僕は人畜無害の男爵子息なので、放っておいてもらっていいですか

カシナシ

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本編

49 グレイリヒト・シュトーレン

 

 ロローツィアが結晶化し、エカテリーナ一派は呆気なく捕縛された。

 歴代でも傑出した力を持つ聖者・ロローツィアを、もの言わぬ結晶にし、その力を利用しようとしたエカテリーナ嬢。その目的は、『聖女ヒロインになりたかった』という、理解しがたいもの。


「どうして……どうして、ロローツィアがあんなものにならなくてはならなかったのだ!」


 アレキウスが吠え、机に拳を叩きつけた。万年筆が飛び上がって転がっていく。それをぼうっと見ながら、俺は沈黙していた。

 結晶は魔道具の同源力にはなれど、消費するものだ。いずれはなくなる物。使える魔術も、組み込む魔術式に依存するため、ロローツィアの使っていたものと比べれば児戯に等しい。あの女が聖女になりたいのなら、こつこつと慈善事業を主導したり、魔術以外の観点で評価されるように努力すれば良かったのだ。

 泣いていたロローツィアの顔が、頭から離れない。あの姿はアレキウスには見えなかったようだ。何度も思い返しては胸を抉るような痛みに、焦燥だけが募る。何も、出来やしないのに。


「これで私が画策していたロローツィアとの婚約もおじゃんだ。後ろ盾があれば誰でもいいと、父が言い出した」

「……今、それを言うか」


 自分でも尖った声が出る。俺が憤っているのは、アレキウスも実際のところ、自分のことしか考えていないからだ。

 おそらくそれは、アレキウスの望みが叶えられなかったことのない人生だったから。それはアレキウスのせいではないが、ロローツィアもなんなく手に入れられるという、支配者特有の傲慢ごうまんさが滲み出てしまっている。

 ロローツィアの結晶は、誰も触れることは出来なかった。火傷をしたのはエカテリーナ嬢だけだったが、運ぼうとした騎士も弾かれてしまう。それは、ロローツィアが全ての人間を拒絶しているように見えて、俺は怖くて触れられなかった。

 あの地下洞は封鎖され、騎士によって厳重に警備が敷かれることとなった。穢れた土地の残っているのは他国であり、その他国に気付かれてしまえば戦争になってしまう可能性があった。大切にするべき聖者を、蔑ろにした国として。

 アレキウスはイライラと拳を握っては広げ、握っては広げる。そして目についた俺をもそしり出した。


「お前は身軽でいいな。辺境伯家なら多少血に耐性のある人間なら誰でも良いだろう?だが、私は違う。ロローツィアほどに全てを兼ね備え、清らかで、少し図太くて、あらゆる者を味方にしてしまい、かつ、私も結婚したいと思えるような人はいない!譲ってくれても良いじゃないか!」

「……喧嘩を売っているのか、アレキウス。“譲る”など……そのロローツィアからは振られたのだろう?男なら潔く諦めろ」

「ああ、諦めようとしているさ!完璧に決めたプロポーズに怯えられて、どれだけショックだったことか!……お前に見せる笑顔とは、程遠かった。だからこうなって、少し安堵しているのかもしれない。なんせ、誰のものにもならないんだ」


 アレキウスの瞳には、昏い光が宿っていた。むしゃくしゃしているのか、本人も混乱しているらしい。
 そういう時は、急務に目を向けさせるべきだ。俺はふぅ、と苛立ちをため息に乗せて吐き出して、奴の意識を誘導する。


「とりあえず罪人の処置は、どうする」

「ああ……そうだった。元婚約者をまさか、裁くことになるとはな。とりあえずは満場一致で“魔力搾取”が決まった」


 なんでもないかのように、さらりと言うアレキウス。こういう情のないところは、王となるのに相応しいと思わせる。その処置には、俺も納得だった。

 魔力搾取とは、体内の魔力を全て搾り取り、永遠に魔術を使えなくするもの。苦痛だけではない。貴族にとっては、尊き血を抜かれるに等しい。平民でさえ、魔力がゼロの者はいないのだから。

