9 / 158
8 開封の儀(2)
しおりを挟む並んだ長椅子に腰掛けて、自分の順番を待つ。
手順を見れば、前へ行き、神父と向かい合って両手を繋ぐ。それから神父はもにょもにょと何か唱えて、ふわっと髪が揺れる。それだけ。
拍子抜けするほどあっさりしている。
そして開封の儀を終えたら、そのままなにも起こらず肩を落として帰る子が多い。時々、ぶわっと風が吹いたりチカッと光ることがあって、そう言う子は小部屋に呼ばれて入っていく。おそらくそこで精霊の加護について説明をされているのだろう。
小部屋から出てくる子は、皆満面の笑みを浮かべていた。
平民が、魔法を使う機会は少ない。
水を出すなら、汲んだ方が早いし多い。
火を出すなら、火打ち石で事足りる。
風を出すなら、外で浴びたらいいし、
土を出すなら、地面を掘れば手に入る。
精霊のつかなかった子も魔力さえあれば、魔道具を使って魔法のような現象を起こすことは出来るらしい。ただ、その魔道具が家一軒買えるほど高いのが難点なのだけど、一人前の冒険者なら一つや二つ、持っている。
それでもやはり魔法を使える可能性があるということは、魔法士になれる可能性があるということ。喜ぶのも当然だった。
先程リリーと呼ばれた子も、開封の儀を終えるとふらりと倒れそうになっていた。それは、魔力の多い証拠で、付き添いのシスターが感動したように『まぁ……!』なんて叫んでいた。
彼女が体勢を持ち直した時、遠目にも分かるほどピカッ!と光って、神官に連れられて小部屋に入っていった。
どうでもいいけれど、あの子、すごいピンクの髪なんだ。大きな瞳は空色で、コントラストが派手。ピンクと空色。凄いなぁ。日本ではアニメやそのコスプレでしか見たことのない色。
僕の周りでそんな派手なの……ランスさんくらいかな。金髪と紺色の瞳。でもピンクと空色には負けるだろう。
僕?僕の髪は灰色だし、目の色なんか、分からない。糸目だから。
そんなことを思いながら、僕は前へと向かった。もう少しで神父さんのところに着きそうな時、小部屋からピンクの子がうきうきと出てきて、シスターに飛びつくのが見えた。
「やったわ!わたし、貴族様に見初められちゃうかも!」
「リリー!本当にすごいわ!すごいわぁ!」
待っていたシスターと、踊り出しそうな勢いで手を取り合って喜んでいる。
お、っおう。良かったね。あまりに甲高い声に耳がキーンとなりそう。
彼女は僕をチラリと見て、顔を顰め、また視線を逸らし、颯爽と肩で風を切って教会を出て行った。
「……オホン。さぁ、次は君の番です。手を出して」
「は、はい」
嵐のような子を見送って、改めて神父と向き合う。ちょこんと手を繋ぐと、温かな神父の魔力が入ってこようとして、僕の身体に弾かれた。しまった、身体強化しっぱなしだった。
ピクリと体を揺らしてしまった。慌てて愛想笑いで誤魔化して、ぱちくりと目を瞬かせている神父に、もう一度、と促す。
……よし、もう弾かない。そろそろと入ってきた神父の魔力が、僕の魔畜臓に触れて、包み込んだ。
そこで彼は、もにょもにょとした呪文を唱えた。
聞かせないようにしたのか分からないが、その言語は聞いたことのあるようなないような言語だった。
しかし彼が唱えた途端、魔畜臓を閉めていた鍵が、確かに開いた。
そして解放されたのは、どろりとした濃密な、魔力。溢れ出したそれが蜂蜜なら、身体を満たしていたのは水か何かだと感じる程。
「……っくぁ……っは……」
猛烈な吐き気。ぐるぐる。
視界が回る。ぐるぐるぐる。
気持ち、悪い……!
上も下も分からなくなって、焦ったようなトア爺の顔を一瞬見て、ぷつりと意識が途絶えた。
気が付いたら、トア爺のベッドに横になっていた。加齢臭と薬品臭の混ざった匂いに顔を歪ませていると、くつくつと笑う声が降ってきた。
「……ようやく目覚めたかの。どれだけ溜め込んでいたんかのぉ。一週間も目を覚さないなんてなぁ」
「いっ……いっしゅうかん?」
声が出なくて、掠れた声で問いかける。トア爺はゆったりとした動きで、パン粥を作って与えてくれた。
ミルクなんてなかなか買えない代物なのに、甘いほっとする味に、ますます食欲を刺激されてぺろりと平らげた。
「お前さんの異名が有名で良かったかもしれん。泥ねずみが開封の儀で倒れたなど貴族が聞けば、どれだけ高い魔力を持つのかと問い合わせが殺到するところじゃ。全く、人騒がせじゃな」
「えっと……トア爺、ノリが軽いけど、それって結構危ない状況ですよね……?」
「まぁ、普通ならそうじゃが、周りが認めたくなかったのじゃろ。倒れたのは別の子ということになっておる。それに、ほい……お前さん、自分の顔を見てみなさい」
ぽん、と手渡された汚い小さな手鏡。それを覗き込むと、見たことのない美少年が映っていた。
「ひえ……」
恐る恐る、頬、額、瞼も触る。
つるつる。すべすべ。ふわふわ。
痒かったことなどなにも知りません、と言わんばかりの肌。
塞がって糸目になっていた目は、大きなアメジストの瞳が嵌まっており、長い睫毛がバサバサと覆う。
溶けて低かった鼻は、つんと尖って形の良い小鼻に。
引き攣れてガサガサしていた唇は、ぷるんとした果実のような唇に変貌していた。
その顔立ちは、前世の僕の面影があった。
……あれ?自分で治すと……思っていたけど……無意識に治していた?
「昨夜くらいじゃ。魔力が体に馴染むと共に、お前さんの顔はどんどん治って、そんな、花も月も恥じらうような美少年になったぞい。爺もそんな現象は初めて見た」
「そんな、ことって、あるの?あ……いや、そうか……」
はっと思い浮かんだのは、鞭打ちの跡。最近は、『治癒』を使わなくても短時間で治っていた。背中を確認すると、やっぱりつるつるに治っていた。
なるほど、治癒の力は、身体に満ちる魔力の強さに比例するのかもしれない。
改めて胸に手を当てて魔力を感じてみる。今までとは比べ物にならない程、魔力で満ち満ちている。代わりに、魔畜臓の存在は分からなくなった。全てが同じ濃度だから。もう、押し込める必要は無くなったみたい。
「今のお前さんを泥ねずみだと言う奴はおらんだろう。只、ナサニエルらが探しておるからの。早いうちに、この街を出て行った方が良いかもしれん」
「ナサニエルって誰……」
「お前さんのいた宿屋の店主じゃろうが。知らんのか?……はぁ、まったくあやつらは」
そう言って、トア爺はここ数日で起こった村の出来事を教えてくれた。
198
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
俺に王太子の側近なんて無理です!
クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。
そう、ここは剣と魔法の世界!
友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。
ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。
【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】
※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。
※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる