モラハラ幼馴染から逃げた先は雪国でした〜先祖返りした雪女は引きこもります

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2章 春:出会い篇

3 虫のめざめる季節

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帰ってくると、コタツで知らない親子がくつろいでいた。

「え? なに? だれ?」

見知らぬおじさんと同じ年くらいの女の子、そして母がこちらを見上げる。

「あらぁ、ゆきちゃん、おかえりなさぁい」
「お母さん、この人たちは? お客さんなの?」

ゆきは所在なさげにしながらコタツの前に腰を下ろした。
斉藤家から抱えてきた風呂敷は、木製の天板の上に置く。
風呂敷を見た母の目が、キラリと光った。

「ふふふぅ。おばあは何をくれたのかしらぁ」

母はゆきへの状況説明もせず、いそいそと風呂敷をあけることにしたようだ。
お重のふたを上げると目をキラキラさせた。

「すごいわぁ。ホタルの沖漬けとぉ、ナス田楽にぃ、わぁポテトサラダもあるじゃないのぉ。おばあ得意の煮しめもあるわぁ。おいしそうねぇ。これはとぉってもお酒がすすみそぅ」
「……お母さん、お酒なんていつ買ったの?」

母の手には熱燗らしきものがあり、トトトッと勢いよくおちょこに注いでいる。

いくらお金に余裕ができてきたとはいえ、お酒を買えるほどではない。
お米の支払いもすんでないのに。
驚いて、口が尖る。

「よりにもよって、こんな高そうなお酒! お母さん! まさか、内緒で買ったの?」

もうっと怒っていたら、横から宥める声がした。

「いやいや、ゆきちゃん、落ち着かんか。このお酒はわたしのお土産だよ。お金なんていいから、深雪さんを責めんでくれよ」
「いや別に責めてるわけじゃ……」

(ていうか、誰なの、この人)

目上の人に文句も言えず黙ると、満足そうにおじさんが母を見る。

「何か誤解があったようだが、わたしは深雪さんの幼馴染でね。帰ってきたと聞いたから、ならばとお酒を持参したんだ」
「そう、だったんですね」
「うん。それに、お金はお母さんが稼いだものだろう? 大人ぶっても、君は大人じゃないんだ。お母さんが使い道を決めるのは当然のことだろうに」
「あらあらぁ、クマさん、違うのよぉ。食費はゆきちゃんに管理してもらってるのぉ。大助かりなのよぉ」

母がゆきを庇うと、鷹揚におじさんは笑った。

「深雪さんは優しいお母さんだね。君も素直に謝って、ここは手打ちにしようじゃないか」

まるで、この家の主人のように振る舞うおじさんに、ゆきは困惑するしかない。

(もう! またなの?)

母の美貌につられた男性に邪魔者扱いされるのは、正直よくあることだった。

(……お母さんは美人すぎるんだよね)

その気もないのに、たまに外出すると必ず誰かに言い寄られてしまう。
間伸びした口調も、どこか男性を受け入れてくれるように聞こえるらしい。

そのくせ、まったく相手にしていないので、その度にゆきが迷惑を被る。
はらっても、はらっても、わいてくる羽虫のような男たちに、ゆきは辟易していた。

そんなゆきの心をわかってないのか、母が追い打ちをかけてくる。

「ふふふ。クマさんって可笑しい人ねぇ。ゆきちゃんと私はとぉってもぉ仲良しなのよぉ。謝ってもらうことなんてぇ、なんにもないと思うのだけどぉ」
「あ、いや、そうだったかな」

母がイラついているのがわかったのか、おじさんはとぼけるように目をキョロキョロさせる。

「そうよぉ? まあ、ここはお酒に免じて手打ちにすればいいのではないかしらぁ。クマさんがどうしても挨拶をって言うからぁ、じゃあお酒はをお願いしますねってお願いしたのだしぃ。貢物のお酒もまだまだたんまりあるのだからぁ、嫌なことはお酒で流すっていうのはどうかしらぁ」

良いこと言ったと言わんばかりの母に、ゆきはため息をつきたくなった。

(おじさん本人を目の前にして、貢物って……それ言っちゃダメなやつだよ、お母さん)

ぜんぜん懲りてない。

お酒でいっぱい失敗してきたのに。
仕事の締め切りを飛ばすぐらいは可愛いもの。
工事現場のポールをなぜか持ち帰ってきたり、警察官を家までナンパしてきたり、とろくなことをしないのだ。

他人様の前で親子喧嘩をするわけにもいかず、ゆきは黙るしかなかった。

重たい沈黙の中、おじさんが気を取り直すように、口を開いた。

「ゆきちゃんにもジュースを持ってきたんだ、まりな、どれが良いか一緒に選んであげなさい」

今まで空気のように黙っていた少女が、「はあい」と元気よく返事をした。
立ち上がって部屋の外に向かうので、ゆきも言われるままに彼女を追いかける。

どうやら台所の方にジュースは置いてあるらしい。
廊下を歩きながら、まりなと呼ばれた少女が話しかけてくる。

「ごめんねぇ、うちのバカが。いい年してキモいよね?」
「……そんなことないよ?」

父親のことをそんな風に言うなんて。
ゆきは内心眉を顰めながらも、否定する。

「わたし、大隈おおくままりな。よろしくね」
「……よろしく」
「ところで、あのお重、斉藤さん家からのものなんでしょ? よく行くの? 知り合いなの?」
「用事があれば行くぐらいだよ……お母さんとおばあが仲良しだから」

まりなの目がすがめられる。

「へえ、引っ越したばっかりなのに、もうおばあって呼んでるんだ?」

図々しいと言われた気がして、ゆきは言葉に詰まる。

しかし、彼女の目の中に攻撃的なものを感じたのは、一瞬だった。
代わりに、楽しそうな声で質問を続けられる。

「ねえ、若いイケメンの孫には会ったの?」

咄嗟に、ゆきは首を横に振った。
こういう質問をするパターンを、ゆきはよく知っていた。

幼馴染にいいよる女子たちが探りを入れるときのように、まとわりつくような迂遠な言い方。

嘘は苦手だったが、それでも、頷いてはいけないと本能的に思った。

「正さんって言うんだけど、本当に会ってない? ちょっと無愛想だけど、背も高いし、自警団にも入っててカッコいいから、みんなが狙ってるのよ」

そして、内緒話をするように、声をひそめた。

「……正さんは私のだからとらないでね?」

ねっとりした声だった。
意図がはっきりした、粘着しな声。

ーー正に近づくな。

羽虫を見るような目に晒されても、ゆきは逃げ出したい足をなんとか機械的に進める。

虫は、彼女の父親じゃなくてゆきなのだ。

握りつぶされないよう、息をひそめるしかなかった。
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