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薬草摘みなどまどろっこしい。
物理だ。腹の底を渦巻くぐらぐらと身を焦がすような怒り恨みを拳に込めて叩き込むのだ。
ベルフィーナは大型魔物の討伐依頼を手に取り、受付へと向かう。
「オイオイ、おまえさん、分かってねぇなぁ。」
そんな声は足を止める理由にはならない。無視をして顔を引き攣らせたマリーナの元へ向かう。
「べ、ベル様……。」
「テメー聞いてんのか?ああ?」
「依頼を受けるには貴方の判子が必要なのよね?これをお願いするわ。」
「オイ、こら、無視かよ、」
「あの、グリズリーベアの討伐は、ポイントは高いですが上級向けでして、」
「熊でしょう?殴っただけで倒れる。」
ベルフィーナは空間収納から、森の中で倒したグリズリーベアを出した。突然現れた巨体、それも腹に大砲でも受けたかのように凹んだ体を見て、男もマリーナも静かになった。
そこでようやく男に気付いたように振り返り、拳を作りながらとても良い笑顔を浮かべ、
「それで、何かありがたい助言でも頂けるのかしら?」
「い、イエ……ナニモ……、」
そんなベルフィーナを、目元をひくつかせたマリーナは送り出す他の選択肢は無かった。ギルドのホールは、静寂で彼女を見送った。
グリズリーベアは、魔物となり正気を失った熊の事を指す。魔力を多く取り込む、すなわち、人間や同族である魔物をより殺した個体ほど強くなるのは一般魔物共通。鋭い爪や牙を持ち、二メートルを超えるグリズリーベアはその強者となりやすい恵まれた種類と言えるだろう。
ベルフィーナは空間魔術を駆使し、辺り一帯の強い魔力を放つ個体を感知して、そこへ一直線に向かう。帰り道は、マーキングした門を探れば迷う事もない。
そうして向かった先にいたのは、三メートルを優に越える、黒々とした毛皮のグリズリーベアだった。
艶々とした毛並みは高く売れそうだし、爪も何かの武器の素材になりそうだ。
グリズリーベアに向かって真っ直ぐ駆け、あえて音を立てて近づきながら拳に空気圧を溜める。
奴は狩猟者に気付いてグルルルと唸り声を上げて四つ脚で向かってきた。
ベルフィーナよりも数倍速いそのスピードを見れば、誰もが彼女は押し潰されるか、バラバラに飛び散ってしまうと思うだろう。
しかし、ベルフィーナは短距離転移はお手のもの。モーティス伯爵邸では忙しさのあまり食堂や湯船へ向かうのにも転移していたほどだ。ベルフィーナは知らないが、その技術は宮廷魔術師団の団長をも超える。
小さな獲物に嬉々として腕を振り上げたグリズリーベアを、十分に引きつけた後、背後に転移して一撃をお見舞いする――戦い慣れたスタイルを、不意に声をかけてきた人物によって崩された。
「危ないッ!」
その時、ベルフィーナは転移した瞬間だった。次にグリズリーベアの背後に現れたベルフィーナが見たのは、首を一直線に斬られ、跳ね飛ばされた、獲物の最期だった。
「大丈夫か?!」
拳に空気圧を溜めたままのベルフィーナは、呆気に取られた顔で、声をかけてきた人物を見上げた。
一房だけ水色の入った銀髪の、怜悧に整った美貌の男。
一瞬で移動した女を探したものの、無傷のベルフィーナを見つけてホッとしたように息を吐いた。あまり表情は動かないのか、僅かに感じ取れた安堵の顔。
「良かった。全く、こんなところに女性一人で何を……、」
そう言いかけた時、ドゴンと側にあった大木に衝撃が放たれ、ゆっくり、倒れた。
地響きするほどの太い幹を折ったのは、助けたと思った女性の、拳ひとつ。
「ええ、助けられたようね、私。」
