【完結】あなたが幸せなら、僕も幸せ……?

カシナシ

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モデル(3)



 夜会当日がやってきた。

 僕はセオドアデザインの“天使”コンセプト――――白を基調としたドレス風スラックスに、それに合わせた化粧も施されていた。肌はうるうるのキラッキラ、爪先までちゅるんちゅるんである。

 髪は複雑に編み込まれた上、小さなダイヤとエメラルドを塗すようにいくつも簪が刺されて、耳にもシャラリと大ぶりのイヤリングを付けられて……動くたびにヒヤヒヤする。落としたらどうしようって。これ、商品だからね。

 それでもコンセプト通り、僕は天使でなくてはならない。慈愛の視線を天上より見下ろすように、凛と気高い、天使に。


「おおお…………」

「なんと…………」

「信じられない美貌だ…………」


 セオドアのエスコートと共に入場すると、一瞬の静寂ののち、ザワザワと囁き声が交わされる。それも色々な言語が使われているから、一度には処理できない。が、悪い反応ではなさそうだ。

 今日身につけている魔道具は、この衣装の内側……太ももに括り付けている。
 とても苦心した。これは、僕、セオドア、ルドルクス様以外の人間を、一定距離以内に入れさせないもの。
 凄いでしょう?すごいんだ。だけど……たった数時間しか持たない。内臓魔石の魔力と、本人の魔力が持つ限り。


「この素敵な夜を盛り上げるために、今市井で話題となっているルミティア・セオのモデルを招待した。ファルシュカ・リンドバーグ辺境伯夫人だ。皆、天使ではないからお気をつけて。彼には怖い番犬が付いていますからね」


 レオンハルト殿下がユーモアを交えて紹介してくださり、会場の緊張がふわっと緩んだ。

 僕も嬉しい。今の僕はルドルクス様の存在を匂わせられていないけれど、ちゃんと結婚していることを――『夫人』、のところを強調して――殿下が周知してくださったから。


「こちらは今期の新作です。ああ、お手は触れないで!見るだけに留めて下さいね。ご興味がありましたら、サンプルを用意しております」


 セオドアはきっちり宣伝しながら、僕へ無遠慮に近づく貴族たちを牽制してくれている。


「やぁ、久しぶりだなファルシュカ!二年前よりもずっと綺麗になっ――――」


 ゴッ、と鈍い音がする。え、と目を見張れば、美青年が蹲っていた。


「ホロウ様!?大丈夫ですか?」

「…………頭を打っちまった。なんだ?透明の壁でもあるのか?」


 ゴルドメニクの族長の、ホロウ様だった。以前より快活で逞しくなっている気がする。

 前はこう……軽薄な色男、という印象が強かったのに、夜会で豪奢な民族衣装を身につけている彼は、正しく族長の風格を持っていた。


「今のファルシュカは手を触れられないので、お気をつけ下さい」


 セオドアが同じことを何度も言う羽目になっている。ホロウ様はセオドアに目を向けて爽やかに微笑んだ。


「ふうん、商会長も美形だ。ファルシュカをモデルに選ぶとは、見る目がある。オレはホロウ・ゴルドメニクだ。ファルシュカの友人でな」

「……!ゴルドメニクの……!光栄です。私はセオドア・リンドバーグと申します」

「リンドバーグ?うん?ルドルクスの……もう一人嫁がいたのか?」

「ち、違います!ルドルクスは兄です。ぼくは弟にあたります!」


 ホロウ様の勘違いに、セオドアが引き攣っている。うんうん、あんまり似てはいないからね、リンドバーグ兄弟は。怒って冷たい目をする時くらいかな……血の繋がりを感じるのは。

 セオドアはルドルクス様とは違う美形だ。僕より余程天使感のある、蜂蜜のように甘い金茶の巻き毛が可愛い。そばかすの散る白玉肌に、くりっと大きな翡翠の瞳が歳より幼く見せている。

 でも、中身は本当にしっかりしているからね。侮られやすいセオドアは『可愛い』と言われるのを嫌っているから、ホロウ様が『美形』という表現を使ってくれ、好感が上がる。


「ファルシュカの衣装は素晴らしいな。中身ごと頂きたい所だが、今回は衣装だけで我慢することにしよう」

「……!はい、喜んで!後日都合の良い時に伺わせていただきます!」


 ホロウ様を皮切りに、興味を示す人がセオドアを囲む。僕は一定距離を保って微笑むだけ。視線はひしひしと感じていた。

 セオドアのところで作る衣装は、基本的に露出は殆どないもの。素材がいいから体型にすとんとフィットし、スタイル良く見せてくれる。


「あのっ……!そのネックガードは、どこのものですか……?」

「アンテ・ルノール・ルカのものです。こちらも、この衣装に合わせてデザインを起こした、新作だそうです」

「まぁ、やっぱりルカの……!素敵…………!」


 オメガらしきご令嬢も、フスフスと興奮しながら僕のネックガードを見つめていた。

 今日のネックガードは、キラキラの銀箔の中に所々アメジストの散らされたゴージャスなものだ。天使というコンセプトによく合う上に、僕の色そのもののため、もちろんよく似合っていると思う。ご令嬢の反応を見る限り、ルカ様の方にも注文が殺到しそうだ。


