【完結】あなたが幸せなら、僕も幸せ……?

カシナシ

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(ファルシュカside)



 もやもやした時、まず初めにすることは、走り込みだ。


 父に素っ気なくされた時や、エリュカにプレゼントを譲った時。

 本当はもっと食べたいのに、エリュカよりたくさん食べてはダメな時。

 本当はもっとやりたいことがあるのに、勉強することを強要された時。


 チリチリとした痛みがお腹に集中するのだ。そういう時、自分で思っているより、はるかにストレスが溜まっている。

 だから今も、僕は動きやすい服に着替え、辺境伯邸の中にある鍛錬場をぐるぐる走らせてもらっていた。


「ねー、いつまで走ってるのー?ファルシュカ、ぼく、目ぇ回りそうだよ~」


 セオドアは僕を眺めながら、近くのベンチでだらりと寛いでいた。僕なんか見てても面白くはないと思うけど、見守られている安心感はある。


「……はぁ、はぁ、はぁ……まだ、まだ。まだだめ」

「え~そうなの~?ぼく、そろそろ帰ろうかなー?」

「うん、冷える前に戻っていいからね。僕はまだ行ってくる」

「うわぁ……」


 少し話しをして、また走り出す。まだだ。お腹の中のチリチリは、無くなっていない。



 走って、走って、体が風に溶け込み地面の上を滑るように走れるようになって。

 気持ち良い。

 疲れて頭がぼーっとして、ただただ身軽に森の中を駆けていく鹿になりきって。


「……ふう。ちょっと休憩……」


 ひんやりと冷えたお水がとても美味しい。ごくごくと飲み、また走る。少し休憩し、また走る。

 日が暮れて来た頃に、ルドルクス様がいらっしゃったのに気付いた。


「ファルシュカ、そろそろ戻ったらどうだ。セオドアはとっくに自室に帰っているぞ」

「あ……そういえば。わかりました」

「君は、とても体力があるんだな。まさかこんなに走り続けられるオメガがいるとは思わなかった」


 確かに、オメガは普通、男でも華奢な人が多い。

 セオドアもそうだし、エリュカは極端に細い。と比べれば、僕は異質とも言える。


「……必要に駆られて……走り込みをしていたんです。どうしても体力が足りなくて。やることが多すぎまして」

「ブルーム侯爵家にいた頃か……」


 汗だくの僕に、布巾を被せてくださる。受け取ってごしごしと拭いている間に、思い出してしまった。


 最初は蝶々を追いかけていた。でも、エリュカの部屋から見えてはいけないと言われ、裏庭へ移った。

 そちらでは野良の猫ちゃんがいた。猫ちゃんに触れたくて追いかけ回してた。そのうちにカイロス殿下に出会い、体力を作るようになって……。


「僕は健康ではありましたが、それだけでは全てをこなすことは出来ませんでした。だから、勉学には時間を割かなければいけませんでしたし、途中で寝落ちする余裕もなくて……」

「なんて過酷な……」

「でも、悪いことばかりではありませんでしたよ。体を思い切り動かすのは気持ちいいですし、スッキリします。あの頃僕はエリュカばかり可愛がられていて、よくもやもやしていたので……走ることで、前向きな気持ちになれたんです」

「……」


 家族とは決別した。もう、もやもやすることはあまり無い。
 たった一つ、ルドルクス様に関係すること以外は。


「ルド様。あの……ちょっと、お聞きしたいことが、あるのですが……」

「なんだ?」

「えと……」


 なかなか、言葉にならない。

 なんて言えばいいんだろう。

 『僕との婚約、嫌になりましたか』って?

 ルドルクス様は、僕とレオンハルト殿下が婚約すると嬉しいのだろうか。お勧めしていたように思う。

 それは、多分……僕を湯浴みしてくれた後のこと。

 かああっと顔が熱くなる。

 僕の体を見て、幻滅されてしまわれたのだろうか。聞くべきは、『僕の体、どう思いました?』それとも、『いかがでした?』なのかな。


 いや、だめ、なんか違う。遠回しに、『最近、誰かの体洗いました?』とか?それじゃ本当に、僕以外の誰かの体を洗っていたら判別出来ない!

 わたわたと思考を巡らせていると、そっと、ルドルクス様の手が手に触れた。

 えっ、と条件反射的に引こうとすると、ぎゅっと握り込まれる。


「もう暗くなってきた。屋敷に着くまで、このままで」

「はい……」


 ぎゃぁぁ……。死んでしまう。ルドルクス様に、手を握られている……っ!
 手のひらが熱くなり、汗が伝わってしまいそうなのに、離してくれそうにないほど力強く。


「俺も、聞きたいことがあったんだ。……最近、避けてないか?」

「えっ?」

「気のせいならいいのだが……」


 ちら、と見上げると、翡翠の瞳はまっすぐこちらを見ていて、思わずパッと逸らしてしまった。どうして、どうしてそんなに普通なの……!?

 こっちはバクバクする心臓をなんとか乗りこなすのに必死だ。だって、裸を見られたって思ったら恥ずかしさが止まらなくって。


「そ、その……気のせい、です。ええ。僕は、ルド様を避けたりなんか」

「本当に?」


 はた、と足を止めたルドルクス様は、汗だくの僕の腰を引く。あ、汗の匂いが!至近距離で!漂ってしまう!

 じりじりと後退すると、ルドルクス様も同じだけ距離を詰めてくる。


「……ほら、避けているじゃないか。俺は……なにか、したか?」


 しました!僕を丸洗いしてくださいました!

 なんて、言えない。ああ、どうしよう。いつもうまいこと回るはずの頭が、煮えてダメになってしまっている。


「こっ、これは、僕、まだ、湯を浴びてない、からで……」

「湯浴みを終えたら、いいのか?」

「ええと、そうしたらば、就寝しなければならない時間なので……」

「今日はまだ時間がある。湯浴み後、少し話そう」

「へっ?は、はい……」



 何故か、そんな約束をしてしまっていた。





 
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