【完結】神官として勇者パーティーに勧誘されましたが、幼馴染が反対している

カシナシ

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本編

9 四日目

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 さすが勇者様。

 言葉の斬れ味も抜群だった。
 あれは、僕の心に会心の一撃を与えた。

 落ち着いて考えてみれば、何故あの言葉にあれだけ憤慨した訳が、分かってしまった。



『お似合い』

『破れ鍋に綴じ蓋』



 その言葉に怒ってしまうのは……僕は、アノンと同じだと思いたくないからだった。

 どこかで見下していたのだろうか。それとも、軽蔑していたのか。神様にもらった命を捨てようとするアノンを、いつまでも理解出来なかったし、したくなかった。やっぱり僕は最低だ。レオン様の言葉を認めざるを得なかった。

 僕は、アノンを好きだと思っていたけど……違う。僕のせいで、死んでほしくなかっただけ。悪者になりたくなかっただけ。ただ、僕の目覚めが悪いから。


 気付いてしまえば、どんどんアノンへ向ける感情が冷ややかになっていく。


 僕だって最低だけど、アノンもそうだ。僕を大事にしないこともそう。僕が他の同年代の子と話すのすら嫌がるくせに、自分は他の女の子とイチャイチャして。

 アノンは良く『俺のことなんてどうでもいいんだな?』と言うけれど、そっちこそ僕のことなんて微塵も考えてないじゃないか!


 レオン様の言葉は、僕の世界を覆っていた風船につぷりと針を刺した。痛みは伴うものの、新しい視界は実にクリアで、単純なことだった。

 僕の将来をかけてまで、ずっとアノンについて回る?
 ……そんなの、嫌だ。
 僕は、どうしても、神官に、なりたい。

 そう気付かせてくれたのは、他でもないレオン様。

 昨日レオン様が壊した窓は、そのままだ。僕は自分の意思で、ここを出る。


「勇者様、ご無事で行ってらっしゃいませ」


 村人たちが、列になって勇者様を見送っていた。
 昨日の脂猪ファットボアが効いたからか、その顔はどれもツヤツヤとしていて、すっかり自分たちのやった行いを忘れているようだった。

 腹立たしい。そんな調子の良い人たちのために、僕はもう迷わない。
 心を決めた。


「待ってください!」

「……!フェリス、くん」

「あの……僕も、みなさんたちと一緒に行きたいです!どうか、お供させて下さい!お願いします……!」


 教本二冊を鞄に入れただけの、見窄みすぼらしい僕。彼らと比べればひよひよの貧弱な村人でしかない。
 それも、散々失礼を冒した村の。
 直前まで迷っていた、煮え切らない態度の、だ。

 それでも、レオン様は、にこりと笑って下さった。ヴァネッサ様も、ガルフ様も。


「嬉しい。ぜひうちの、神官になってくれ。頼りにしている」

「ヨッシャァァラァァアア!今日は飲む!飲む!飲むわ!フェリスちゃん机に置いて酒舐めるわよ!」

「キメェ……こんなパーティーだが、歓迎するぞ、フェリス」


 こんな僕に対して、喜びを爆発させてくれるなんて、嬉しくて涙ぐむ。
 そして大好きな家族にも、別れを。


「ごめんなさい。やっぱり僕は行きます。その、仕送りするので、居心地悪かったら村を出て、ね。僕のせいで苦労をかけるけど……」

「何を言ってんだい!あんたは良く言った!」


 ぎゅむうっ!お母様に抱きしめられた。うっ。圧がすごい。
 でも、その腕が震えているのに気付き、僕も抱きしめ返した。お父様も、かわいい弟も。


「あんたは幸せになってくれなきゃいけないよ。手紙を欠かしちゃいけない。嘘も吐くんじゃないよ。何かあったらすぐに帰ってくるんだ、分かったね?」

「はい、はい……分かった。必ず」


 そうして旅立とうとすると……アノンが、立ち塞がった。


「フェリス?どこに行くんだ?」

「……アノン」


 アノンの首筋には、見せつけるような赤いしるしが付いていた。その意味を、知らないはずが無い。
 ララがここにはいなかったからこそ、何があったのかを察した。きっとララなら、僕が出ていくのはそれはそれは嬉しいだろう。

 ……いいんだ、もう。
 彼は、手放した方がいい。


「俺がどうなっても、知らないって?ハッ、やっぱり騙されちまったか。フェリス。今からでも遅くない。俺と、けっ」

「アノン。ごめん。別れよう」

「……はっ?」


 村中がしん、と静まり返って、僕たちの会話を聞いていた。
 レオン様はどんな顔をしているのだろう。……あの言葉を頂いて、すぐに決心した僕を薄情だと言うだろうか。
 多分、言わない気がした。ただの勘だ。


「僕はもう、疲れたんだ。君が死にやしないか気にして夜中も這いずり回るのも、勉強したいのに妨害されるのも。ララと末長く幸せになるといい。僕じゃ君をあんなに笑顔にはできないから」

