モラハラ幼馴染から逃げた先は雪国でした〜先祖返りした雪女は引きこもります

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1章 逃亡篇

7 ホタルノヒカリ

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「よかった。だれもいない」

校舎裏は予想通り無人だった。
ここなら、だれにも目撃されそうもない。

ひとりぼっちには慣れている。
かといって、卒業式までひとりの自分に何も思わないわけではない。

(あんなに早く時が過ぎればいいと思ってたのに、3年間、あっという間だった、な)

思いだそうとしても、楽しかった記憶はない。
優のおかげで女子には敵視された3年間だった。
友だちもできなかったし、男子からは遠巻きにされた。
かろうじて、優との思い出はあったのに、いまはそれもほろ苦くしか感じなかった。

昨日の雨で、地面には桜が散っている。
ピンクのそれを踏みながら、ゆきは校舎裏の門にもたれかかった。

「はやく帰りたい……」

優はまだ来ない。
遅いとは思わなかったが、待つのは、ただただめんどうだった。

式はまだ終わったばかりで、正門のほうは卒業生でごった返しているはずだ。
最後の思い出を写メに残すのにみな余念がないのだろう。
その中心には、きっと優がいる。

(幼馴染になんてかまってないで、彼女と帰ればいいのに)

犬呼びを聞く前は、それが優の優しさだと期待していた。
でも、違うと知っているから、優の行動はゆきにとって不可解でしかなかった。

不可解なのは、いじめがぱったりやんだこともだった。

もしかしたら、優の彼女がいじめを主導していたのだろうか。
彼女からの呼び出し以来やんだので、そう考えるのが自然かもしれない。
だとしても、いじめのない日々は快適で、彼女に感謝した。

どうか2人で末永くお幸せに、としか思わない。

(そして、もうわたしの人生に関わってこないでほしい、心の底から)

桜を見上げながら切に願っていると、見慣れたシルエットの学生服が見えた。

(コートも着ないで寒くないのかな)

寒がりの幼馴染が、嬉しそうに手をあげて近づいてきていた。

「待たせて、ごめんね」

距離が縮まると、学生服の前がだらしなく開いているのが目に入る。

(あれ? ボタンがない?)

晴れの卒業式になぜ、と思っていると、優が笑みを深めた。

「ボタン、女子にぜんぶ取られちゃってさ……参ったよね」
「ああ、なるほど」

そういう伝統行事か、と納得した。
じっと見ていると、優は探るようにこちらを見てくる。

「ごめんな、ゆきの分なくなっちゃって。欲しかったろ」

ゆきは思いもかけないことを言われびっくりするしかなかった。

期待するような目と目が合った。
確実に、「ほしい」と言えとその視線は言っている。

(いらない。いらない、けど……。いらないって言ったら、この後、家までついてきそうだし)

ゆきは変わらない表情で思案し、結論づけた。
もう、ボタンはないのだ。
もらいようがないものをねだっても、意味はない。

「えっと、でもボタンはもうないわけだし……残念」

つけくわえた残念という言葉に他意はなかった。
なのに、優は満足そうに、そうか、と言って学ランを脱ぎ始めた。

ただでさえ寒がりなのに大丈夫なのだろうか。
驚いて見ていると、ボタンなしの学ランを押しつけられた。

「えっと、これ、は?」
「学ランあげるよ」

嬉しいでしょ、と微笑まれ、ゆきは絶句した。

(これをどうしろと……?)

ボタンなしなので、ボタンはつければいいかもしれないが、使い道が一切思いつかない。

でも返せば、不機嫌になることもわかっていた。
あいまいに頷いて、受け取るしかなかった。

(まあ、あとで、彼女にでも送っておけば、いいのかな?)

学ランの贈呈先を考えていると、優が門の錠に手をかけた。

「じゃあ、帰ろっか」

帰宅は望んでいたこと。
ゆきは頷いて、優の背に従う。

少し振り返ると、3年間、雨の日も風の日も通った校舎がただ立っていた。

(ああ、これで本当に最後なんだな)

コートのポケットに手を入れると、スマホが指にあたる。

(これも、もう必要ない)

くれた優は見ずに、ばいばい、とつぶやいた。

帰宅後には、電子機器と品名を書いて宅配に出すつもりだった。
これで、もう呼び出されることも、声を聴くことも最後なのだ。

友だちでさえなかった、幼馴染。
一緒にいるときは意地悪で、彼の言うことは絶対で、めんどうだった。

でも、ゆきが学校に通えたのは彼を友だちだと思っていたから……。

強い風がふいて、桜が舞った。
風の音が、スマホの着信音みたいに、耳をくすぐる。
毎日聞いていた、着信音の空耳がした気がして、少しだけ寂しいと思った。
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