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しんと静かな応接室には、外を飛び遊ぶ小鳥たちの歌声がわずかに聞こえる。
部屋の中心に『傍受防止』の魔道具を設置したレオンハルト殿下は、難しい顔で話をしてくれた。
現在、僕の元実家であるブルーム侯爵家は、坂道を転がり落ちる勢いで資産を食い潰しているらしい。
お父様は代官を雇い始めたのだが、その代官の質もあまり良くない上、税率を毎月のように上げているため、逃げ出す領民が近隣の領地で頻繁に保護されている、と。
「ブルーム侯爵家の没落は目の前だ。このままでは領民が、怒りに領主を襲いかねない」
「その前にどうにかできないのか?」
「想定よりも資産の目減りが早すぎるんだ。もう少しは持つと思うが、領地を取り上げるのにも準備が要る。まずは勧告、忠告、査定して……いきなりは出来ないんだ」
ちらり、とレオンハルト殿下が僕を見た。
その意味ありげな視線を受けて、意味がわかってしまう。
殿下は、僕に、ブルーム侯爵家に戻って欲しいのだ。
僕が戻って侯爵家を建て直せば、殿下は領地を王領にしたり、ややこしい手続きをしなくて済む。
「……もし、君にブルーム侯爵家に戻る意思があるなら、ブルーム侯爵から君へ、爵位を受け渡すように命令を下そう。現状の悪化具合を見れば、それは十分な理由となる。そして君には、受け取るのに値する優秀さがある」
「……」
「君が侯爵となった場合、その……カイロスは好きにしていい。君の伴侶にするなり、元弟との婚約を継続させるなり。希望のままに」
レオンハルト殿下の口からは澱みなく、僕の良いように考えてくださったであろう策が流れ出ている。
でも、申し訳ないけれど、僕にはその気が、全くない。スン、と冷えた笑顔を浮かべた。
「色々と配慮頂き、申し訳ありません。ですが、僕は、ブルーム侯爵家には戻りません」
「……そ、そう、か……」
「あの家から出た時に、もう二度と戻らないと決めて出たのです。ファルシュカ・ブルームは死んだものと考えてください」
揺らぎのない目でもってレオンハルト殿下をじっと見つめれば、殿下は諦めてくれたようだ。
はぁ、とため息を吐き、『分かった』と小さく頷いた。
「それならば、君の中で、カイロスのことはもう決着が付いているようだな。では、ルドルと無事結婚出来るよう、手を尽くす。まずは、ベアトリスのことだが……」
どうやらレオンハルト殿下は、ルドルクス様との婚姻を、支持してくださるようだ。嬉しい。
そう思ってちらりとルドルクス様を見たけれど、難しい顔をしていて、僕の視線には気付いていないようだ。
「……今、アイツの嫁入り先を探しているが、どこに出しても恥ずかしいものだから難航している。遠く離れた国の、国政に関わらない、それでいて王族の一人として適した場所があればな……」
「教養も気品もないのだから、蛮族……ゴルドメニクの長へ献上するのはどうだ。知り合いがいるぞ」
「おお!流石はルドル。後で詳しく聞かせてくれ。蛮族で思い出した。ブルーム侯爵家が没落するのは時間の問題だろう?そこで宙に浮いたカイロスは、学園を卒業出来れば、西の開拓地の領主を任せるのはどうだろう」
「西の開拓地……かなり、厳しい所だな」
ルドルクス様の言う通り、クリューゲル王国の内地ではあるものの、自然が豊か過ぎて開拓が進んでいない地域だ。
開拓にはお金がかかるし、人手も必要なのに、学園を卒業したばかりのカイロス様が出来るのだろうか?
「カイロスは未婚のエリュカ氏を妊娠させ、ファルシュカ殿を蔑ろにした。そしてブルーム侯爵家が没落したらば路頭に迷うだろう。結果、エリュカ氏の夫としても、子供も、責任を取らないことが明白だ」
……確かに。路頭に迷って困るのは一番にエリュカと子供で、カイロス殿下は逞しく生きていけそうではある。
「その罰の一環として、開拓地の領地を任せることにする。なに、あそこには未発見のダンジョンが多くあるという噂だから、嬉々として行くだろう。領主としては頼りなくとも、武力は無駄に高い」
「なるほど……」
思わず声が溢れ出た。潜るべきダンジョンがすぐ近くにあるのなら、カイロス様は領地を長く空ける必要もない。
ただ、エリュカは子供を抱えての開拓地となる。お父様も爵位を失った後、カイロス様に付いていくだろう。行き場が無いよりはマシだから。
三人共それぞれ厳しい生活にはなると思うが、僕には適材適所のように感じられた。レオンハルト殿下の采配は、無駄がない。
「アウグストはあれで外国にはウケがいい。今は寝込んでいるが、回復次第北の隣国へ赴任させる。ファルシュカ殿の身辺を調べようとしていたが、それも出来ない程に忙しくさせておいた」
「北のレッケンブルグか?極寒の地の。冬の半年は外に出れない所だ」
「そう。頭を冷やせってことだ。出来れば外国で、彼ら夫婦の絆が深まれば丁度良いのだが」
レオンハルト殿下はほとんど表情を動かさないが、辛辣さを隠していない。身内であれど容赦のない処遇に、僕の中で好感度が上がる。
「まだ国内に居るうちは警戒しておく必要がある。ファルシュカ殿。ルドルをよろしく頼む。私は親友がようやく幸せになれそうで、嬉しい」
幸せに……出来るだろうか?
レオンハルト殿下とはほとんど初対面なのに、親友であるルドルクス様をお任せしていただけるほどに、信頼してくださっているとは。
恥ずかしさと嬉しさに、またルドルクスを見てしまう。でも、ルドルクス様の方はなんとも言えない微妙な表情をしたままだった。
「さて、それで……だが、ファルシュカ殿。ものは相談なのだが。ルドルとの間に子供を設けた場合、一人養子に取らせてくれないだろうか」
穏やかに、しかし明朗に言うレオンハルト殿下に……時が止まった。
「……レオン、それは」
「私は結婚を諦めた。しかし国に世継ぎは必要だ。エリュカ氏の子より、ファルシュカ殿とルドルの子の方が望ましいと考えている。ルドルにも継承権はあることだし……返事は急がない」
「こども……」
待って。まだ、婚約段階なのに?
子供って。あんまりに非現実的で想像が追いつかない。
「レオン。お前、結婚しないのか?」
「ああ。自分の中に流れる血にウンザリだ。父も兄弟もトラブルばかり起こして、こんなものは継承するべきではない。だから、この提案だ」
「……ファルシュカに、結婚を申し込むのかと……思った」
ポソリ。ルドルクス様がこぼした言葉に、ザクッと心が刺された。
ルドルクス様は……僕とレオンハルト様が結婚すればいいと、思っているのだろうか。
「ルドル。確かに私とファルシュカ殿には共通点がある。家族に恵まれていないことだ。しかし、だからこそ、ルドルの婚約者になった方がいいと思う。リンドバーグは、珍しく家族愛に溢れた家だから……ファルシュカ殿を幸せに出来るだろう」
「ああ、必ず。……だが、レオンは……」
「私はいいんだ、籍を抜けることは出来ない。それはこの国を放棄することと同義。いいさ、愛馬と共に生きるから」
そう寂しそうに笑うレオンハルト殿下に、きゅっと胸が詰まる。
このお方の心の隙間を埋められる、素敵な人と出会って頂きたいな……。
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