「な、なにを、言ってる?俺とララは、そんなんじゃ……」

「え~?アノン、昨日はあんなに激しかったじゃない。ララの声、うるさかったわよぉ」


 誰かの言ったその言葉に、女の人たちはきゃあきゃあと声をあげ、男の人たちは『どれくらいだ?』とざわつき出す。……そんな場合じゃないってのに。
 これだから、村の中で浮気は出来ない。する場合は、『乗り換え』になる。アノンだって、知っているはずだった。本当に、何をしたって僕は許すと自信があったのだろう。


「僕は、レオン様達と行く。もう、どうでもいい。好きにするといい。君がこの後森に入ろうと川に入ろうと、僕は彼らといる」


 その言葉に、アノンは傷ついたような顔をした。
 そしてキッ!と僕を睨む。でも、もう気にすることはない。

 冷たいだろうか?

 でも、僕はこんなアノンを見捨てて出ていく冷たい男でいい。いいと僕が決めたのだから、いいんだ。そう、ぐだぐだと悩む僕より、こっちの僕の方が、幾分いくぶんかマシで、ほんの少し好きに思える。


「フェリスッ!」


 追い詰められたアノンは、険しい顔をして僕の腕を掴む!


「うっ……痛い!離して!」

「来い、話はそれからだ!」


 ぐいぐいと、腕に爪が食い込むほど強い力で引っ張られようとした時、ふっ、とアノンの力が緩んだ。


「おや、これはいけないね」


 レオン様が、アノンの腕を掴んでいた。お顔はにっこりとしているけれど相当力を込めているのか。
 アノンは顔を歪め、僕の腕を離してくれた。そして、腕をさする僕の前に、レオン様の背中。


「フェリスくんは、勇気を出して一緒にくることを選んだんだ。だからもう、私たちの仲間。私は仲間を全力で守る。もちろん、魔物からだけじゃなく、別れた恋人からもね」

「……!」


 アノンは目を見開き、僕も何だかぎゅっ、と胸を締め付けられるような気持ちがした。
 もう、最後だ。アノンとは、もう終わりなんだ。


「助けてくださり、ありがとうございます。レオン様。ヴァネッサ様、ガルフ様も、行きましょう。別れの挨拶は、もう、済ませました」

「なっ、なっ、~~ッ!フェリス!俺は、俺は!本当に行くからな!森に!止めたって無駄だからな!」

「フェリスくん。じゃあ、行こうね。今日はいい天気だ。フェリスくんの記念すべき日にぴったりのね」

「はい!」

「フェリス!知らないからな!俺がどうなっても!」

「じゃあ、みんな元気で~!行ってきます!」


 レオン様は僕の手を握り、にこやかに村へ手を振った。それにならい、僕も笑って手を振る。
 何故手を握られているのかはわからないけれど、歓迎の気持ちなのだろう。

 アノンはチラチラと僕を見ては森の方角へ向かっていったが、もう僕は知らない。
 こんなに冷たい男だったのかと自分に驚くくらい、『どうでもいい』感情になっていたから。















 近隣の街に着くと、僕に教本をくれた神官様とお会いできて感激した。村を出たこと、アノンとの関係を絶ったこと、諦めかけた夢が目の前に広がったことに対する気持ちがぶわっと溢れて、思わず神ではなく、神官様に祈りを捧げていた。


「ちょっ、ふぇ、フェリス!こんなところでひざまずかないでくれる!?外聞が悪いったら!」

「あっ、すみません……!感動のあまり、言葉が、出なくて、つい……!」


 ぽろぽろと泣けてしまって、レオン様に拭われる。やっぱり紳士なレオン様。……お酒に酔うと、ちょっと意地悪になってしまうようだけど。

 そこで僕は、頂いた教本の感謝を伝えることが出来た。間違いなくこの本のおかげ、つまり、神官様のおかげで、僕はレオン様たちに救われた。


「うわ、ボロボロになっちゃって。誰にされたんだい?まぁ、こっちの本はほんと基本的なことしか書いてないから比較的安物だけど。さ、これを新品に直せるくらい腕を上げなさい」

「はい!あ、でもこちらは大丈夫です!全部大事に読ませていただきました」

「あ~……、あのね。フェリス、普通はこの本、読めないんだよ」

「……へっ?」

「こっちは神力に応じて神聖魔法を教えてくれる本。だから神力が無ければ読めないし、少しくらいの神力であれば、始めの数ページしか読めない。全て読めるということがすでに、規格外なんだ。う~ん、今ここで神官の登録しよっか」

「えええ!?」


 驚く僕だったが、レオン様たちはさほど驚いていない。


「あれだけ使えたらねぇ……」

「そうよ。村人からお金取らずに無償で施してるって聞いて杖折りそうになったわよ。無駄遣い」

「神官かどうかは関係なく、実力で分からせられたな。勇者パーティーに相応しい神官だと」


 照れる。そっか。僕、そこそこ、使えるみたい。

 真新しい神官を示す神官服キャソックと、印章を手に入れた僕は、勇者様のパーティーの一員として、南方を目指す旅へと出た。










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