無言でいると、優はおもしろくないとでも言うように鼻を鳴らした。
「じゃあ、それはいいよ。でも、返信はできたはずだよね」
「そう、だね。その、怒らないで聞いてほしいんだけど。電源は落としてたの。今月は電気使いすぎで、節約したかったから」
「わざわざ電源落としてたら電話持たせてる意味ないんだけど……。まあ、それもいいや。だとしても、1日に1回は着信を確認する約束してるよね」
(一方的に決められただけだと思うけど、それ。約束と言われても困るし。……めんどくさい)
握られ続けていた腕が、ふいに痛む。
強くなった圧迫に、ゆきは顔を上げた。
優はニコニコ笑っている。
めんどうと思ったのが、ーーバレている。
(笑顔が怖いっ!)
熱いものに触れてしまったように飛び上がると、ゆきは姿勢をただした。
「つ、次は、ちゃんとするね」
「あのね、僕は理由を聞いてるんだよ。なんで、どうして、約束を破ったのか。聞いたことにも答えられないで頭悪いことばかり言わないでほしいな。来年からバイトするって言ってたけど、こんなありさまでどうやって働くわけ? 店に損害だと思わないの? ねえ、どういう所存で?」
前からバイトはやめろと言われていた。ここぞとばかりに責めてくる。
(バイトの話、今いる? いや、バイトは関係なくて、いいわけ、いいわけを言わなきゃ)
「だって、寝ちゃった、から」
帰宅すると、母は湯あたりを起こしていたし、私も疲れていつもより早めに寝てしまった。だから、携帯の電源を切ったことを忘れていたのだ。
(ぜんぶ嘘じゃない。ただ、おかあさんが湯あたりしてるのは毎日で、引っ越し準備は私がやるしかないから、すっごい疲れて、寝ちゃったんだよね。携帯のことも今朝思い出したし、着信履歴とか見るの怖かったから放置しただけなのは言わない方がいいよね……)
携帯電話は、そのまま家の机にわざわざ置いてきた。
こういう時、表情でバレないのはありがたい。
ゆきは手を合わせて、優をおがんだ。
「だから、出られなかったの。ごめんね」
いつも自分から逸らしがちな目線をしっかり合わせる。
じっと見ると、優は怯んだ目をした。
昔から、彼は正面から見られるのが苦手なのだ。
じっと見れば目をすぐにそらされる。
謝ったのが少し利いたのか、拗ねたような口調になっていた。
「でも、朝には連絡できたはずでしょ」
「朝迎えに行った時に謝ればいいと思ってたの。……本当にごめんね」
「だから、それ、スマホ持たせてる意味ないからね」
今もスマホは持っていないのだけれど。
その事実はおくびも出さない。
(なんなら、迎えに行くのもやめようかと思ってたから、優くんが来てくれて助かったかも。同じ行動をしなきゃ、引っ越すのもバレちゃうかもだし)
ゆきは優に引っ越しの件を伝える気はなかった。
昨日の犬発言を聞いて、絶対にバレたくないと思ったのだ。
ちらりと優を横目で見ると、まだ文句を言い足らなさそうな顔をしている。
とはいえ、学校にはだいぶ近づき、同じ制服もちらほら見え始めている。
ふだんは優しい幼馴染を演じている優は、ケンカしている様子は見せたくないのだろう。
押し黙った。
(なんとか乗り切った!)
口笛を吹きたいような気になった。
しかし、学校の正門をくぐった途端、その気持ちはしぼんだ。
クラスメイトの女子が、ゆきと優を待っていたのだ。
「白井さん、ちょっといいかな」
有無を言わせない口調なのは、優の彼女、なのだと思う。
優から聞いたわけじゃないが、先週ゆきと帰るのをやめて一緒に帰っていた子だ。
(優くんじゃなくて、なんで私?)
