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番外編
3 英雄の帰還 前
しおりを挟む「英雄、ミルドレッドよ。魔窟を制圧した褒美として、我の叶えられる事であれば遣わそう。我に望みはあるか」
「私は!クライヴ第二王子殿下の!愛妾の座を望みます!」
その日、王城はどよめきに包まれた。
卒業して二年が経ち、僕たちは20歳になった。
クライヴ様を夜這いしたとして、辺境にある魔窟――魔物が生み出され、闊歩する土地――に追いやられていたミルドレッドは、二年半で魔窟を制圧した。
彼女は確かクライヴ様の10個年上なので、30歳という若さでは異例の快挙と言える。
制圧したと言っても、完全に魔物が生み出されなくなる訳ではない。
魔物を怒涛の勢いで駆逐し、魔物を生み出す魔窟周辺に境界線を設置し、定期的に浄化出来る体制を整えたということ。
体制を整えたのはもちろん、ミルドレッドだけの力ではないのだが、彼女の力によって魔物の駆除速度が、生産速度を上回ったのは確実なこと。
そのお陰で、その辺境の地では強大な魔物の脅威に晒される事なく、たまに神官が出向いて浄化したり、魔物を間引くだけで済むようになった。
素晴らしい功績だった。
それがミルドレッドでなければ諸手をあげて歓迎したのだが、いかんせん、クライヴ様を所望するとは……とてもではないけれど、許し難い。
「彼女は妻というより、子種を欲しているようだ。子供を授かれば身を引き、人里離れた土地で育てるとまで言っている。クライヴ、どうか、一度だけでも彼女を抱くことは――」
「断る。いくら兄上の言葉でも、俺は拒否する」
王城の応接室で相対するのは、クライヴ様のお兄様、つまり、王太子殿下。
クライヴ様とは余り似ておられない。どちらかと言うと王妃殿下に似た、優しそうな美丈夫だ。
もちろん、一度で妊娠出来る訳無いのだが、王太子殿下は一度の情交でミルドレッドが満足すると見ているらしい。
「しかしなぁ……褒美にしては謙虚な部類だと判断されておる。それも彼女の作戦と言われればそうなのだが……」
その隣で頭を悩ませているのは、クライヴ様のお父上である陛下だった。ミルドレッドは英雄的存在のため、褒美を用意すると言ったのはこの方である。
無論、この方に命令されれば、普通は易々諾々と従う他ないのだが――。
「最愛に嫌われ、後の余生を一人で生き、朽ち果てろと?俺の一生を棒に振る、そこまでの価値が奴にあると?」
「いや、……し、シュリたんは、一度ならば……」
「シュリエルは優しい。優しいが、その心の内に一生抱えることになろう。一生だ。考えられるか?最愛を、俺の隣にいる限り一生悩ませるくらいならば俺は命を断つ。その前に原因となった周囲を巻き込んでからな」
「……。」
「一番簡単なのは、シュリエルを連れて別の国に帰属する。どちらも一騎当千の力を持つんだ、どこも歓迎するだろう。そうなれば陛下の命令を聞く必要もない。そもそも、奴は俺とシュリエルに接近禁止令を出されている筈だが?」
「分かった、分かった……、聞いてみただけだ。ミルドレッドには他の案を出すよう言い含めよう。シュリたんも、ごめんね」
「それからその気持ちの悪い呼び方でシュリエルを呼ぶのを、いいかげん辞めてくれ。我が父親ながらゾッとする」
「それは出来ない。シュリたんはシュリたんだ」
そう言ってキリッとした陛下を、クライヴ様はジト目で見つめていた。
僕もそう。陛下は僕にとても優しいし、クライヴ様と僕の仲を知っているのに、どうしてそんなことを聞くのかと、面白くない気持ちで佇んでいた。
愛する人が、他の人を、一晩だけでも抱く。
想像しただけでこの身が張り裂けそうだ。
ディルク殿下が不貞をしていたのを見たことはある。あれも相当辛かったけれど、クライヴ様にされたらその比ではない。多分、僕は湖に沈んで一生戻らないだろう。
しかも相手はクライヴ様を一心に慕っていて、美しく、英雄的働きもこなしてみせた。
もし僕が国民なら、見知らぬ強い方と強い方のお子が産まれれば、この国の将来は安泰だと喜ぶのかもしれない。
でも。
僕を抱く力強い腕、滴る汗。獰猛な強い金眼。ゾクゾクするくらい色っぽく笑ったり、優しくも強引な愛撫を、他の人にするなんて。
……絶対に、嫌だ。
「クライヴ殿下」
人々の行き交う王城の廊下で、ミルドレッドが呼び止める。
「ご決断、なされましたか」
「ああ。断る」
「?何故でしょう……抱くだけの愛妾として、私に不足はないはずです。国民も皆、私という英雄の子を歓迎しますよ。それも相手が殿下なら尚更」
「ハッ、いち王族を欲するとは、偉くなったものだな。貴様のその自信は身を滅ぼすぞ」
「欲すると言っても……シュリエル様の休憩時間だけの、情けでしょう。それ以上の施しも、感情も欲しておりません。私としては、子種さえ頂ければ良いのです」
ざわざわ。野次馬の貴族たちが、扇を広げてこそこそと囁いている。
『情けだけ……なんて、さほど難しくない願いね』
『さっさと叶えて差し上げればよろしいのに』
『王座を欲している訳でもないのでしょう?この国で英雄の子が産まれるのは、歓迎すべきことだわ』
ぐっ。拳を握りしめる。
王城では、この程度、当たり前だ。
人は皆他人事で、より面白い方向に誘導するように、好き勝手に騒ぐ。クスクス。クスクスと。
