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距離感のおかしなアウグスト殿下に、僕は引き気味だ。
初対面から馴れ馴れしい人は、苦手だ。それが自分よりずっと高貴な人とすれば、回避するのも難しい。
それに、アウグスト殿下は優秀な外交官であらせられる。人の思うより少し近めで話す方が、打ち解けやすいとか……そういう意図があるのかもしれない。
その戸惑いのせいで、殿下との距離がゼロになってしまっていた。
「うん……とってもいい……心の霧が晴れやかになるような、清涼な心地になる。はぁ……離れがたいな」
「っ!?あ、あの、殿下……!これでは、誤解を招いてしまいますから……」
「うん?全然いいけど?君なら。あのね、私の再婚相手にならないかな?ファルシュカくん」
さいこんあいて?
思わずポカンと口を開けてしまうと、アウグスト殿下に唇の先をチョンと突かれた。
すぐに閉じる。開けて、また閉じた。
衝撃が大きすぎて、言葉が見つからない。
「ああ、まだ離縁はしていない。先日婚姻から三年経ったんだけれど、ついぞバルモアは子を孕まなかった。だから離縁出来るんだよ。そう考えていた時に、君だ」
「……?」
「カイロスの相手なら仕方ないと思っていたけれど、もう違う。侯爵令息ではなくなったけれど、君の価値はそれだけじゃない。知っている?君は特別なオメガだ。教育も真面目にこなして自分のものとしている。教師陣からの信頼も厚い。生徒たちも君の処遇に同情的で……つまり、味方が多い。それは才能だよ」
「それは……違います。皆様、同情なされているだけで」
「同情でもなんでも、結果が全てだ。その上に、この美貌。控えめで、カイロスに散々尽くしていたことは、皆知るところ。次の相手に選んで欲しいと願う男は、山ほどいる」
そうだろうか?
僕はカイロス様と別れたばかり。誰かに求められたとして、応えられるのだろうか…………いや、無理だ。
居心地悪く身じろぎをしても、アウグスト殿下はがっちりと腰を抑えて離してくれなかった。
「君ほどの子を、王家が逃すわけにはいかない。高位貴族にも渡したくないよ。だから、私はどうかな。バルモアとは離縁するから。大事にするよ?」
ふわっ。
頬に手を添えられた。と同時に、アウグスト殿下から香ったアルファのフェロモンは、甘い甘い果実のよう。
酒精を浴びたかのように、くらりと、視界が歪む。
「……!な、んんっ」
その一瞬のうちに、口付けられていた。唾液を絡めとるように、咥内を弄ばれている。
ぐちゅぐちゅと。
生温かいナマモノが、這い回っている……!
「う~っ!」
ドクン。
体の奥が鼓動を打つ。殿下の手は、腰のあたりから太ももをさわさわと撫で広げていた。腕は囚われてしまって、身動きもできない。
「ぷはっ、な、何をなさるのですか!?」
やっと唇が離れていって、息が吸えた。
どこもかしこも震え、もはや涙目になってしまっている。僕の意思を無視して、口付けするなんて!
「ん?相性の確認さ。私にとっては二人目だから、処女でなくてもいいし。君の口付けは甘美な味だね。ぜひとも、私の子を産んで欲しいな!」
再び覆い被さられようとした時。
フシュッと空気の抜けるような独特な音が聞こえた。と同時に、抑えられていた体が軽くなる。
「……?」
見上げると。
アウグスト殿下は猫のように首根っこを掴まれていた。……ルドルクス様に!
「アウグスト殿下。感心しませんね、ファルシュカに手を出すとは。後見人は私だとご存知のはず」
とても冷たい声。決して、セオドアや僕には向けられないものだ。
「あははっ、そうだね。知ってる」
「わざわざ、学園の……私の不在のタイミングを狙って、何をなさっておられる?」
「もちろん、その方が手っ取り早いからね」
「ファルシュカを手籠にするのに、という意味でしょうか?」
「……さぁ。だってすごく好みの上に、良い香りで…………味見したいなって。突発的に」
アウグスト殿下はにへらと笑った。その笑顔はどことなく人好きのするものだが……やはり王族。
腹の中で、何を考えているのかは計り知れない。
殿下を持ち上げていたルドルクス様からは、とんでもない冷気が漂っていた。
殺気だろうか。肌がピリピリと刺されるような恐ろしい雰囲気のルドルクス様を、初めて見た。
それなのに、不思議と……怖くはない。
「ファルシュカ。俺の後ろに」
「……はい」
たたたっ、とルドルクス様の背中の影へと入ると、殿下の姿は見えなくなった。
ほっとする。それに、ルドルクス様の落ち着いた匂いもして。
「リンドバーグから抗議する。ファルシュカを害そうとするなど……」
「そうかな?だって彼、気持ち良さそうだったよ?フェロモンは少ししか出してないのに……相性がすごくいいかもしれないよ。かーわいいー」
抗えなかったのは、殿下の御身に傷を付けてはいけないという強い自制心と、殿下のフェロモンで無理やり感度を上げられていたからだ!
心を鎮めて、ふぅ、ふぅ、と呼吸をしているうちに、フェロモンで僅かに高められた身体が、すぐに平静を取り戻していく。
……本当に、僕、治りが早くて良かった。
「ファルシュカ!」
そこに、もう一人駆け込んできた人がいた。
きらきらの金髪を見て、あっと声を上げかける。カイロス殿下だ!
アウグスト殿下を摘み上げるルドルクス様を見たあと、なにかを察したのか、殿下をキツく睨んでいる。
「…………アウグスト兄上、これは何の冗談ですか」
「あれ、カイロスまで来ちゃったか。ふう……仕方ない。今日は出直すとするよ」
「ファルシュカ?何かされなかったか」
カイロス殿下の優しい声がする。沼に引き摺り込まれるような、甘い声だ。
僕は危機を感じ、ルドルクス様のローブを引っ張り、顔を隠す。
「……だ、大丈夫です…………?るど、ルクス様が、来て下さったので」
「ルドルクス……リンドバーグ卿……か…………」
「第三王子殿下。第二王子殿下を送ってくださると助かるが、可能だろうか」
「……ああ」
頭上で二人の含みのある視線がやり取りされたが、僕は気付かなかった。
だって、……握っていたローブから、とてもいい匂いがするものだから。
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