 しかも予想外なことに、この僕の結界の魔道具にも問い合わせがあった。結界にコツコツと手を当ててみると、不思議な感覚だそう。

 とても限定的な使い方しか出来ないのに注文が相次ぐ。うわわ、僕も忙しくなりそう。王室付き魔道具師でもある僕は、王室からの注文を優先しなくちゃならないし、下手なことは言えないけれど……。

 うまく行きそうで嬉しくなって、人混みの向こうにいらっしゃるルドルクス様に微笑む。眼光鋭く見ているのは、僕ではないと思いたい。

 一通り会場内を練り歩いて衣装を見せびらかしていると、そろそろ結界の魔道具も限界を迎えそうだ。


「セオドア、ちょっと」

「あ。もうそんな時間?どうしよう、商談が長引きそうで……」

「ルド様呼んでくるね。僕、もう帰っていい?」

「ま、待って……!」


 魔道具も心配な上、社交と違って話さなくて良い分、常に向けられる視線に疲れてきてしまった。セオドアを一人にする訳にもいかず、ルドルクス様を呼ぶ。


「ルド様。セオドアがまだ残るそうなのですが、僕はそろそろ……魔道具が止まりそうなので帰りたいと思います。ルド様は……」

「あいつも首根っこ掴んで持ち帰る」


 ルド様は僕を腕に囲い込んだ。その瞬間、来賓からザワッ!と揺れるような空気。うん?なんだろう?


「今日の君は本当に天使過ぎるから……俺の伴侶だと思いたくない人間が、現実を直視したのだろう。いい気味だ」


 そう言いながら、腰に添えられた手はぴったりとくっついて、またほっぺを指でふにふにと可愛がってくださる。皆んなに見せつけるように、額へキスを落とせば、興奮する声や、落胆の声が聞こえてきた。

 ふふ。ルドルクス様ってば、僕への独占欲が強い。僕も嬉しい。ルドルクス様の何かを身につけられないのなら、ルドルクス様本人とくっついておけばいいのだ。


「セオドア、帰るぞ」

「ええっ!?嘘、待ってにいさん。本当に後ちょっとなんだ!」

「もう時間切れだ。とにかくファルシュカを返して貰わないと」

「うう~っ、ちょっとなのにぃ……」


 地団駄を踏みそうなセオドア。その時ルドルクス様の肩が、がっちり掴まれた。


「それなら、今夜はオレがファルシュカを送ろう。な?ルドルクス」

「……ホロウ、殿。何か企みが?」

「いや?ついでにリンドバーグ辺境伯邸に今夜泊まらせて貰いたい。積もる話があり過ぎるだろう?」

「……それは構わない。が、」

「じゃあ、決まりだ。ルドルクスは弟を、オレはファルシュカを。守ると約束する」


 ルドルクス様は、めちゃくちゃ迷っていた。でも、もう帰る僕より、まだ人混みに揉まれるセオドアの方が危ないことは確実。

 そっと温かな胸に頬擦りをしながら、囁く。


「僕は大丈夫ですよ、ルド様。どうか、セオドアについていて下さい」

「……………………分かった」








 馬車に乗り込むと、視線が遮られ、どっと疲れが押し寄せてきた。


「どした?ふらふらじゃねーか」

「……っ、あ、大丈夫です……」


 座面にぶつかりそうなところ、ホロウ様に支えられてしまった。
 疲れと、魔力消費の倦怠感だ。ちょうど良いところで魔道具が切れたのだ。

 なんとか座ると、ホロウ様は横へと座ってくる。うん?


「お前が倒れたらルドルクスに怒られるからな。眠たくなったら肩を貸すぞ」

「………………ありがとう、ございます。ホロウ様は、意外にお優しいですよね」

「意外とはなんだ。失礼な奴だな」

「ははは……」


 馬車が走り出す。揺れが心地良く、首がぐらぐらし始める。ダメダメ、ホロウ様に甘えては。

 興味深そうに僕を見るホロウ様に、言い訳をした。


「あっ……その、モデルというのも、あまり経験があるものではなくて。今日はこう、一様にジロジロ見られたので疲れてしまいました。魔道具に魔力も吸われましたし」

「ああ、オレのぶつかった結界の……」

「はい。あれ、結構魔力使うんです。何事もなくてよかったです」

「ヤバそうな目つきの奴はちらほらいたぞ……その魔道具を付けてなけりゃ、ベタベタ触られまくっていただろうな」


 ええええ。そうなの?
 僕がドン引きしていると、ホロウ様は怪談のトーンで話し出す。


「あれは素材の触り心地を確かめるフリをして、お前の尻や腰、もしかしたら股間まで触ろうとする目付きだった。しかも複数いたからな、一人手を出したら他も『オレだって!』と競うように手を伸ばして、揉みくちゃになっていたにちがいねぇ」