それが当人の望んでいない方角であっても。
ミルドレッドも、愛妾でいいと言いながら子種を欲しているように見えるのがなんとも奇妙に見える。目的は情交なのか、子種なのか、本人も分かってなさそうだ。
「騎士団長は、どうしました?貴女のお気に入りでしたでしょう?」
僕はそう切り込んだ。ミルドレッドは今更気付いたように僕を見て、さらりと笑う。
「ああ、あれは怪我で引退されましたよ。いつの間にか、私の方が強くなっていました。ですから、私の認める男はクライヴ殿下だけとなったのです」
ざわっ……。
そのあまりの罪悪感の無さ。
爪でも切った、くらいの軽い口調で言うミルドレッドは、やはり、僕にとって苦手な人種だった。
陛下からミルドレッドへ、願いを変えるよう通達され、その結果、彼女は接近禁止令を解き、僕たちの旅に同行することを求めた。
「一年!いや、一ヶ月でいい!君たちの熱々っぷりを見せつけてやればアレも諦める……と思う!」
「お兄様……」
「ミルドレッドはどうしてもクライヴしか目に入らないようだ。英雄とはいえ、クライヴを組み敷くことは不可能だし、シュリエル殿を害する意思も無さそうだから、問題はないだろう?」
「大アリです、兄上」
王太子殿下にそう抗議したクライヴ様だったが、一度願いを変えさせた手前叶えなければならず、僕たちは渋々、ミルドレッドを受け入れる事になった。
「いいか。奴が怪しい動きをしたら即、交戦する。シュリエルはジタリヤと共に結界を張り従魔を配置だ」
「畏まりました。そんな事にならないといいのですが……」
そんな打ち合わせをした次の日には、ミルドレッドが騎士服姿で悠々とやってきた。
「ご機嫌麗しゅう、クライヴ殿下。このミルドレッド、貴方と共に過ごせるこの機会を心よりお待ちしておりました」
「俺は全く望んでいない」
そんな二人をやや後ろから眺めている僕。
はぁ、何でこうなってしまうのだろう。クライヴ様を慕っていたフォンタナ公爵令嬢も、ブリジット嬢も、割と真っ直ぐな気質だったから、あまり気にしなくて良かった。
けれど、ミルドレッドは……プリシラ嬢を彷彿とさせる。話術が巧みな訳でも、容姿が似ている訳でも無いのに。
何を考えているのか分からない不気味さ、だろうか。
「はぁぁっ!」
「せいっ!」
開拓村へ行く森の中の道なのに、非常に快適である。
ミルドレッドが先行して、全ての魔物を排除しているからだ。
流石は英雄。大剣を軽々と振り回し、バッサバッサと切り捨てていくのは小気味良い程。ちょっと、血飛沫が舞って飛んでくるのは頂けないけれど、それは僕の穿った見方のせいだろう。
僕だって負けていない。防御というか結界の方が得意だから、地味ではあるが、安心感を齎しているはず。
……地味だけど。
「シュリエル。あれはああやって派手に立ち回って見せつけているように思う。気にするな」
「気にして……なんかいません」
「では、この可愛い口は?」
ちょん、とつつかれたのは僕の唇だった。
無意識にとんがっていたみたい。もごもごと誤魔化す。
僕の手には弓矢が握られている。
遠くから狙ってくるアーチャーやメイジ系の敵を発見したら、パスッと倒す。
残念ながら、とても地味。
ここから見ると音も届かないくらいの遠さだし、別に素材が欲しい訳でも無いからわざわざ拾いに行かないし。
それでも皆んなの安全を担保するために、矢をつがえる。
キンッ!
「……流石の腕だ。俺は君を誇らしく思う」
「そ、そんな……えへへ、嬉しいです」
クライヴ様は僕から離れないし、ジタリヤ様は子犬程度に小さくなったエディと共に、ミルドレッドと僕の間に立ち塞がるように歩んでいる。
クライヴ様にくいっと抱き寄せられて軽く口付けをされ、僕はまた赤面してしまうのであった。
野営では、勿論僕とクライヴ様で一つの天幕を使う。それからジタリヤ様とエディで一つ。ミルドレッドだけで一つ。
それぞれに結界の魔道具を設置しようとすると、ミルドレッドが不要だと言う。
「私はクライヴ殿下をお守りするので。シュリエル様がこちらをお使いください」
と言い、ミルドレッド用の天幕に僕を押し込めようとする。彼女の視線はもう、僕たち夫婦用の天幕に向いていた。
「……僕がそれを許すと思いますか?ミルドレッド、貴方が使わないのなら結構ですが、僕とクライヴ様の天幕には入れませんよ」
「何故でしょう。私はクライヴ殿下のお側でお守りしなければならないのですよ。貴方はそのご自慢の結界とやらに引き篭もっていればよろしいが、私はそれを信用出来ませんので」
「ミルドレッド。貴様はそこで立ったまま朝まで警戒だ。そこから一歩でもこちらの天幕に近づけばその足先から細かく刻んでやる。」
「はっ!」
クライヴ様のお声がめちゃくちゃに怒っている。
ミルドレッドはこともなげに直立し、本当に警戒姿勢を取り出した。
こういうところは軍人らしいのに。クライヴ様が関わると本当に奇天烈になる。
この後、僕以上に荒ぶるクライヴ様を、全身を使ってお慰めした。……ふう。
不思議なのは、朝、まだ事後の気怠さを拭えない僕の様子を見ても、道中隙あらば僕に密着してくるクライヴ様を見ても、ミルドレッドの表情はぴくりとも動かないこと。
普通、好きな人が他の人とアレコレしていれば何かしら思うことはあると思うのだけど……?
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