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モデル(4)
(ルドルクスside)
ファルシュカをホロウと共に帰すと、安心と不安が同時に襲ってくる。
天使姿のファルシュカは正しく、清らかな空気を纏って地上へ降りた天使そのものだった。そのファルシュカへ、もう下衆な視線は向けられないことはひとつ、安心なのだが。
ホロウと一緒なのは、多少不安だ。実力行使はしない分別はあると信じている。また、屋敷までの短い時間で何かすることも出来ない。馬車には護衛も随行している。
「はぁ…………」
不安を拭いきれない俺とは対照的に、我が弟は生き生きと商談を取り付けていた。もうしばらくかかりそうだな……と思って眺めていると、不意に、ツンツン、と袖を引かれる。
「ルドルクス様……覚えておりますか?わたしを……」
頭からヴェールを被った女性だ。外国からの賓客の連れてきた……誰だったか?
「申し訳ありません。まだご挨拶をしていなかったような……」
「イエ、そうではなく。わたしです。クリスティーナです」
「!?」
「しっ。今のわたしは、ワンド王国国王の愛妾なんです。でも、どうしてもレオン様に謝罪をしたくて……取り次いで、いただけませんか?」
ヴェールを上げて顔を出していた。クリスティーナ……元侯爵令嬢だ。レオンハルトの、元婚約者。
従者と国を出て行方不明だったはずの。
俺が驚いていると、サッとヴェールを被り直している。ワンド王国では高貴な身分の妻や愛妾は顔を見せない風習のため、全く気が付かなかった……。
「一度、殿下に聞いてみますが、拒否された場合は無理です。それでもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうか、聞いてみて下さい。それにしても、変わりましたね、ルドルクス様。マスクを外されて……」
「……失礼します」
何故、今になって。
混乱しながらその場から離れる。外国人と談笑しているレオンへと聞くと、目が……スンッと遠くなった。
「………………会う。おそらく二度と会わないだろうし、従者殿がどうしているのか気になる所だ」
「そうだな……」
休憩室。人払いを済ませた上で、俺は立会人として壁際へ。ヴェールを脱いだクリスティーナ嬢は、学生時代よりも色香を増した(代わりに品性は失った)女性へと変化していた。
「……お会い頂き、ありがとうございます。レオン様。わたし、あの時は本当に幼く、考え足らずで……あなたを酷く傷付けてしまいました。申し訳ありませんでした……」
「……いや、過ぎたことだ。それよりも、もうレオンとは呼ばないで頂きたい。貴方は他国の賓客の一員だ」
「…………そのことなんですが……わたし、クリューゲルへ帰りたいのです。ワンド王国は受け入れ難い文化ばかりで……もうたくさんなんです!」
クリスティーナ嬢は、堰を切ったように話し出した。クリューゲルの南に位置するワンド王国へ、従者と入国した時のことを。
ワンド王国では、女性やオメガは“宝”であり、人目には晒さない。顔を出しているのはパートナーの居ない人間ということとなる。
侯爵令嬢の彼女は慣れない長旅に疲弊し、想いを通わせたはずの従者とも喧嘩が絶えなかった。当て付けのつもりでナンパをしてきた身分の高そうな男性に気のある素振りをしていたら、従者は消え、あっという間に囲われていたそう。
その男性は、ワンド王国国王だった。時折市井に降りては見目の良い女性やオメガを見繕い、手元へ置く。一度か二度抱いて飽きれば、見舞金を置いて元の場所へ戻す、ということをしていた。
クリスティーナ嬢はもともと処女でなかったことで怒りを買ったのだが、執務の処理能力が高いことで手元に置かれていた。今回の訪問でも愛妾として、というよりは通訳としての意味合いが強いと。
「給金もないのに……働かされているの。夜の渡りがないから愛妾として最低ランクで、肩身が狭くて……」
「…………」
恐る恐るレオンハルトの顔を見た。
凪だ。
初恋が戻ってきたというのに、その悟りを開いたような表情は…………?
