モラハラ幼馴染から逃げた先は雪国でした〜先祖返りした雪女は引きこもります

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3章 夏:再会篇

9 逃げる女、追い詰める男②

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「なんで引っ越すことを黙ってたのかな? 俺には言うべきだったよね?」

すごく低い声だった。
顔は彫像のように動かないのに、目にも声にもねっとりした怒りが滲んでいる。

(もう会わないつもりだったなんて言ったら、優くんはどうするのかな)

言うことを聞かなければ、あの手この手で制裁してくるのが優だった。

わざと優を好きな女子の前で仲良さアピールをされたことは数知れない。
父が生きてた頃はキャンプ場で仲良くなった子もいたけど、すべて連絡先を捨てられ、連絡できなくなった。

初めてラブレターをもらったことを黙っていたときが一番ひどかった。
知らぬ間にその子はいじめの標的にされて、なぜかゆきにまで怯えるようになり、転校してしまったこともある。

周りからは人がどんどんいなくなり、代わりにゆきを嫌う人が増えていった。

それは、すべてゆきが優を怒らせた時に加速した。
嫌われ者の幼馴染と、それを庇う優しい優。
できあがった関係は、離れてみれば、異常だったのだとわかってしまった。

「答えられない理由でもあるのかな?」

苛立った声に、ゆきの肩がはねる。
優の酷さはわかっていても、長年の習い性でついつい従ってしまいそうになる。

気に入られるように、面倒を避けるために、謝って終わりにしてしまえれば楽だった。
引っ越す前のゆきなら確実にそうしてきた。

(でも、もう、あの頃には戻りたくない。謝れば元通りになるのかもしれないけど、わたしは優くんの犬じゃないし、躾けられたくなんてない!)

ゆきは優を見上げて、震える声で言った。

「……理由なんてないよ。ただリセットしたかっただけ」

優はゆきの絞り出した言葉に衝撃を受けた顔をする。

「リセットって何? まさか、俺との関係じゃないよね?」

肩をつかまれ揺さぶられる。
指が食いこんで痛かったけれど、ゆきは小さく頷いた。

優の顔が真っ青になっていく。
ゆきの言葉でこんなに優が動揺するなんて思わなかった。
不思議に感じていると、優がブツブツとつぶやきだす。

「リセットなんてさせないよ、絶対。何が気に入らないんだよ? 俺はいつも優しかっただろ? ゆきだってなんだかんだ言ってずっとそばにいてくれたじゃないか。それは俺が好きだったからでしょ?」

ゆきは優の言葉に驚いた。
まるで、ゆきが優に恋をしていると聞こえたから。

つい聞いてしまう。

「好きって、幼馴染としてだよね?」
「はぁ? なんでだよ! ゆきが言ったんだろ。ずっと一緒にいようね、って」

(え? そんなこといつ言ったの、私)

そもそも優はゆきなど好きじゃないはずだ。
中学校の時に優のとりまきが頭をよぎる。

「でも、彼女さんいたよね」
「付き合ってないって言ったよね?」

(言ってたかな? そう言われれば、言っていた気もするけど。だとしても、私は優くんにとってなんなの、いったい)

心底困惑して、ゆきは尋ねた。

「つまり、優くんは私が好きなの?」
「ーー好きなわけないだろ。お前が俺を好きだから、仕方なく、一緒にいてやったんだよ」
「それは、好きじゃなかったら、もう構わないでくれるってことかな?」

それなら話は簡単だった。
離れたかったことをアピールすればいいのだから。

でも、優は真っ青なままの顔で睨みつけてくる。

「まさか、あの男とつき合ってるなんて言わないよね」
「あいつ? 誰のこと?」
「お前に妙にベタベタしてたやつだよ。前にも2人でいるのを見たことあったけど。嘘だろ、もう心変わりかよ。あいつが俺よりもかっこいいとでも言うわけないよな」
「……正さんのこと?」
「名前なんて俺が知るわけないでしょ。この前、かき氷屋の前に並んでいたやつだよ」

真紀のお店のことだろうか。
確かに並んでいたことがあった。

(みられてたの? え? いつ?)

あの時は、たしか正が誰かが見てるとかなんとか言うから、あまり周囲を見ていなかった。
優のように目立つ男がいたのに気づかなかったなんて。

迂闊さに慄いていると、優がさらにヒートアップしていく。

「あいつのどこがいいの? 俺の方が背も高いし、若いし、頭だっていいだろ? こんな田舎で満足してるようなやつに、俺のどこが負けてるって言うんだよ。言ってみろよ」

「確かに背は高くて若いし、顔も万人ウケするのは優くんかもしれないけど……」
「だろ! 俺のが絶対にモテるはずだ」

否定はできなかった。
正もモテる方だとは思うが、学校中の女子から好かれていた優とは比べられない。

でも、正は優とは違って、ゆきにとっては特別だった。
父に似ているし、優しいし、ゆきのこころに寄り添ってくれる。

(それに、モテ過ぎても嫌だし)

真紀さんの顔が頭をよぎる。
ゆきはそれを振り払うよう、答えを返した。

「優くんのがモテると思うよ」

でも、と言おうとしたのに、優の言葉が重ねられる。

「だろ! やっぱりな! そう思うなら、ゆきも素直になったらいいのに。ゆきさえ意地を張らなければ、卒業式の時の制服をあげたみたいにちゃんとかまってやるからさ」

また優は人の話を聞いていない。
ゆきごときが自分以外に心を許すのが、そんなに許せないのだろうか。

(好きじゃない人に好かれて、何が嬉しいんだろう)

わかりあえそうもない。

いつも優に感じていた徒労感を、久しぶり感じて脱力した。

「……やっぱり、優くんは面倒くさい」
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