行き場のない拳をひとまず放出したベルフィーナは、自然破壊した罪悪感をこの男に背負わせることにして、ジト目でその美貌を見つめる。
「私の格好は冒険者に見えないかしら。」
「あ、いえ、」
近付くとハッキリ分かる美女。
その美しさと、先程大木を倒した強さがちぐはぐで、美青年はなかなか事実を把握出来ず混乱した。
「遠くて見えなかったのね。でも、次から一声掛けてから助けるかどうか決めることをおすすめするわ。それでは。」
「あ、……申し訳ない、貴女の獲物を横取りしたようで……、これは貴女がお持ちに?」
「いいえ、貴方が倒したもの。貴方のものよ。……ッ、」
淑女として長年育てられた身体は、舌打ちすることを無意識に拒んだ。とても舌打ちしたい気持ちだったのだが、ベルフィーナはぐっと堪え、これ以上彼に八つ当たりするのを止める為、足早にその場を去る。
「あ、待っ……!」
引き止めようとする声は聞こえなかった振りをして。
その後、何体かグリズリーベアを見つけて倒したものの、やはり最初に見つけた、あの美青年に倒された個体は一際大きく立派だった。
「わぁ、流石です!どれも綺麗に倒されたグリズリーベアで、状態も新鮮ですし、ベル様は相当な空間魔術の使い手なんですね!」
マリーナはそう煽ててくれるものの、ベルフィーナは曖昧に笑う。あれがあったなら、もっとマリーナに誉めて貰えたかもしれなかったのに。
「それで、どうかしら。依頼は?」
「もちろん、十分です。グリズリーベアを10体も……、直ぐに中級へと上げます。あ、大丈夫ですよ、中級までは魔術を使える方でグリズリーベアを単独で倒せるなら、問題なく上げられますから。」
「そう、それなら良かった。」
にこにこと笑うマリーナの猫耳を見ると何だか癒される気もしたが、もやもやが残る。
少し飲みたい気分になったベルフィーナは、宿の夕食は空間収納に入れて、酒場へと向かうことにした。
物理だ。腹の底を渦巻くぐらぐらと身を焦がすような怒り恨みを拳に込めて叩き込むのだ。
ベルフィーナは大型魔物の討伐依頼を手に取り、受付へと向かう。
「オイオイ、おまえさん、分かってねぇなぁ。」
そんな声は足を止める理由にはならない。無視をして顔を引き攣らせたマリーナの元へ向かう。
「べ、ベル様……。」
「テメー聞いてんのか?ああ?」
「依頼を受けるには貴方の判子が必要なのよね?これをお願いするわ。」
「オイ、こら、無視かよ、」
「あの、グリズリーベアの討伐は、ポイントは高いですが上級向けでして、」
「熊でしょう?殴っただけで倒れる。」
ベルフィーナは空間収納から、森の中で倒したグリズリーベアを出した。突然現れた巨体、それも腹に大砲でも受けたかのように凹んだ体を見て、男もマリーナも静かになった。
そこでようやく男に気付いたように振り返り、拳を作りながらとても良い笑顔を浮かべ、
「それで、何かありがたい助言でも頂けるのかしら?」
「い、イエ……ナニモ……、」
そんなベルフィーナを、目元をひくつかせたマリーナは送り出す他の選択肢は無かった。ギルドのホールは、静寂で彼女を見送った。
グリズリーベアは、魔物となり正気を失った熊の事を指す。魔力を多く取り込む、すなわち、人間や同族である魔物をより殺した個体ほど強くなるのは一般魔物共通。鋭い爪や牙を持ち、二メートルを超えるグリズリーベアはその強者となりやすい恵まれた種類と言えるだろう。
ベルフィーナは空間魔術を駆使し、辺り一帯の強い魔力を放つ個体を感知して、そこへ一直線に向かう。帰り道は、マーキングした門を探れば迷う事もない。
そうして向かった先にいたのは、三メートルを優に越える、黒々とした毛皮のグリズリーベアだった。
