モラハラ幼馴染から逃げた先は雪国でした〜先祖返りした雪女は引きこもります

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2章 春:出会い篇

2 ハレの日のご馳走

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「ゆきちゃん、よく来たね!」

かか、と笑いながら斉藤のおばあが、上がり框までひょっこり出てきた。
割烹着を着て、鍋を抱えている姿がなんだか可愛い。

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

愛想が悪いといわれがちなゆきは、慌ててお礼を言うことにした。
ぺこりと頭を下げると、おばあは手を振って笑う。

「そんなかしこまらんでいいよ。深雪の子は、わたしの孫も同然だからね」

おばあはしわにうもれそうな細目で器用にウインクしてくる。
お茶目なしぐさに、ゆきは嬉しくなる。

入って、と促されて台所まで行くと、お湯が汽笛のように湯気をふいていた。
部屋に入っただけで、しびれるような指先の冷たさが和らぐ気がする。

かじかむ手でマフラーをとっていると、正がお茶を出してくれた。

「どうぞ」
「あ、ありがとう!」

驚きながら、大きい手からコップを受け取った。

そのまま離れていく手を、思わず目で追ってしまう。
血管の浮き出た手のひらはごつごつしているのに、指は長く器用そうに見えた。

(やっぱり、お父さんと似てる……)

ずっと見ていたくて目をそらせずにいると、正と目がバチリと合った。
優しそうに細まる目に、ゆきは顔が赤くなるのが自分でもわかった。

(なんか、わたし、ストーカーみたい)

正しい距離感がわからなくてモジモジしていると、おばあが間に入ってくる。

「なにをお見合いしてるかねぇ」

ニヤニヤとからかう言葉に、正が苦笑した。

「お見合いって、こんな若い子におっさんとお見合いはないから」
「23歳の若造がなにを大人ぶって」
「いや、立派な大人だろう、俺」

なあ、と目顔で同意を促され、ゆきは一生懸命頷く。

「ほらな、おばあ。ゆきちゃんはわかってる。こんないい子には、特別なものをあげようかな」

猫のように目尻にシワを作った正が、手招きする。

「口開けてみ?」
「え、でも」

(く、口の中を見せるなんて恥ずかしい! ど、どうしよう)

ためらっていると、唇に何かが押しつけられる。
固い感触に、頭に「はてな」が飛ぶ。

「ハチミツ飴だよ、美味しいぞ」

ハチミツという言葉に、つい口を開いてしまった。
すぐに入ってきた甘味に、ゆきは震えそうになる。

(なに、これ、めちゃくちゃ美味しい!)

「うまいだろ? まあ、ハチミツ農園でもらってきた蜜をレンジで固めただけだけどな」
「すごい、すごい美味しいです」

貧乏ゆえに甘いものに飢えていたゆきにとって、語彙を失うご馳走だった。

普通のハチミツと違って、甘ったるすぎる感じがないのに、とても濃い味だった。
りんごの蜜に近いような、さわやかな芳香が鼻をぬける。

美味しくて、転がす舌が止まらなかった。
夢中になってなめていると、体が自然と揺れてしまう。

「気に入ったなら、持って帰って、後で食べるといい」

正がヒョイっと投げてきたものを受け取る。

小ぶりのタッパいっぱいのハチミツ飴だった。
ゆきは両手に抱え、しげしげと眺める。

「こんなに! 本当にもらっていいんですか?」
「おうよ。ゆきちゃんのために用意しといたんだから、受け取ってくれるとありがたい」
「ーー私のため?」

ゆきは驚きすぎて言葉が出なかった。

盆とお正月が一緒に来たようで、心が盆踊りでもするみたいに踊る。

(うれしい、お祝いみたい!)

わざわざ自分のために用意してくれたと思うと、じんわりと胸が温かくなる。
べっ甲のような色の飴をじっと見つめていると、おばあに呼ばれた。

「飴食べながら、今日のご馳走作ってしまおうかね」
「ご馳走ですか?」
「そうさ。ご馳走! 正に走り回らせて、いろいろな食材用意したからね」
「ホタルイカ以外にも?」
「もちろん! 『馳走』ってのはもともと走り回ってもてなしの準備をすることを言うのは知ってるかい? お金だけかけたってダメだ。だから正が漁港に行って、はちみつ農園に行って、畑に行って用意したのは真心なんだよ。ほら、見てみなさいな」

正を見ると、うんうんと静かに頷いている。
おばあは正の背中をばしっとたたき、誇らしげに食材を紹介しはじめた。

ゆきは目をしろくろさせ、説明を聞いた。
そのあいだも、胸の温かさは消えず、ずっとゆきの心を温め続けた。
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