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しおりを挟むその日の放課後。
帰ろうとした僕は、思わぬ声に足を止めた。
「ファルシュカ。具合は良くなったか」
珍しく、エリュカがいない。まるで数年ぶりのようだ。カイロス様と二人で話せるのは。
「カイロス様……」
「こっちに来い」
手を引かれるまま、人気の少ない図書塔の隅まで来た。セオドアを馬車のところで待たせているから早く行かなくちゃと思いながらも、カイロス様の手を振り払えない。
「顔色、良くなったな。良かった」
「カイロス様……?」
「不安にさせたなら、謝る。すまない。でも、俺はちゃんとファルシュカと結婚するから」
「……」
顔を上げさせられる。思ったより近いカイロス様のお顔に驚いていると、ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。
「甘い……」
「え……っ?ん、」
再び覆い被さられる。
僕の唇を啄むように、軽いキスを浴びせてくる。驚いた僕が咄嗟に俯くと、カイロス様は、はぁ、と熱いため息を漏らして止めてくれた。
これまでにない。カイロス様が、僕にこんなことをするなんて。
「……お前には性急すぎたか。悪い。だが、これで安心しただろう。次は、もう少し心の準備をしておいてくれ」
「カイロス様……」
「じゃあ」
去り際、手のひらに握らされたのは、飴玉。それも、可愛いピンクの飴だ。
カイロス様の背中が見えなくなると、視界が歪んだ。
唇をなぞった。まだ、押し付けられた感触が残っている。
最初で、最後のキスだった。何が何やらわからないうちに始まって終わったけれど、大好きな人との初めての口付けだった。
「うっ……」
涙が堪えきれない。どうして今更。
僕が初めて自分から席を立ったからかな。
繋ぎ止めようとしたのかな、カイロス様。
やっぱり、抗えない。好きで好きで堪らなくて、離れようと決意を固めたはずなのに。
どうしてこの気持ちは、ままならない。
「……カイロス、さま」
もうすぐ、婚約者じゃなくなってしまうんです、僕たち。
それを知ったら、惜しいと思って下さいますか。
「ううううう………………っ」
「もう。せっかく目が覚めたと思ったのに、また曇っちゃったじゃん……」
馬車で号泣する僕に、セオドアは呆れながらも背中をぽんぽんしてくれた。優しい。
カイロス様は残酷な人だ。僕のことをちっとも好きじゃないくせに、諦めさせてくれない。
いつか好きになってくれるんじゃないかと、ずっとずっと期待させて。
そんな日は来ないのだ。一生分経験したから、分かっている。
僕は僕の幸せのために、あの家から、カイロス様から離れたい。そう心から思っているのに。
”あの人の隣は僕だ“
”愛されなくてもいい。その座は譲りたくない“
浅ましくも叫んでいる。僕自身の希望とは関係なしに。
「僕だって、僕だって分かってる!カイロス様と一緒にいても、幸せにはなれない、どころか、辛くて悲しくてしんどくて、孤独で寂しくなるって……」
「……やけに知ったようなことを言うね?その通りだと思うけど」
「分かるんだ!僕は……このままじゃダメなんだ。僕の不幸の上で、カイロス様やエリュカ、お父様が幸福でいるのを、もう見たくない……」
「……うん?」
「早く離れなくちゃ、僕はエリュカとカイロス様の子を三人も見なくちゃいけなくなるんだ……」
「????」
馬鹿なことをと笑われるかもしれない。
けれど、僕は僕の見た悪夢をセオドアに話した。夢の話だ、という前置きをするときょとんとしていたセオドアは、話が進むにつれて段々と顔が険しくなっていく。
「……それ、本当に悪夢……で、片付けていいのかな。そんなに記憶に残る夢って、なくない?」
「そういえば、そうかもしれない。痛かったことも、苦しかったことも、まるで体験したみたいに妙に全部覚えてる。何故か……」
「にいさん、そういうの得意。聞いてみよ」
ルドルクス様は若くとも辺境伯家の当主でもあるが、魔術師でもある。
魔術を巧みに操り、領地のダンジョンも適切に管理し、他領の助成も積極的に行い、今一番陞爵の近い有望な青年として有名。数多の婚約申込が舞い込んでいるくらい。
……こんな、訳のわからないお話に付き合っていただけるほど、お暇があるとは思えない。
「お忙しいんじゃ?」
「ううん。にいさんは仕事が早すぎて暇人だから」
「そんなわけ……」
ある……のか?シゴデキ過ぎるとそんなこともあるのかもしれない。
セオドアが珍しく話を盛っていないのだと分かったのは、そのすぐ後のこと。
※第二話、セオドアの容姿追記しました~
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