艶々とした毛並みは高く売れそうだし、爪も何かの武器の素材になりそうだ。
グリズリーベアに向かって真っ直ぐ駆け、あえて音を立てて近づきながら拳に空気圧を溜める。
奴は狩猟者に気付いてグルルルと唸り声を上げて四つ脚で向かってきた。
ベルフィーナよりも数倍速いそのスピードを見れば、誰もが彼女は押し潰されるか、バラバラに飛び散ってしまうと思うだろう。
しかし、ベルフィーナは短距離転移はお手のもの。モーティス伯爵邸では忙しさのあまり食堂や湯船へ向かうのにも転移していたほどだ。ベルフィーナは知らないが、その技術は宮廷魔術師団の団長をも超える。
小さな獲物に嬉々として腕を振り上げたグリズリーベアを、十分に引きつけた後、背後に転移して一撃をお見舞いする――戦い慣れたスタイルを、不意に声をかけてきた人物によって崩された。
「危ないッ!」
その時、ベルフィーナは転移した瞬間だった。次にグリズリーベアの背後に現れたベルフィーナが見たのは、首を一直線に斬られ、跳ね飛ばされた、獲物の最期だった。
「大丈夫か?!」
拳に空気圧を溜めたままのベルフィーナは、呆気に取られた顔で、声をかけてきた人物を見上げた。
一房だけ水色の入った銀髪の、怜悧に整った美貌の男。
一瞬で移動した女を探したものの、無傷のベルフィーナを見つけてホッとしたように息を吐いた。あまり表情は動かないのか、僅かに感じ取れた安堵の顔。
「良かった。全く、こんなところに女性一人で何を……、」
そう言いかけた時、ドゴンと側にあった大木に衝撃が放たれ、ゆっくり、倒れた。
地響きするほどの太い幹を折ったのは、助けたと思った女性の、拳ひとつ。
「ええ、助けられたようね、私。」
行き場のない拳をひとまず放出したベルフィーナは、自然破壊した罪悪感をこの男に背負わせることにして、ジト目でその美貌を見つめる。
「私の格好は冒険者に見えないかしら。」
「あ、いえ、」
近付くとハッキリ分かる美女。
その美しさと、先程大木を倒した強さがちぐはぐで、美青年はなかなか事実を把握出来ず混乱した。
「遠くて見えなかったのね。でも、次から一声掛けてから助けるかどうか決めることをおすすめするわ。それでは。」
「あ、……申し訳ない、貴女の獲物を横取りしたようで……、これは貴女がお持ちに?」
「いいえ、貴方が倒したもの。貴方のものよ。……ッ、」
淑女として長年育てられた身体は、舌打ちすることを無意識に拒んだ。とても舌打ちしたい気持ちだったのだが、ベルフィーナはぐっと堪え、これ以上彼に八つ当たりするのを止める為、足早にその場を去る。
「あ、待っ……!」
引き止めようとする声は聞こえなかった振りをして。
その後、何体かグリズリーベアを見つけて倒したものの、やはり最初に見つけた、あの美青年に倒された個体は一際大きく立派だった。
「わぁ、流石です!どれも綺麗に倒されたグリズリーベアで、状態も新鮮ですし、ベル様は相当な空間魔術の使い手なんですね!」
マリーナはそう煽ててくれるものの、ベルフィーナは曖昧に笑う。あれがあったなら、もっとマリーナに誉めて貰えたかもしれなかったのに。
「それで、どうかしら。依頼は?」
「もちろん、十分です。グリズリーベアを10体も……、直ぐに中級へと上げます。あ、大丈夫ですよ、中級までは魔術を使える方でグリズリーベアを単独で倒せるなら、問題なく上げられますから。」
「そう、それなら良かった。」
にこにこと笑うマリーナの猫耳を見ると何だか癒される気もしたが、もやもやが残る。
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