【完結】あなたが幸せなら、僕も幸せ……?

カシナシ

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「もう、なんで……ボクの課題、隠したの……っ?おかげでボク、提出できなかった……!ひどいよ、お兄さま!」


 そう泣き喚くのは、エリュカだった。

 我が弟ながら演技には堂が入っており、まるで悪役に嫌がらせを受けている悲劇のヒロインのよう。

 登校したばかりの僕を追いかけて、エリュカは教室にまで入り込んでいた。衆目をわざと集めるかのように言いがかりをつけられている。

 僕とそっくりな顔でさめざめと泣くと、“可哀想に”と慰めたくなる令息が発生するみたい。エリュカは肩を抱かれて、その令息へ甘えるように擦り寄っている。

 カイロス殿下がいるのに。眉を顰めたのは、婚約者ーーーーそれも僕から奪ったーーーーがいる身での振る舞いが、適切でないように思えたから。


「ボクがカイロス様の婚約者になったからって……嫉妬は良くないよ!」

「ブルーム侯爵令息。それは筋が通りません」


 僕は毅然としてそう言い放った。

 薄情かもしれないけれど、家を出た手前、呼び方はきちんと区別しなければならない。


「僕は自ら家を出ましたし、貴方に嫉妬する部分が見当たりません。僕は自分に満足していますから」


 カイロス殿下にも、家族にも愛されなかったけれど。

 僕は、出来ることはやってきた。

 後悔はない。エリュカのように愛されたくとも、エリュカのようにとは、思ったことない。


「嘘だよ……お兄さま。強がらなくていいから。ボクの課題、返して?」

「ああそういえば。先日、誰かの課題を拾い、教師に預けました。そのことですか?」

「はっ!?…………ありえな…………、ゴホ、もうっ!ひどいんだから!」


 わあああん、と泣いて走っていくエリュカ。ちょっと白々し過ぎたかな?でも、もう僕に白紙の課題を預けても何にもならないことが分かったと思う。

 逃げ去る姿はまさに五歳児であり、ルドルクス様を思い出してほっこりする。

 毎日会っているのに、学園にいる間は寂しいな。








 そんな折に、放課後、教師に呼び出された。

 てっきり問題ばかり起こすエリュカに関する何かかと思いきや、…………応接室には学園長と、お客様がいらっしゃったのだ。


 疑問符を浮かべる僕を見た学園長は、『じゃあ、私はこれで』と言ってそそくさと部屋を出ていく。待って!?


「やあ、ほとんど初めましてだね、ファルシュカ」

「…………だ、第二王子殿下におきましては、拝謁賜り誠に光栄でござ……」

「いい、いい。ほら、座って?どーぞ」

「し、失礼いたします」


 どうしてこんなところに、第二王子殿下がいらっしゃるの?

 応接室には護衛騎士以外、誰もいない。

 あたかもご自分の茶室のようにゆっくりと寛ぐのは、このクリューゲル王国の二番目の王子様。

 アウグスト第二王子殿下は、カイロス殿下の、三つ年上のお兄様だ。

 カイロス殿下と結婚すれば義兄となる関係だったが、僕の家への婿入りの予定だったのであまり関わりは無かった。ご結婚して三年は経たれていると思うが、まだお子はいらっしゃらなかった……かな。


 対面の席に座ると、なぜかアウグスト殿下は僕のソファの横へ移動してきた。な……なんで?


 耳下で切り揃えている金髪がさらりと揺れ、王族特有の美しい碧眼が僕を覗く。カイロス殿下よりも僅かに明るいラピスラズリだ。

 僕の手をそうっと取って、両手で挟まれる。手の甲の感触を確かめるかのように、すりすり、撫でられていた。


「……うん、やっぱり、とっても素敵になった。ファルシュカくん。女神も泣き出すほどに綺麗だね。お肌もぷるっぷるで……とても調子が良さそうだ。カイロスから逃げたって聞いた時は驚いたけれど、なにか一皮剥けたような感じがする」


 ぎょっとして目を剥く。逃げた、と。僕は認識されているのか。

 けれどそれにしては、距離が近い。責められるというよりは、柔和な雰囲気。それがちぐはぐで、落ち着かない。


「いい、いい。そりゃあ、愛人を結婚前に妊娠させた男なんて逃げるに値する。カイロスは君に首っ丈だと思っていたのだけど、実のところ、君たちの容貌が好きなだけだったみたい。ごめんね?弟が、傷つけて」

「い、いえ……そんな、滅相もありません……」


 僕こそ、王族との婚姻が待っていたにも関わらず籍を抜いている。ルドルクス様のとりなしが無ければ、どうなっていたことか。

 けれどここで、“僕の方こそ申し訳ありません”と謝罪しては、いけない。そう、本能がひそひそと忠告している。


 アウグスト殿下の手は、僕の肩をするりと撫でた。びくりと震えて距離を取れば、腰を捕まえられる。

 密着する体からは、アルファのフェロモンが微かに香った。


「そう、怖がらないで。いい話を持ってきたんだ。私が公爵家に降りているのは、知っているね?」

「はい。もちろんです。ご活躍は予々かねがね聞き及んでおります」


 彼は、カイロス殿下とは御母堂が違う。第一・第二王子殿下は第一王妃様のお子であり、後ろ盾も強い。

 また、アウグスト殿下は外交官としても手腕を発揮していて、多言語を操る秀才。いくつもこの国に有利な条約を結んできた功績もあって、ご本人が公爵位を得ている。


 だから少し……僕は、カイロス殿下に同情の気持ちがあった。


 上お二人とは、明らかに、待遇に格差がある。


 第二王妃様はなんというか……カイロス殿下にあまり興味のない、令嬢らしい女性である。可愛らしくて、笑顔がふわふわとしていらして。

 しかし、元々男爵令嬢だったこともあって、後ろ盾にはなり得なかった。

 王子にも十分に恵まれていたのに、陛下は第二王妃様を娶られた。教養も気品も必要もない、第二王妃を。密かに囁かれているのをきいたことがある。――――愛玩用王妃。




 ついカイロス殿下について考えてしまっていた僕は、アウグスト殿下にうなじをスンスン嗅がれていることに気付けなかった。




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