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扉を開けようとした手が、震える。すっかりティターニャを信用しているようなルドルクス様の声に、身動きができなかった。
『ファルシュカ様は……よく嘘を吐かれるので……気をつけて下さい。ルド様のお世話はぼくがしていましたのに、きっと自分がしていたかのように言うと思います。それに、愛し合っているのも……ぼくではなく、自分だと』
『そんな……嘘を、つく人間がいるのか?本当に?』
『はい、残念ながら……ルド様の記憶が無いことをいいことに、そう仰ると思います。断言できます!』
もう、我慢ならない。
これ以上、聞いてはいられない!
「失礼します!」
無礼を承知で部屋へ押し入る。
その中には、寝台で身体を起こすルドルクス様と、その脇の椅子で、しおらしく泣いているティターニャがいた。
ルドルクス様は呆然と僕を見ていた。まるで知らない人を見た時のように、凝視している。穴が空いてしまいそうなほどの強い視線を感じながらも、ティターニャへの怒りが収まらない。
こんな、何も知らないルドルクス様に、なんてことを吹き込むんだ……!
ティターニャと目が合う。彼は、泣きながら、ニヤッと笑っていた。
「あっ――――彼が、ファルシュカ様です!」
「君は――――くっ」
「ルド様!」
突然、頭を押さえて蹲るルドルクス様に駆け寄ろうとすれば、ティターニャが立ちはだかる。その上、まるで被害者のような悲痛な声で叫んだ。
「ああっ、やめて差し上げて下さいっ!ルド様をお嫌いだからと言って、無体な真似は――」
「……ルド様は、痛がっておられる。病人の真横で大声で叫ぶなんて、余計苦しませると分からないのですか?」
僕の口からは、とても静かで、冷たい声が出た。
さっきの会話を聞いては、下手なことは言えなかった。だから、せめて常識的な行動を示すしかない。
「起きておられるのなら、すぐにお医者様を呼び診察を受けていただかなくてはいけませんのに……何時ごろ、お目覚めに?」
「だって……っ!お医者様も、ファルシュカ様の言いなりじゃないですかっ!何をされるのか分かりませんからっ!ぼく、ルド様のためを思って――」
「おい、ピノ男爵令息」
そのドスの効いた声は、ルドルクス様の声だった。はた、と見やれば、これ以上なく剣呑な目つきでティターニャを睨んでいた。
あ……っ!いつものルドルクス様!
「思い出した……ファルシュカが何だって?嘘を吐いているのはお前ではないか!一時でも信じた俺が情けない………………ファルシュカ、すまない。許してくれるか……?」
「もちろんです……っ!」
抱きつこうとして、思いとどまった。
代わりに、そっと手を握る。背中に大怪我を負っているのだ、動かしてはいけない。
「え……なんで……?えっ?」
「ファルシュカの美貌を見た衝撃で、全て思い出した。サイモン!こいつを摘み出せ!」
ルドルクス様が轟くような大声でどこかに叫ぶと、しばらくして――――遠くから駆けつけたのだろう、かなり間があった――――汗を滝のように流したサイモンさんが駆け込んできた。
ルドルクス様のお声を聞いたと同時に動いたのか、お医者様を連れている。さすがシゴデキである。
そのまま流れるように、呆然としているティターニャを連れて行った。まるで風だ。
「お目覚めになられたのですね!診察をしても?」
「あ……ああ。頼む」
えと…………記憶が戻ってなによりだ。その、きっかけが良く分からなかったけど……。
僕の顔……?
*
お医者様が診察を終えた。
「やはり全治2ヶ月…………弱というところですね。結婚式には間に合いませんが、激しい運動をしなければ、参加は可能でしょう。記憶もきちんとされておられますし」
「激しい運動…………」
ルドルクス様は何故か絶望していらっしゃる。うん?
「あの……ルド様。僕、治癒を試してみても良いですか?」
「……君の負担はないのか?」
「はい。願いと共に、魔力の吸われる感覚だけですので」
「それなら……頼む」
僕の方に向けてくれた背中は、うわっ……真っ黒に変色している……。これは痛くて眠るのも辛そうだ。
『どうか綺麗に治りますように』
そう願いながら触れれば、僕から光の粒がこぼれ出し、ルドルクス様の打撲痕へ吸い込まれていく。ううっ、結構吸われる……。
はぁ、はぁ、と肩で息をするほど魔力を消費し、光の粒が出なくなると、ルドルクス様のお背中は、綺麗な肌色へ。他のかすり傷も何もかも、元の状態へと戻っていた。
良かった……!
「…………ああ、ファルシュカ。君の想いまで届くようだ。俺も愛している……」
「あっ、えっ!?あ……わわ、」
「君の美しさを忘れる訳がない。“こんな天使が屋敷にいたのか”と見惚れた瞬間、全てを思い出したんだ……」
すっかりお医者様の存在を忘れてしまったルドルクス様は、僕を抱きしめて離さない。
あの!上半身!裸でいらっしゃるので!過度な接触……!
「よろしゅうございましたね……旦那様。痛みは?」
「もうすっかり無くなった。今すぐにでも遠駆けへ行ける」
「流石でございます、ファルシュカ様。ハッ!魔力切れは大丈夫でしょうか?顔色が悪いような……魔力回復ポーションを渡しておきましょう」
「ありがとうございます……助かります。流石に少し、くらくらしますね」
淡々と観察をするお医者様は、僕たちのイチャイチャなど慣れてしまっているようだ。そのおかげで、僕の火照った頬もいくらか気が休まる。
渡された紫色の瓶をすぐに開けて、遠慮なく流し込んだ。魔力が枯渇すると、回復速度が遅くなったり、睡眠時間が長くなったりと生活に支障が出てしまうからね。とっても苦くて喉がイガイガするのは、ご愛嬌。
お医者様によれば、ルドルクス様は、ティターニャによって気付け薬を嗅がされ、半強制的に起こされた。その影響で記憶が混濁してしまっていた所に、嘘を吹き込まれた。
とても悪質で、許せない行為。
ルドルクス様の、僕へ向けられた失望の声は悪夢に見そうなほど悲しかった。…………きっと、バクくんが食べてくれているおかげで、実際には見ていないけれど。
「俺は今すぐにでも叩き出したいが?」
「はい。少し長めに、牢に勾留出来ませんか?防具職人の引き抜きが……」
「俺のためを考えてくれているのか?防具好きの……」
「……は、はい。どうしても、あの素晴らしい技術を取り込みたくて。随分と急いでもらって、あと契約書に署名を貰うだけなんです。それまでの、数日だけ」
「……分かった。ピノ男爵令息は牢に押し込んでおこう。絶対に出さないよう、厳命しなくてはな」
どうにも、ティターニャに絆される使用人が多いようだ。どうしてだろう?
あの料理人の責任のない、素朴なクッキーが好評らしい。確かに貴族ではない使用人たちが食べるのであれば、問題ない。彼らにとって、気を休める一助になっているみたいだから。
あまり頻繁でなければ……と、許可をしたのが、間違いだったようだ。
これまで屋敷内への立ち入りは禁止していたが、屋外の部分は歩き回れたティターニャ。もう今後は牢へ入れられた上で、常に二人はティターニャの見張りにつける。
防具職人との交渉は終わりが見えている。それまでの少しの間、大人しくしていてくれるはずだ。
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