「そ、そんな……こと、あり得ます!?」

「あるある。ぜってー、ある。だからあのルドルクス弟が予めサンプル用意していたんだろ?そういうことだぜ」

「そんな、野放しにした獣のような真似……」

「お前が綺麗過ぎたな。それも、モデルという、“見て消費していい存在”で現れた」


 消費……。言い方はアレだが、今日の視線を思い返せば分かってしまった。

 ホロウ様は、僕の銀髪をひと束指に絡め、するすると滑らせて遊んでいる。


「はー……まぁ、もうやらない方がいいんじゃないか?オレも、お前が傷付くのは見たくない」

「え……あ、お心遣い、ありがとうございます。ご忠告、身に沁みます」

「ふっ。そうだ!オレは義務果たしてきたんだ。後継が生まれたから、アレが喋れるようになるまでは族長だが、そのあとは“相談役”になる。はー、肩の荷が降りてスッキリしたぜ」


 ホロウ様は、“器”を使って儀式を行い、子供を拵えたということかな。それまでは性欲を衰えさせられないと言っていたから、解放されてよかった。
 異国の文化過ぎて、僕では理解し得ない。ただ目の前のホロウ様が、ツヤツヤと良い笑顔をしていることだけは分かった。


「おめでとうございます、息子さん……と言うことですね?」

「うーん……息子というよりは、“後継”なんだよな。オレも親ってぇ存在居なかったから、あいつもそうなるだろう」

「そうなんですか……」


 なんだか事情がありそうな、不思議な言い回しだ。僕は元父親を思い出してしまった。僕はあの人の息子でも、家族でも、後継にもなれなかったな、と。

 こんな僕は、いつか親になれるのだろうか。ちゃんと愛情を持って接してあげられるのか、不安だ。

 かつてエリュカやカイロス様に、子供に対して無責任だと言ったけれど……少し大人になって、思う。ホロウ様のような事情もあるのだから、覚悟が決まってから子供を作れなんて、簡単には言えない。


「はは、同情してくれるのか?嬉しい。お前、本当にお人好しだな」

「同情ではありません。少し過去を思い出しただけで……」

「過去?そういやオレ、お前の過去とか全然知らなねーわ」

「特に面白いものではありませんよ」


 僕の過去は、大半が薄暗く、辛く、雨雲に覆われている。
 少し顔を伏せた時、横から伸びてきた指が、僕の頬肉をぷにっと摘んだ。


「色々と苦く辛く、苦しい思いをした奴の人生が、面白くない訳ない。オレは聞きてえよ?」


 そういうものだろうか?
 キョトンとしてしまったが、じわじわ、笑いが込み上げてくる。
 そっか。僕の人生は、面白いのか。


「……ふふ。では、帰ったらお酒でも出しましょう。アテになるかは分かりませんが、暇つぶしにはなるかもしれません」

「おっ!いいな、それ。酒は土産で持ってきたからな」





 屋敷へ帰って使用人さんたちが大慌てで客室を用意している間、僕とホロウ様は応接室でお酒を楽しむことにした。

 化粧を落としてラフな部屋着に着替えると、ホッとする。そこに、ホロウ様がお酒を各種並べてきたものだから、ちょっとわくわくさえしていた。


「これはリキュールと言って、好みのもので割って飲む。ファルシュカは初めてなんだろ?これなら酒の強さを調整できるからオススメだ」

「へぇ……」

「オレの気に入りはこの火酒。喉を焼くような強いヤツだから、お前はやめとけ。オレ専用だ」

「ご自分用のを持ってきたのですね……?」

「ああ。なかなかオレを満足させる酒が見つからねーからよ。オレのお供だ」


 ごろん、と置かれたのは大きな瓢箪だ。ちゃぷ、と中で液体の跳ねる音がする。

 火酒というものはすぐに揮発してしまうため、瓢箪に開けた小さな飲み口から直接飲むのが作法らしい。ホロウ様が豪快に瓢箪に口を付ける様子が、とてもよく似合う。

 ルドルクス様とセオドアが帰ってくるまで、少しかかるだろう。僕は果実水で割った薄いお酒をちびりちびりと飲みながら、過去について話した。

 思えば、色んなことがあった。恥ずかしいことも、辛いことも、悲しいことも。それが今では暇つぶしのネタになっているなんて、僕も大人になったものである。

 病や怪我もたちまち治し、毒も効きにくい体質の僕は、酒も効きにくいらしい。あまり、お酒を飲んでいる感じはない。果実水を飲んでいる感覚で、話をしていると喉が渇くからいつの間にか進んでいる。


「……ぁ、お帰りになったやも……」


 外の物音を聞いて立ちあがろうとして、ふらついた。うん?


「ファルシュカ?……っおい」


 じ、地面が動いている。長い腕が僕を支えてくれているけれど、僕の足はぐにゃぐにゃになってしまっているみたい。


「はれ?……お、かしい……」

「はー、酔ってんな?ファルシュカ。ははっ」


 ホロウ様はあれだけ火酒を飲んでいたのに、全く問題なさそうに、高らかに笑った。と思ったら、僕を丸ごと抱き上げたのだ。


「……っへ!?」

「ダンナに返さなくちゃな。ほら、首に捕まっておけ」

「ふしゅ……」


 目がまわる。う~ん…………僕、お酒には弱いの……?






 





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