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3章 夏:再会篇
13 夏祭り①
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オレンジ色の光が闇夜を照らす。
薄暗くなった広場には赤い暖簾をつけた屋台がひしめいていた。
そのうちのひとつで、ゆきと大樹はせっせと梅シロップのかき氷とお稲荷を手売りしていた。
「ゆきちゃん、そろそろ遊んできていいよ」
「いえ。私も働きたいので」
「まじめだなぁ。助かるけどね」
汗をかきながら大樹が笑う。
その間も2人の手は止まらず、客の列も途絶えそうもなかった。
「ゆーきちゃーん。代わるよ~」
賄いの稲荷を食べ終わった美咲が、駆け寄ってきた。
黄色の浴衣が、活発な美咲によく似合っている。
「ありがとう! じゃあ、賄い、食べてきちゃうね」
「ちょっと長く休んでおいで。ほら、正も案内してあげなよ」
美咲と一緒に戻ってきていた正が、手を出してくる。
つなげということだろうか。
見ていると、手首をつかまれた。
「いってくる!」
正にひっぱられるままに歩き出すと、後ろから「ごゆっくり~」と2人の声がした。
ゆきはつながれた手と正の顔を交互に見る。
2人きりで屋台を回れるとは思っていなかったから、こそばゆい。
「ゆきちゃんは何か食べたいものある?」
「えっと、おすすめはありますか?」
「そうだな。的屋がやってるのは高いから、町会でやってるブースに行こうか。たしか、焼きそばと焼きとうもろこしとじゃがバターがあったはずだよ」
「うわぁ。全部おいしそう」
「けっこう奥の方だったから、はぐれないようにな」
たしかに町中の人が集まっているような人ごみは、夜の熱気もありいつもより暑い気がした。
お風呂に入っているみたいな気分でいると、正が急に手のひらでゆきの口もとをおおった。
「ゆきちゃん、今日は表情が豊かで可愛いんだけど、そんな顔はあまりほかの奴に見られたくないな」
すねたような口調に、ゆきはびっくりしすぎて口をはくはくさせた。
これも、まりなが考案した作戦の一部なのだろうか。
まりなが正にも話を通しておくと言っていたけれど、こんなにイチャつくなんて聞いていない。
心臓に悪すぎて胸を押さえていると、正が「参ったな」とこぼした。
「顔がリンゴみたいに真っ赤だよ。ほかの男どもがゆきちゃんのこと見てるから、俺は気が気じゃないな」
「正さん、もう、そのへんで勘弁してください」
「何が勘弁?」
「だって恥ずかしいんです。手もつないでるし、なんか、その……」
「恋人みたい?」
いたずらっぽく続けられた言葉に、ゆきはぐうの音も出なくなる。
まだ見せつける相手も到着していないのに、正のフルスロットルの意味がわからなかった。
「店番に戻らせるのも不安だな~。こんなに可愛いんだからナンパされちゃうのも嫌だし、このまま、一緒にいなくなっちゃおうか?」
「もう! 今日の正さんは意地悪です! からかわないでください」
「はは。ごめんごめん。でも、可愛いと思ってるのは本当だよ。それに、まりなちゃんに言われるまでは、真紀のことは放っておけばいいと思ってた自分を反省したんだよ。ちゃんとスッキリさせて、向き合いたいなと思ってるから」
向き合いたいとはどういう意味なのだろうか。
それ以上は語らず、正は人ごみの中を器用に進んでいく。
つながれた手がなかったら、すぐに迷子になりそうだった。
「ゆきちゃん、あっちだよ。今日はおばあもこっちで参加してるから挨拶に行こうか」
指さす方向に、町会名の書かれたテントがあった。
その下で元気に動きまわるおばあを見つけて、ゆきは駆け寄った。
「おばあ、こんばんは」
「あらあ、ゆきちゃん。今日はとっても可愛いじゃないか。それ深雪の古着かい?」
「そうなんです! お母さんが若いころに着ていたい浴衣なんですよ」
くるりと回って見せると、おばあが手をたたいて喜んだ。
白地に朝顔が咲いていて、とても可愛い。
「とっても似合っとる! こんなに可愛いと変な男に声かけられるかもしれんから、正はちゃんと護衛をするんだよ」
正は苦笑しながらうなずいた。
一通り話をすると、おばあは持ち場に戻ってしまう。
「じゃあ、俺らも食べながら敵を待ちますかね」
敵という言葉に、ゆきは目を白黒させた。
今日の正はだいぶ好戦的だ。
(敵は、優君のこと? それとも真紀さん?)
