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しおりを挟む紛れ込ませるため他の書類も併せて、夜遅くにお父様の執務室へと向かった。
もう寝ているかと思いきや、扉の隙間からは明かりが漏れている。どうやら一杯やっているらしい。
「失礼、します。お父様、サインを」
「……こんな夜遅くに。まぁったく……」
「すみません。急ぎで頂きたくて」
「わぁかった、わぁかった。こちらへ寄越しなさい」
明らかに酔っ払っているお父様は、さらさらと流れるように署名をしていく。
固唾を飲んで見守っていた。僕との親子の縁を切る署名。少しくらい躊躇うんじゃないか。もし気付いたら、『冗談でした』で誤魔化せるだろうか。
……なんて悶々と考えている間に、お父様は署名を済ませていた。
笑えるくらい、僕とお父様の縁はあっさりと切れた。
「お前の優秀さは褒めるに値するが、深夜になるまで放っておくな。私が起きていたから良かったものの、毎回そうとは限らない。次からは気をつけるように」
その“次“は、永遠に来ない。
「はい」
さようなら、お父様。
執務室を出る僕は、嗚咽を堪えていた。
「………………貰えた?」
「…………………………………………うん」
「良かったね!良かった良かった!じゃあサイモン、よろ……」
「ちょっ……、ちょっと待って。えと、……サイモンさん。預かっていてもらえませんか?まだ僕、吹っ切れてなくて……」
「ええー!?」
迎えに来てくれたセオドアは、馬車の中で大声を上げた。一方のサイモンさんは、うんうんと頷いてくれている。
「もちろんでございます。大事に預からせて頂きます。………………坊ちゃん、昨日今日のことで、人はすぐに気持ちを変えられません」
「ぼくは変わる!」
「それは貴方だけでしょう……もう少し寄り添って差し上げて下さい」
「サイモンさん……ありがとうございます」
頭では分かっている。一刻も早く縁を切った方が良い。
エリュカの出産は待ってはくれないし、早ければ早いほど、カイロス様はエリュカに乗り換えやすいだろう。
特に、子供の時期なんかを考えると。
でも、生まれてからずっと、僕はお父様に愛して欲しくて、エリュカだけじゃなくて僕も見て欲しくて、納得出来ないことも全部飲み込んできた。
あの悪夢の中での十数年も、ずっと。
だから、少しだけ。心の整理をつける時間が欲しい。
書類を出すまでは出来るだけいつも通りでいた方が良い。ルドルクス様の助言の通り、お昼はカイロス様とエリュカの三人でとった。
「はい、あーーんっ」
「くだらない。食べにくい。寄越せ」
「ええーっ、……もう。いーもんっ」
食べさせたがるエリュカに、拒否するカイロス様。それなのに、どうしてかイチャイチャしているように見えるのは、カイロス様が微笑んでいるからだろう。
『あいつはああ見えてプライドが高い。少しエリュカより優遇しているように愛を囁けば簡単だ。俺の時間はエリュカに割きたいから……』
あの言葉が甦り、心の奥が、キリキリと凍っていく。
エリュカをぞんざいに扱っているのは、僕の前でだけ。カイロス様は、僕にも素っ気ない所があるから、そういうものだと思っていたけど……違うのだ。
長いこと一緒にいるのに。
僕は、カイロス様のことを分かったつもりだった。
でも、分かっていない。
全然、分からない。
「…………すみません。具合が良くなくて。エリュカ、後片付け、お願い出来る?」
僕は席を立った。どうしても、胸焼けのようなムカムカが治らない。一瞬二人は僕を見上げた。
「えー…………あ!カイロス様も一緒に片付けてくれるなら!」
「はあ?無理。頑張れよ。応援はしてやる」
「やだやだぁ、一緒にしよーよー、ね?」
「………………どうだかな」
和気藹々と交わされる会話を背中に、立ち去った。
やっぱり、僕は不要だ。カイロス様の中に、これっぽっちも、僕の場所なんか無かった。
彼を第一に支えるのは僕であり、彼にとって必要不可欠な存在になるため。身を粉にして尽くしてきた。
少しは、気に留めておいてくれていると自負していたけれど……恥ずかしい。カイロス様にとって、僕など虫のようなものなのだろう。
飛び回るほど邪魔では無い、便利な、虫。
側にいれるだけでいいと思っていたのに……そのことに気付くと、どうしてこんなに、空虚な気持ちになるのか。
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