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1章 逃亡篇
3 早朝の待ち伏せ
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翌朝、ゆきは玄関を開けて、すぐに閉めたくなった。
頭ひとつ分も大きい優が仁王立ちしていたのだ。
顔は笑っているけど、目がぜんぜん笑っていない。
彫りの深い目鼻立ちは、それだけで圧迫感がある。
幼馴染だから見慣れているはずなのに、気後れしているからか、よけいに圧を感じた。
優の日本人にしては大きな口が、ゆき、と呼ぶ。
「昨日、なんで、電話出なかったのかな」
底冷えするような猫なで声で、優は自身のスマホを突きつけてくる。
画面いっぱいの発信履歴には、ゆきの名前が並んでいた。1分とおかず。
スクロールしてもゆきの名前しかないのだろう。
スマホから視線を上げると、優は獲物を見つけた蛇のように目を細めていた。
(ーーこわっ!)
昨日、たしかに帰宅しているあいだずっとスマホは震え続けていた。
どうせ、教室の戸が開かない件の呼び出しだろうと、家に帰ったら電源を落としてしまっていた。
「ねえ答えてよ。もちろん、俺が納得できるようにだよ?」
後先考えないのはゆきの悪いくせだった。
少し考えれば、優が連絡取れないゆきを許すはずがなかったのに。
でも朝が弱い彼が、まさかゆきを迎えにくるとは思わなかったのだ。
「……寝てたから」
「ふーん。夕方の5時から? それはだいぶ早寝だね。じゃあ、さぞ早起きしたんだろうから、なんで起きた時点でメッセに返信しないのかな? そのためにスマホを渡してあるってわかってるよね」
ゆきが持っているスマホは、優に買い与えられたものだった。
「スマホはお金がないから要らない」と言ったら、翌日買ってきてびっくりした。
その時に、メッセージアプリを入れられ、優からの連絡は最優先で対応しろと約束させられていたのだ。
(めっちゃ怒ってるなあ。実はスマホ部屋に置いてきちゃってるんだけど、いま持ってないって言ったら、まずいよね)
内心、焦りながら、優を見上げる。
(わたしは空気が読める子だから、なんとかごまかさなきゃ)
焦りは表情に出ないから、バレてはいないのはわかっていても、冷や汗が出る。
きっとバレたら、優の嫌味は一日中続くことになるかもしれない。
ただでさえ優といるとクラスの女子に睨まれる。
卒業までに告白したい女子たちはピリピリしていて、ゆきへのいじめも靴を隠したり、階段で少し押されたり、と物理的なものに変わりつつあった。
「ねえ、反省してるの? 昨日は大変だったんだよ? まだ言い訳するの? 反省してるのなら許してあげないこともないのに、謝罪もできないってどういう態度なのかな」
「えっと、ごめんなさい」
「まあ、反省のない謝罪なんて求めてないんだけどね」
(じゃあ、どうしろと……。めんどうだなぁ)
朝から疲れる。
ただでさえ、今日は優に会いたくなかったのに。
「ねえ、まさかとは、本当にまさかとは思うけど、めんどうくさいなんて思ってないよね?」
「まさか!」
「そうだよね。まさかだよね」
母以外で、能面顔のゆきの感情を読めるのは優だけだった。
感情を爆発させると冷気がわずかに出てしまうゆきは、力を抑えるために、感情も抑えざるをえなかった。
同級生たちからは「怖い」と言われ、避けられ、それでもこの幼馴染はずっと構ってくる。
めんどうくさいことしか言わないのに、避けきれなかったのはそのせいだった。
(犬って言ってたし、ペット感覚なのかな)
でも、ゆきは犬ではない。
どこかで、友だちだと思っていたから、昨日の幼馴染の「犬だから」発言に傷ついたし、距離を置きたかった。
でも、彼は距離を置くなんて、けっして許してくれそうもない。
駄犬を見るような目をしながら、学校への道をあごでうながされた。
「立ち話もなんだから、歩きながら聞こうかな、しっかりしたいいわけをね」
いつのまにかガッチリつかまれた腕を見て、ゆきはうなだれた。
ドナドナされる牛の気分になる。
歩幅のことを考えてもくれない優に、足をもつれながらも従うしかなかった。
頭ひとつ分も大きい優が仁王立ちしていたのだ。
顔は笑っているけど、目がぜんぜん笑っていない。
彫りの深い目鼻立ちは、それだけで圧迫感がある。
幼馴染だから見慣れているはずなのに、気後れしているからか、よけいに圧を感じた。
優の日本人にしては大きな口が、ゆき、と呼ぶ。
「昨日、なんで、電話出なかったのかな」
底冷えするような猫なで声で、優は自身のスマホを突きつけてくる。
画面いっぱいの発信履歴には、ゆきの名前が並んでいた。1分とおかず。
スクロールしてもゆきの名前しかないのだろう。
スマホから視線を上げると、優は獲物を見つけた蛇のように目を細めていた。
(ーーこわっ!)
