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7日目の朝、王都に到着した一行はぞろぞろと専用の門から入っていく。
ベルフィーナは本来冒険者なので一般門を使用しなければならないのだが、レイヴィスに却下され、一緒に門をくぐることになった。
「……後ろの商人がベルを見ていたから、一般の方を使うと確実に絡まれるだろう。それが無くとも世話になった人を放り出すような真似は出来ない。」
「そうなの……ありがとう。」
街へと入れば、後は別行動だ。騎士団は王宮へ向かい、ベルフィーナは宿を探す。報告やらなにやらがあるらしく、三日後に、フラワードラゴンを商人へ渡すためまた会う約束をして別れた。
賑やかではちゃめちゃな騎士団と別れると、少しの寂しさと同時に、一人になってホッとする気持ちもある。
ダグラスに教えてもらった、女性人気の高い宿へ向かう。流石、多くの女性と仲良くしていそうなダグラスの勧めということもあり、多少高くとも綺麗でしっかりした宿だった。
ドラゴンの査定と売却にどれくらい掛かるか分からない為、三週間ほどの金を前払いする。元夫から巻き上げた金貨を父親に転送してもらったので余裕だ。
お互いに空間魔術の使い手なので出来る、物品の転移魔術で、手紙などを瞬時にやりとりする。その連絡速度はこの世界で最も速いだろう。通常であれば、冒険者ギルドを通じて向こうのギルドへ運んでもらい、そこからまたブランドン伯爵家宛に人をやって……とすると何週間かかることか。
「私とお父様で速達の仕事をするのもいいわね。」
皺一つなく整えられた真っ白なシーツに寝転び、ベルフィーナは久しぶりのベッドと静かな空間を楽しむ。段々と言動が貴族らしくなくなっていくのを自覚する。だって楽なんだもの。
元夫とベルフィーナの最後の対面の機会は二週間後と決まった。ブランドン伯爵家には血族のみ使える転移魔術陣が設置されているため、そこへ飛ぶだけで良い。
ただそれだとこちらへ戻ってこられない。行くまでに、どこか良い場所を見つけて魔術陣を設置しなければならない。
さて、これからどういう風に生活をたてていこうか。そう考えると、22歳のベルフィーナは、まだ間に合うだろうかと逡巡する。
いいや、間に合うはず。
結婚前には王宮付き魔術師や文官などと言った選択肢があったのに、一考もせず断った。あの時は結婚してめでたしコースしか見えていなかったのだ。
我ながら視野が狭過ぎた。
意図せずして鍛え上げられた空間魔術を活かすのもいいし、領主代行をするのも楽しそう。貴族の家庭教師をするのも新鮮かもしれない。そこにはもう、淑女らしくだとか、男性に好まれる職業だとかはもう関係ない。
結婚はもういい。一人で生きていく。もう男の顔色を窺って小さく背中を丸めるのは(丸めた事はない。気持ちの問題だ)、たくさんだ。
そうと決まれば職探し。冒険者は休日にでも続ける。……ストレス解消になるのだもの。
初めて来た隣国の王都セントラルは非常に大きく、そして整然としている。道は広く、王城を中心として放射線状に伸びており、そのお陰で迷いにくいらしい。来たばかりのベルフィーナにとっては、どこも似たような景色に見えてしまい逆に迷いやすそうだと感じた。
冒険者ギルドでは、職業斡旋も行っている。冒険者でなくても利用は出来るが、登録があって実績もある冒険者の方が信頼もされやすく、紹介される職も割の良いものになる。
そうして一つの職場に目を留めた。
「……レイだんちょー、ベルをどうする気?」
報告へ行った帰り、ダグラスはこちらを見もせず、つまらなさそうに言った。
「あんなに周りを威嚇して、もう手に入れたような顔をして。理由はわからないけどまだ彼女は傷付いているのに、無理矢理囲うつもり?」
「お前だって同じことをしていただろう。……囲うつもりなんてない。厄介な奴等に目をつけられないようにした、彼女のためだ。」
「オレは違う。優しく蕩けさせて甘やかしたいの。いーい?だんちょ、慣れてなくて不器用なのは分かるけど、一番大事なのは彼女の気持ちだ。オレだって我慢しているんだよ。」
ダグラスを見ると、いつもの飄々とした雰囲気はなく、真剣な、覚悟を決めた顔。……これはマズいな、と本能が警告する。
「いくらダグラスだろうと、私も譲る気は無い。勿論、誰だろうと。」
「……言ったね。オレも本気出す。」
そんな会話があったとは想像すらしていないベルフィーナは、次の日から早速薬屋で働いていた。薬師の元で、計量したり煮潰したりする雑用係で、それに慣れたら店頭の販売もできるようになる。
要領も頭の回転も良いベルフィーナは、馴染むのが早かった。料理をしていて良かったと思うのは、手先の器用さが発揮出来るから。
