モラハラ幼馴染から逃げた先は雪国でした〜先祖返りした雪女は引きこもります

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2章 春:出会い篇

12 氷の初デート①

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温泉の源泉がある山の方に、斉藤家が管理している氷室がある。
平野部には雪はすでになかったが、山間には根深い雪が残っていた。
氷室もそんな山あいの、途中からは車で来るのも難しい場所にあった。

冬にためておいた氷と雪をとるため、正とゆきは氷室の中で作業をしていた。

藁ぶき屋根の氷室の内部は、地面よりも数メートルも低い。
四方は土壁に囲まれていて、冷気が逃げにくいつくりになっている。

正は氷室専用の長くつをはいて、のこぎりで最後の四角を切り出すところだった。

「ふう。これで最後だ!」

手渡された氷を、ゆきは両手で大事に受け取る。
一辺が20cmほどの氷をアイスボックスに入れるのがゆきの係だった。

鼻まで赤くしながら、正は白い息を吐いた。

「いやあ、春なのに冷えるなあ」
「正さん、寒そう……。あとは私がやりますよ?」

ゆきは雪女の特性で、とても寒さに強いのだ。

提案するも、正は首をふった。

「手伝ってくれるだけで十分だよ。じゃあ、氷の切り出した跡の部分に、雪を張ってくれるかな?」

ゆきはこくりとうなずいた。
手に力を込めると、霧のようなもやがわきでる。

(強すぎないように、いい子、いい子ですよ)

手の冷気に心の中で話しかけながら、力を調節する。
出すぎないようにと集中すると、ぼたん雪くらいの大きさの雪が手のひらから出始めた。

「お、うまいうまい」

手をたたくような声で、正が褒めてくれる。

少しうれしい。

切り出した部分と、少なくなっていた場所すべてに長靴分くらいの高さまで雪をかけてまわる。
終わると、少しクラクラした。

「お疲れさん。ふらふらしてるけど大丈夫か?」
「はい! 大丈夫です! けっこう力は使った感じなんで、1週間くらいは氷ひとつ出すのもつらいかもしれません」

ゆきは知らなかったが、雪女の力は出し切れば、枯渇してしばらくは使いづらくなるものらしい。
母が適当な人なので、雪女の力の使い方はざっくり教わっただけ。
だから、この力との付き合い方を斉藤のおばあと正から聞いたときは驚いた。

雪国とはいえ、春も夏も秋もある。
雪のない時期の過ごし方に不安を感じていたゆきにとって、いちばん知りたいことだった。
さらに、雪のまったくない夏に向けて、正には力の調節方法を教えてもらっているのだ。

だから、何か返したくて、氷室の管理の手伝いを申し出たのはゆきのほうだった。

「今年はけっこう暖かい日が続いてたから助かるよ。おばあも力が弱まってるから、頻繁には氷室の調整できなくってさ」

はしごでのぼり、クーラーボックスを抱えて、山道をくだる。
今日が2度目なので、ゆきも慣れたものだった。

1時間近く下山していくと、冷気もだいぶ緩和されてきた。
遠くに車も見え、ゆきは正の車の助手席に乗り込んだ。

これから、車で市内の料亭を何軒も回る。
切り出した氷は、お酒の氷として使われているそうだ。
氷室で自然とできた氷は、冷凍庫でつくりだすものとはまったく違っている。
溶けづらく酒の味をまろやかにするのだと重宝されているのだ。

そうして、お得意様の料亭の最後の一軒を回りおえたのに、残っているクーラーボックスの中身に首をかしげた。

「いつもより多めに切り出してましたけど、残りの氷はどうするんですか?」
「あれ、言ってなかったか? ゆきちゃんのバイト先の大樹から融通するよう頼まれてるんだよ」
「銭湯で、ですか?」

何に使うのだろう。
銭湯で酒盛りするなんて邪道だ!といって憚らない大樹が、お酒を出すとも思えない。

頭をひねっていると、正が簡単に教えてくれた。

「なんか、フルーツたっぷりのかき氷の新メニューを出すとか言ってたかな」
「フルーツたっぷり! かき氷!」
「そうそう。夏になると市内のカフェとかで出てるから、試してみたいんだってさ。パフェみたいなかき氷を作ってSNSでウハウハだとかわめいてたけどな」
「パフェみたいなかき氷って、おいしそうだけど、ぜんぜん想像がつきません!」

魅惑的な単語に、ゆきの耳がぴくりとする。
考えるとよだれがたれそうだった。

「興味あるなら、大樹のところに行く前に、市内のかき氷屋さんにでも寄ってみようか? たしか年中かき氷を出してる専門店があったはずだよ」
「食べたいです! あ、でも、いまはそんなに持ち合わせが……」

(パフェと同じようなかき氷って、かき氷の値段なの? それともパフェの値段?)

パフェの値段だったら、ゆきには手が届きそうもなくてしり込みしてしまう。

肩を落としていると、おかしそうに正がわらった。

「俺が誘ってるんだから、おごるよ! 手伝ってくれたんだからお礼にさ。だから行こう?」

ゆきは戸惑った。
そもそも、氷室でのお手伝いは、雪女の力の制御の練習もかねているのだ。
それなのに、おごってもらうなんて許されるのだろうか。

迷うゆきの答えも待たず、正は車を反転させた。

30分もしないうちに、おしゃれなパン屋のようなガラス張りの店舗の近くで車がとまった。
駐車場はあいていて、ゆきと正はつれだって店に向かう。

「わぁ! とっても素敵なお店ですね」
「よかった、喜んでもらえて。まだ4月だから旬なのはイチゴかな」

今日はGW初日で、まだ肌寒いがお店は満席のようだ。

列の後ろにまわり、外に備え付けられたメニューをぱらぱらとみる。

(お、おいしそう!)

確かにかき氷ではなくパフェのようにふんだんにフルーツがのっている。
上にかかっているソースは色とりどりで、とてもおいしそうだった。
ゆきは決められなくて、真剣にメニューとにらめっこをする。

ふいに、正がメニュー表を持ち上げ、ゆきの顔の前に広げてきた。

「えっと? 持てますよ?」

こんな軽いものを持ってもらう必要なんてない。
ゆきが断ると、正がにっこり有無を言わさない顔で首を横にふった。

「なんか、ゆきちゃんのことガン見してるやつがいたから、防御してるだけ」
「ええ! 私を見てる人なんていないですよ!」
「うん、いるからね。顔を出さないで」

しっかりと、道路側の視界を遮られ、どのような人がそんな疑いをかけられたのかはわからない。
順番がくるまで、メニューで顔を隠されるのは、自意識過剰みたいで恥ずかしかった。
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