昨日、たしかに帰宅しているあいだずっとスマホは震え続けていた。
どうせ、教室の戸が開かない件の呼び出しだろうと、家に帰ったら電源を落としてしまっていた。
「ねえ答えてよ。もちろん、俺が納得できるようにだよ?」
後先考えないのはゆきの悪いくせだった。
少し考えれば、優が連絡取れないゆきを許すはずがなかったのに。
でも朝が弱い彼が、まさかゆきを迎えにくるとは思わなかったのだ。
「……寝てたから」
「ふーん。夕方の5時から? それはだいぶ早寝だね。じゃあ、さぞ早起きしたんだろうから、なんで起きた時点でメッセに返信しないのかな? そのためにスマホを渡してあるってわかってるよね」
ゆきが持っているスマホは、優に買い与えられたものだった。
「スマホはお金がないから要らない」と言ったら、翌日買ってきてびっくりした。
その時に、メッセージアプリを入れられ、優からの連絡は最優先で対応しろと約束させられていたのだ。
(めっちゃ怒ってるなあ。実はスマホ部屋に置いてきちゃってるんだけど、いま持ってないって言ったら、まずいよね)
内心、焦りながら、優を見上げる。
(わたしは空気が読める子だから、なんとかごまかさなきゃ)
焦りは表情に出ないから、バレてはいないのはわかっていても、冷や汗が出る。
きっとバレたら、優の嫌味は一日中続くことになるかもしれない。
ただでさえ優といるとクラスの女子に睨まれる。
卒業までに告白したい女子たちはピリピリしていて、ゆきへのいじめも靴を隠したり、階段で少し押されたり、と物理的なものに変わりつつあった。
「ねえ、反省してるの? 昨日は大変だったんだよ? まだ言い訳するの? 反省してるのなら許してあげないこともないのに、謝罪もできないってどういう態度なのかな」
「えっと、ごめんなさい」
「まあ、反省のない謝罪なんて求めてないんだけどね」
(じゃあ、どうしろと……。めんどうだなぁ)
朝から疲れる。
ただでさえ、今日は優に会いたくなかったのに。
「ねえ、まさかとは、本当にまさかとは思うけど、めんどうくさいなんて思ってないよね?」
「まさか!」
「そうだよね。まさかだよね」
母以外で、能面顔のゆきの感情を読めるのは優だけだった。
感情を爆発させると冷気がわずかに出てしまうゆきは、力を抑えるために、感情も抑えざるをえなかった。
同級生たちからは「怖い」と言われ、避けられ、それでもこの幼馴染はずっと構ってくる。
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どこかで、友だちだと思っていたから、昨日の幼馴染の「犬だから」発言に傷ついたし、距離を置きたかった。
でも、彼は距離を置くなんて、けっして許してくれそうもない。
駄犬を見るような目をしながら、学校への道をあごでうながされた。
「立ち話もなんだから、歩きながら聞こうかな、しっかりしたいいわけをね」
いつのまにかガッチリつかまれた腕を見て、ゆきはうなだれた。
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