また、勝手に手順を省略しないし、計量も誤差なくきっちりとこなし、火の大きさ、かける時間も、一度言われれば確実に記憶した。
薬師であるエルフのヒルデも当然のように気に入って、二日目の時点で早くも信用していた。
「え?騎士団に?」
「そうよ。あなたの空間収納があれば荷台屋頼まなくてもいいのだもの。ほんと助かるわぁ!もちろん、給金ははずむわよ!」
黒いスケスケローブの似合う美女にニッコリと言われると、どうにも断れない圧が生じる。
荷台屋とは、手押しの荷台を引く業者であり、重たく嵩張るものや大量に運びたい時に頼む仕事人だ。
ヒルデのポーションは騎士団に卸しているらしく、荷台屋が必要なほど大量のポーションを空間収納にしまい、手ぶらでテクテクと向かうこととなった。
「まだ約束の日じゃないから気まずいんだけどなぁ……会わなきゃいいなぁ……」
ベルフィーナはぶつぶつと呟きつつ、王城の門番へヒルデの代理人としての証文を見せた。
「え?ヒルデさんところの?……品物は……」
「空間収納持ちです。証文の、ここにも記載されています」
「!失礼しました!すぐに担当をお呼びしますね。私はマイクです。ぜひ!お見知り置きを。」
「どうもご丁寧に。ベルです。マイクさん」
門兵のマイクはニカッと笑う。八重歯の可愛い青年だった。
ばたばたとやってきた担当者は、騎士団らしき隊服に身を包んではいるが幼さの残る少年だった。
「こ、こんにちは!見習い騎士のコリンです!」
「初めまして、ベルです。どちらに運べば?」
「ここここちらです!ついてきてください!」
ベルフィーナの美貌を間近に見たコリンはガチガチに上がっていた。歳の頃は18くらいだろうか。初々しさが眩しい。4年前はあんなだったかなとベルフィーナが微笑ましく思っている間に、王城を外回りに抜け、広い庭園を抜け、無骨な建物が見えてきた。
実のところ、ベルフィーナの空間把握能力を持ってすれば初見でも迷いなく騎士団に辿り着いてしまう。空間把握の魔術を使えば、頭の中に地図が描かれ、人の密集度、建物の外観などの情報を得られる為、迷子とは無縁。
ただ、迷いそうな王城で、初めてきた者が速攻辿り着くのも不審すぎる為、ベルフィーナは大人しくコリンについてきたのだった。
「こちらが、我が騎士団の宿舎兼鍛錬場です。入口がここで、奥に薬品庫があります」
「まぁ……結構、お嬢様方の見学も多くていらっしゃるのね」
ベルフィーナが見たのは、汗を流して鍛錬をする騎士たちを、遠目で応援する令嬢らだった。
気は散らないのかしら?と不思議に思っていると、コリンが苦笑する。
「お恥ずかしいことに、その、騎士団員の未婚率は高くて、離婚率も高いんですけど、縁が繋がるなら許可せざるを得ない、らしいです。僕はよく分かんないんですが」
「ああ……なる程。コリンさんも……?」
「へ?!ぼっ、僕ですか?!僕はまだそういうのは……!」
「ふふ、そうなんですね」
顔を真っ赤にするコリンは、まだ結婚を考えていなかったのだろう。
道すがら騎士団の未婚率が高いのは何故かと聞くと、大抵が貴族の次男や三男、平民の腕っぷしの強いものが入ってくる為、婚約者がいる方が稀。
そしてほぼ男所帯。女騎士もいるにはいるが、基本的に宿舎も訓練内容も違う。職務中の出会いはほぼ無い上、結婚するまで原則宿舎に寝泊まりすることを規程で決められている。
その障害を掻い潜り無事に結婚したとしても、騎士の仕事は夜間勤務だったり、突然の呼び出しも多く不規則。体力仕事なので家では寝ることに専念し、妻との会話も減ってしまい、余程我慢強い妻でないと婚姻を継続できない。尚、妻が愛人を作って寂しさを紛らわそうとしても、騎士の収入はそれほど多くはない。
怪我をしやすい職業でもある。負傷すればその介護が必要だし、欠損などの後遺症が残ればさらに厳しい。国から補助金は出るものの、本当に愛がなければ続かない。実際、怪我をして介護が必要となった途端に離縁される騎士もいるらしい。
平民の娘にも絶大な人気を誇る職業だが、現実的にはこういった理由で離縁してしまうケースは多い。
それでもここに令嬢が集まっているのは、騎士たちの見目が大変麗しいからだ。剣を振る姿は雄々しさを感じる。それは文官や、机仕事の貴族には無い逞しさ。……確かに、ベルフィーナの元夫にそのような男気は皆無であった。納得した。
騎士団の薬品庫には、さまざまな種類のポーションが置いてあった。ヒルデの薬屋には置いていない種類もあって、ベルフィーナは何となく覚えておいた。
予め箱に詰めておいたポーションをとん、とん、とん、とん、と積み上げていくと、そのあまりの多さにコリンは目を白黒させていた。
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