 エカテリーナ嬢は、その後もまた刑が待っている。


「身分的にはもう平民。平民が貴族に、それも聖者に手を出したのだから処刑は決まっている。だが、すぐに死なれては溜飲を下げられない。そうだろう?」

「ああ。ロローツィアに与えた痛みや苦しみ全てを味合わせなくては」

「そうだろう。ロローツィアが帰ってくるまでーーーー拷問を続ける。ありとあらゆる種類で」


 ロローツィアが"帰ってくる"目処めども保証もない。つまりその刑は無期限を想定している。……俺は、帰ってくると信じているが。

 あの女は、自分が王妃になれないという苛立ちをロローツィアにぶつけた。ロローツィアに何ら落ち度はないのに、八つ当たりで。いや、ロローツィアを敵視していたのはその前からだったか。それだって、かなり一方的なものだった。


 侯爵令嬢ではなくなっても、人格者の叔父に任せておけば、それなりの嫁ぎ先を見つけてもらえただろうに。








***




 まずは、魔力搾取刑の執行される日。罪人の待つ牢屋へと向かうと、エカテリーナは両手両足を拘束された姿でわめいていた。気が触れているかもしれないと思ったが、違った。俺たちの姿を見て、一気にしおらしく振る舞い出す。


「あっ、アレキウスさまぁ!わたくし、無罪ですの!こんなの、間違ってますっ!お願い、出して……っ!グレイリヒト様!ジキル様!ショーンさまぁっ!」


 体を捩り、左右に胸を揺らしていた。それに目が釘付けなのは、ここではショーンしかいない。俺も、アレキウスも、ジキルも、冷めた目で見るだけ。……ショーンはそれに気付いて、目を瞑るという選択肢を選んだ。


「どうやって、仲間を増やしたんだ」

「仲間だなんてっ!あの人たちに脅されたんですうっ!聖者と知り合いになりたいって、言っててぇ」

「……はぁ。それで?」

「わたくしは彼らにお友達を紹介するだけだったんです!そんな、あんなことになるなんてぇ、知らなくって!」


 調査報告は既に出ていた。エカテリーナは薬術を使い、かつて使っていたものと同じ、自分だけを対象とした媚薬を作った。それで元実家であるバニラ侯爵家の監視人を誘惑し、時には体を使ってまで共犯者を作った。

 彼女の叔父は、エカテリーナを別邸に押し込み監視人をつけたことで満足しており、その監視人も籠絡されていることに気付かなかった。それをいいことに抜け出す機会も多かったらしい。監督不行届きのため、侯爵家は資産の一分献上と国からの干渉を受けることとなったが。

 しかしエカテリーナは何一つ、本当のことを話さない。そればかりか、まだ助かると思っているのか、こちらを見上げてぱちぱちとまたたきを繰り返す仕草に、反省の色はひとつも見受けられなかった。


「わたくしのこと、忘れちゃったの……っ?たくさん、あんなにキスもしたのに……っ?」

「家族を誘拐し脅しておいて、……ロローツィアの前でああも笑っておいて、そんなことを抜かすとは。もう二度と釈放はされないし、お前に相応しい場所に送ってやる」

「えっ?やだぁ、怖ぁい!助けて、ショーンさまっ!」

「は?……なんでおれなんだよ」

「だってぇ、好きでしょう?ねっ、助けてくれたら、わたくし、ショーンさまのものになってあげ……」


 バアァァンッ!と鉄柵が揺れる。ショーンが馬鹿力で殴りつけたようだった。その拳は赤くなっていた。


「ふざけるなよ、お前……っ、見くびられたもんだ!クソ女が!」

「ショーン、落ち着け。……この女の言葉を、もう聞くこともない。はやく刑を執行してしまおう。執行官」

「ハッ」

「な、なによ……」


 ぞろぞろと執行官が複数牢屋へ入り、エカテリーナを押さえつけた。俺たちは女の叫び声を背中に、その場を後にしたのだった。



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