優に見えないところでなら嫌がらせは日常的にされてきた。
でも、あくまで陰でだ。
正面から、というのはめずらしい。
どう答えようか、ゆきは迷った。
ふだんより低い優の声に、ゆきは観念した。
嘘をつける性格でもないのだから、話せることだけ事実を言うことにする。
「……昨日は、おかあさんが湯あたりしちゃって」
「看病してたから出られなかった、ってこと?」
何度も頷く。
ゆきがそのまま無言でいると、優はおもしろくないとでも言うように鼻を鳴らした。
「じゃあ、それはいいよ。でも、返信はできたはずだよね」
「そう、だね。その、怒らないで聞いてほしいんだけど。電源は落としてたの。今月は電気使いすぎで、節約したかったから」
「わざわざ電源落としてたら電話持たせてる意味ないんだけど……。まあ、それもいいや。だとしても、1日に1回は着信を確認する約束してるよね」
(一方的に決められただけだと思うけど、それ。約束と言われても困るし。……めんどくさい)
握られ続けていた腕が、ふいに痛む。
強くなった圧迫に、ゆきは顔を上げた。
優はニコニコ笑っている。
めんどうと思ったのが、ーーバレている。
(笑顔が怖いっ!)
熱いものに触れてしまったように飛び上がると、ゆきは姿勢をただした。
「つ、次は、ちゃんとするね」
「あのね、僕は理由を聞いてるんだよ。なんで、どうして、約束を破ったのか。聞いたことにも答えられないで頭悪いことばかり言わないでほしいな。来年からバイトするって言ってたけど、こんなありさまでどうやって働くわけ? 店に損害だと思わないの? ねえ、どういう所存で?」
前からバイトはやめろと言われていた。ここぞとばかりに責めてくる。
(バイトの話、今いる? いや、バイトは関係なくて、いいわけ、いいわけを言わなきゃ)
「だって、寝ちゃった、から」
帰宅すると、母は湯あたりを起こしていたし、私も疲れていつもより早めに寝てしまった。だから、携帯の電源を切ったことを忘れていたのだ。
(ぜんぶ嘘じゃない。ただ、おかあさんが湯あたりしてるのは毎日で、引っ越し準備は私がやるしかないから、すっごい疲れて、寝ちゃったんだよね。携帯のことも今朝思い出したし、着信履歴とか見るの怖かったから放置しただけなのは言わない方がいいよね……)
携帯電話は、そのまま家の机にわざわざ置いてきた。
こういう時、表情でバレないのはありがたい。
ゆきは手を合わせて、優をおがんだ。
「だから、出られなかったの。ごめんね」
いつも自分から逸らしがちな目線をしっかり合わせる。
じっと見ると、優は怯んだ目をした。
昔から、彼は正面から見られるのが苦手なのだ。
じっと見れば目をすぐにそらされる。
謝ったのが少し利いたのか、拗ねたような口調になっていた。
「でも、朝には連絡できたはずでしょ」
「朝迎えに行った時に謝ればいいと思ってたの。……本当にごめんね」
「だから、それ、スマホ持たせてる意味ないからね」
今もスマホは持っていないのだけれど。
その事実はおくびも出さない。
(なんなら、迎えに行くのもやめようかと思ってたから、優くんが来てくれて助かったかも。同じ行動をしなきゃ、引っ越すのもバレちゃうかもだし)
ゆきは優に引っ越しの件を伝える気はなかった。
昨日の犬発言を聞いて、絶対にバレたくないと思ったのだ。
ちらりと優を横目で見ると、まだ文句を言い足らなさそうな顔をしている。
とはいえ、学校にはだいぶ近づき、同じ制服もちらほら見え始めている。
ふだんは優しい幼馴染を演じている優は、ケンカしている様子は見せたくないのだろう。
押し黙った。
(なんとか乗り切った!)
口笛を吹きたいような気になった。
しかし、学校の正門をくぐった途端、その気持ちはしぼんだ。
クラスメイトの女子が、ゆきと優を待っていたのだ。
「白井さん、ちょっといいかな」
有無を言わせない口調なのは、優の彼女、なのだと思う。
優から聞いたわけじゃないが、先週ゆきと帰るのをやめて一緒に帰っていた子だ。
(優くんじゃなくて、なんで私?)
優に見えないところでなら嫌がらせは日常的にされてきた。
でも、あくまで陰でだ。
正面から、というのはめずらしい。
どう答えようか、ゆきは迷った。
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