買ってきてくれた焼きそばを口に入れながら、ゆきは首をかしげた。
「俺にもちょうだい」
焼きそばを指さされ、差し出そうとしたが、首を振られる。
ひとつしかない箸で食べさせてと目顔で言われ、ゆきは首まで熱くなった。
おそるおそる一口分をすくって、正の口に寄せる。
大きな口でそれを食べた正が、ニコニコともう一口を要求してくる。
(すごい恥ずかしい……)
いつまで続ければいいのかわからず戸惑っていると、正のスマホが鳴った。
取り出して、にやりと口の端を上げる。
「どうやら、作戦開始みたいだな」
「……もう来てるんですか?」
「うん、あそこに」
振り返ると、そこには怒りに顔を赤くした優が走ってくるところだった。
薄暗くなった広場には赤い暖簾をつけた屋台がひしめいていた。
そのうちのひとつで、ゆきと大樹はせっせと梅シロップのかき氷とお稲荷を手売りしていた。
「ゆきちゃん、そろそろ遊んできていいよ」
「いえ。私も働きたいので」
「まじめだなぁ。助かるけどね」
汗をかきながら大樹が笑う。
その間も2人の手は止まらず、客の列も途絶えそうもなかった。
「ゆーきちゃーん。代わるよ~」
賄いの稲荷を食べ終わった美咲が、駆け寄ってきた。
黄色の浴衣が、活発な美咲によく似合っている。
「ありがとう! じゃあ、賄い、食べてきちゃうね」
「ちょっと長く休んでおいで。ほら、正も案内してあげなよ」
美咲と一緒に戻ってきていた正が、手を出してくる。
つなげということだろうか。
見ていると、手首をつかまれた。
「いってくる!」
正にひっぱられるままに歩き出すと、後ろから「ごゆっくり~」と2人の声がした。
ゆきはつながれた手と正の顔を交互に見る。
2人きりで屋台を回れるとは思っていなかったから、こそばゆい。
「ゆきちゃんは何か食べたいものある?」
「えっと、おすすめはありますか?」
「そうだな。的屋がやってるのは高いから、町会でやってるブースに行こうか。たしか、焼きそばと焼きとうもろこしとじゃがバターがあったはずだよ」
「うわぁ。全部おいしそう」
「けっこう奥の方だったから、はぐれないようにな」
たしかに町中の人が集まっているような人ごみは、夜の熱気もありいつもより暑い気がした。
お風呂に入っているみたいな気分でいると、正が急に手のひらでゆきの口もとをおおった。
「ゆきちゃん、今日は表情が豊かで可愛いんだけど、そんな顔はあまりほかの奴に見られたくないな」
すねたような口調に、ゆきはびっくりしすぎて口をはくはくさせた。
これも、まりなが考案した作戦の一部なのだろうか。
まりなが正にも話を通しておくと言っていたけれど、こんなにイチャつくなんて聞いていない。
心臓に悪すぎて胸を押さえていると、正が「参ったな」とこぼした。
「顔がリンゴみたいに真っ赤だよ。ほかの男どもがゆきちゃんのこと見てるから、俺は気が気じゃないな」
「正さん、もう、そのへんで勘弁してください」
「何が勘弁?」
「だって恥ずかしいんです。手もつないでるし、なんか、その……」
「恋人みたい?」
いたずらっぽく続けられた言葉に、ゆきはぐうの音も出なくなる。
まだ見せつける相手も到着していないのに、正のフルスロットルの意味がわからなかった。
「店番に戻らせるのも不安だな~。こんなに可愛いんだからナンパされちゃうのも嫌だし、このまま、一緒にいなくなっちゃおうか?」
「もう! 今日の正さんは意地悪です! からかわないでください」
「はは。ごめんごめん。でも、可愛いと思ってるのは本当だよ。それに、まりなちゃんに言われるまでは、真紀のことは放っておけばいいと思ってた自分を反省したんだよ。ちゃんとスッキリさせて、向き合いたいなと思ってるから」
向き合いたいとはどういう意味なのだろうか。
それ以上は語らず、正は人ごみの中を器用に進んでいく。
つながれた手がなかったら、すぐに迷子になりそうだった。
「ゆきちゃん、あっちだよ。今日はおばあもこっちで参加してるから挨拶に行こうか」
指さす方向に、町会名の書かれたテントがあった。
その下で元気に動きまわるおばあを見つけて、ゆきは駆け寄った。
「おばあ、こんばんは」
「あらあ、ゆきちゃん。今日はとっても可愛いじゃないか。それ深雪の古着かい?」
「そうなんです! お母さんが若いころに着ていたい浴衣なんですよ」
くるりと回って見せると、おばあが手をたたいて喜んだ。
白地に朝顔が咲いていて、とても可愛い。
「とっても似合っとる! こんなに可愛いと変な男に声かけられるかもしれんから、正はちゃんと護衛をするんだよ」
正は苦笑しながらうなずいた。
一通り話をすると、おばあは持ち場に戻ってしまう。
「じゃあ、俺らも食べながら敵を待ちますかね」
敵という言葉に、ゆきは目を白黒させた。
今日の正はだいぶ好戦的だ。
(敵は、優君のこと? それとも真紀さん?)
買ってきてくれた焼きそばを口に入れながら、ゆきは首をかしげた。
「俺にもちょうだい」
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ひとつしかない箸で食べさせてと目顔で言われ、ゆきは首まで熱くなった。
おそるおそる一口分をすくって、正の口に寄せる。
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(すごい恥ずかしい……)
いつまで続ければいいのかわからず戸惑っていると、正のスマホが鳴った。
取り出して、にやりと口の端を上げる。
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「……もう来てるんですか?」
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