そして妙に甘ったるい声を出した。
「それは辛かったですねぇ。お可哀想に。それで夫人は、何か戻ってきてやりたいことが?」
「夫人……でもないのです!レオン様はまだ独身だって聞いて…………わたしのことを、忘れられないのでしょう?わたしも、あの頃は若くて……絶対に、貴方はわたしを捨てるんだって思い込んでいたの。あんなにも、大切にしてくれていたのに……」
「ほうほう、つまり、私の妻になりたいと?王太子妃に?」
「…………え、ええ。もし、よかったら……」
クリスティーナ嬢は期待に頬を紅潮させ、潤んだ上目遣いをレオンハルトへ向けた。
*
(レオンハルトside)
あー……気分が悪い。
ルドルクスは早く帰りたくてソワソワしている。そんな中でもこんなくだらないことに付き合ってくれているのは、一重に彼のお人好し精神に他ならない。
一方、この女は。
たしかに私の初恋だった。無惨に砕け散ったまま、風に流していたかった。
汚く濁って戻ってくるくらいなら、二度と見ることなく終わりたかった…………。
事務処理をしていると言っていたから、過去の杵柄は残っているようだ。ワンド国王はむしろ、適材を招き入れたのではないだろうか。身分は持たないが美しさと優秀さはある。処女ではないのは彼女の責任だ。後宮の中で寵を得られないのも、また然り。
それでは嫌だと、交渉を持ちかけてきたのだろう。私と元鞘に収まれば、王太子妃になれる。私がまだクリスティーナを愛していれば、寵も得られる。
……ふっ。鼻で笑ってしまう。
こそこそと侍従に耳打ちし、ワンド国王を呼ぶよう指示をした。さて、時間稼ぎでもするか。
「かつての侍従の行方は、探したのです?愛妾というのなら、それなりの権力はあるはずですね」
「えっ?え……えっと、もう……喧嘩別れ、でしたから……」
「探していない……と。愛した人では無かったのです?駆け落ちをするほど」
「あの時は、もう彼しか居なかったんです。わたしを助けてくれるのは。でも……あまりに、浅はかだったんです。わたし……反省しました…………」
クリスティーナは片方の瞳から涙を一雫流したのを、ハンカチで拭う。その仕草は気品に溢れたものだったが、何故か、私にはあざとく見えてしまった。
彼女と別れてから、十年以上経っている。当時の私はこうも擦れていない、初恋に浮かれる純粋な少年だったが、これまでに様々な女性から秋波を送られ、陰謀を躱してきたからか……目が肥えてしまったのかもしれない。
「もし……もし、許して頂けないのなら……ルドルクス様でも……構いません。奥様がいらっしゃるということでしたが……きっと、わたしの方が、夫人として相応しいと思いま……」
「俺の妻にとって“辺境伯夫人”は役不足なほど優秀でありこれ以上なく愛しているので不必要です」
ルドルクスは一息に言い切った。まぁ、そうなるよな。『馬鹿なのか?』と言わないだけ、まだワンド国王の愛妾として敬意を払っているのだろうが。
クリスティーナははた、とルドルクスを見上げた。
学生時代、クリスティーナはルドルクスに声はかけていなかった。当時のルドルクスはマスクをぴっちりと着けていた変人扱いだったからか。
今のルドルクスはファルシュカのおかげでマスクから解放されている。
「まぁ……そんなに……?だって、奥様は今日いらしていた、モデルの方ですよね?お顔は綺麗でしたが、あまり……優秀そうには、見受けられませんでした……」
「夫人には、関係のないことなので」
そうルドルクスがピシャリと跳ね除けた時、ワンド国王がやっとやってきたのだ。何故か……セオドアを連れて。
『ああクリスティーナ、ここにいたか。儂はこのオメガを連れ帰るとする。お前はどうする?ここに残るのか?』
開口一番、そう早口のワンド語で話す中年の王に、私は急いで立ち上がる。セオドアはこのワンド語が聞き取れなかったのか、愛想笑いを浮かべて首を傾げていた。
『ワンド国王陛下。そちらはセオドア・リンドバーグ辺境伯令息。私の懇意としている令息です。勝手なことを仰らないでいただきたい』
『あら、いいじゃない!陛下、わたしはここに残ります。セオドア様の代わりにリンドバーグ辺境伯に貢献すれば良いのでしょう?』
『はっ?何を、言っている?夫人!』
私の焦る気持ちを他所に、ワンド国王とクリスティーナだけが微笑みあっている。
セオドアを、連れ帰る?冗談じゃない。彼は大事な、友人の弟で……それだけじゃない。私にとっても、大事な人。多数の妻と愛人を抱えるワンド国王なんぞに、盗られてたまるか。
今まで一度も考えたことがなかったのに、とられると思うと、久方ぶりと思えるほどの怒りに襲われる。
『さすがクリスティーナ、話が早い。さて、レオンハルト殿下はこのオメガが気に入っているのか?そうでなければ連れて帰りたい。彼の可愛らしい容姿も、商人としての腕も気に入った!』
『そ、そ、そのオメガは私のです!渡しません!』
「!?レオンハルト殿下!?」
流石に最後のワンド語は分かったらしい。セオドアがポカンとしている。やってしまった……。
少し考えたセオドアは、とてとてと私の方へ来て、ワンド国王と向き合う形となった。
「もしぼくがそちらに行くこと前提での商談だったのなら、申し訳ないですが対応しかねます。ほくはこの国から出ていく気はありません。……と、レオンハルト殿下、伝えて下さいますか?」
『彼は私の側から離れたくないそうなので、商談は不成立ということで。クリスティーナ夫人も一緒に連れ帰って下さい。彼女は過去にこの国を荒らしたので、クリューゲルに居ればまた問題を起こすでしょう』
若干事実を歪めた翻訳だが、セオドアを守るためである。致し方なし。セオドアは怪訝な顔をしているが、話を合わせてくれそうだ。
弟としてしか見ていなかったセオドアのその表情が、胸を突くほど可愛く見えた。彼はたいていのことをうまくやる要領の良さを持っているが、今、私は彼の役に立てていることに、少々興奮している。
『で、でもっ!わたし……わたし、クリューゲルに残りたいのです!ワンド国王陛下、お願いします!』
ワンド国王はセオドアを未練たっぷりに眺めた後、クリスティーナを見てキッと目を釣り上げた。
『ほう……ならば残るが良い!ワンドに有用な間は置いてやったが、愛国心のない者は必要ない!レオンハルト殿下。その女は好きにしていい。今後一歩たりともワンドに入国することを禁じる!』
侮辱されたと思ったのか、ワンド国王は顔を真っ赤にして激昂し、ドスドスと足音を響かせて去っていった。
賓客を怒らせてしまったな……後で何かご機嫌取りに贈らなくては。
痛む額を抑える。
この残された後味の悪さをどうしようかと、ため息を吐いた。
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