泥ねずみと呼ばれた少年は、いっそ要塞に住みたい

カシナシ

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102 間話 商会の従業員たち

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ーーーー ロキ商会の社員寮にて


「いやぁ、ロキ様最高」

「本当にそれ」


美味しすぎる食堂でおやつ休憩を取りながら、ククリとイアンは話し込んでいた。

住み込みの職場は数あれど、わざわざ別の建物を建ててまで住まわせる、社員寮という発想はまだ無い。

一人一室、綺麗な部屋が与えられ、大浴場も食堂もついている。共用部分は『ぷちギン様』がぴょこぴょこと『清掃』の魔法をかけてくれるため、常に清潔だし、社員も皆綺麗を保つよう丁寧に扱っている。


ククリは必死に冒険者をしていた過去が信じられないくらい、充実した時間を過ごしていた。きちんと仕事をこなせばその後は自由。

他領にいたククリがここで働けるのも、ロキに拾われたからに他ならない。その上、自分の才能を見出しある程度任せてくれている。すべてがロキのおかげ。ククリの全てを捧げたって構わないくらいに、ロキに感謝していた。

そんなククリは自主的に、夜は主に噂の拾えそうな酒場などへ繰り出し、たまに一晩遊んできたりといった生活をしていた。


「ククリ、少し太ったんじゃないかい?ヘイドンさんの飯、食べたいなら運動しないと」

そうイアンが言うと、ククリは自分の頬を引っ張った。


「やっぱりそう思う?ぼくも実は最近そんな気がしたんだ。だって美味しすぎるのが良くない!でも、イアンは……やっとちょうどよくなったんじゃない?」

「はは、ストレスで胃がやられてたから……うん、今は体重増えてきたところだ。筋肉も付けないとモテないな」

「今でもモテてるじゃない」

「ククリほどじゃないって」


ふふふ、はははと笑い合う二人の私生活は、実は褒められたものではない。そのことは、ギンだけが知っている。




ーーーー社員寮 食堂の調理室にて


「ロキ様はやわらかめの唐揚げがお好き、っと……」

「なぁヘイドン、これもっとねぇ?食べてたら消えたんだけど」


ヘイドンはメモを追加していた。その紙は細かい字でびっしりと、ロキの好みについて埋められていた。

耳の端に届いたオーランドの声に、無言でもう一皿押しやった。山盛りに積まれた、アツアツホカホカ、揚げたての唐揚げの大皿だ。オーランドは怯むことなく、嬉々として掻っ攫っていく。

それを横目で恨みがましく見てしまうヘイドン。
唐揚げは、デブを育てる肥料のような食べ物だ。ヘイドンとて大好物だが、味見味見を繰り返して、最近妻に『あなた……コロコロしてきたわね』と言われて我慢している。
八つ当たりでオーランドにこれでもかと食わせているのに、一向に太る気配は無い。羨ましい。


「あ、ヘイドンさん、お願いがあるのですが」

「なんだ!?」


そこへ現れたロキの姿に、ヘイドンはしゅっと駆けつける。新たな可能性か!?とテカテカしながら。

調理場の中でもっとも大きいテーブルまでやってきたロキは、どーんと魚を取り出した。まだ、ピクピクと動いているほどの新鮮な状態で。その身の丈はロキの身長よりもある。


「な……っ!?」

「これ、迷宮でたくさん取れたんです。その、このくらいの小ささに綺麗に切り分けて欲しいんです。骨も抜いて。生のまま、ショーユとワサビにつけて食べたら絶対美味しいので」

「生!?」

「はい。漁師さんとも少し話したんですけど、海沿いではよく食べられる調理方法だそうですし、新しいものではなくて申し訳ないのですが……」

「ちょっと修行してきてもいいか?」

「へ?」


ロキはぎょっとしてヘイドンを見た。そこには熱い闘志の燃える、ヘイドンの瞳があった。


「小さい魚を捌いたことはあるが、ここまで大きなものは無いんです。漁師に弟子入りさせてもらいます!!」

「そ、そんな……無理そうなら、漁師さん、スカウトしてきますよ……?」

「いいえ!それは!おれがここの料理長なんで!なにとぞ!なにとぞぉぉぉぉ!」


ヘイドンの熱量に負けたロキは、ヘイドンと共に海町へ転移した。
数ヶ月後、漁師に師事してもらったヘイドンを迎えに行くと、真っ黒に日焼けし少し引き締まったヘイドンがいた。


その顔は最高にテカテカしていた。





ーーーー社員寮敷地内 薬師の工房にて



「ふー、いたた……」

「師匠、腰ですか?揉みましょうか」


トア爺が背中を反らすのを見て、隣で見ていた一番弟子が心配した。30代の真面目な青年で、トア爺を敬愛している。


「いんや、こう言う時は、やはり……ぷちギン様!」


トア爺の声に応えたのは、薬師工房を徘徊しているぷちギンだった。ぷよぷよと寄ってきてトア爺の背中ーーーー腰のあたりにペシッと張り付くと、スライムらしいもにょもにょとした動きで揉んでくれる。その上、ひんやり冷感。


「これじゃ……これじゃあ……」

「商品化したいですね……ロキ様なら、魔道具で作ってくれませんかね……」

「ああ……ロキは魔道具の商売には手を出さんからのう……くうっ……」


揉まれてうっとりとしているトア爺が、息も絶え絶えに呻いた。予測できないぷちギンの動きに翻弄されている。


「なんで魔道具は売らないんでしょうかね?絶対売れると思いますが」

「ああ……それはの……うぉっ!そこじゃ!そこじゃあ~~!」


会話にならないトア爺に、弟子はため息をついていた。師匠が元気ならそれでいい。


後日、この話を聞いたロキがトア爺のために、全身マッサージチェアーーーー頭からつま先までーーーーを作り上げたのだが、瞬く間にトア爺が溶けてしまって業務にならないことに気付き、一日30分まで、業務時間外に使用する事と制限をつけられた。

それは社員寮の休憩室に設置され、ご年配社員を多いに喜ばせることとなった。
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