虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

53 アルバート side

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『ええ、絶対、リスティア様には、ぜ、絶対に、ティアラが、お似合いになりますのに……』

『そうだろうそうだろう。しかし、やはりアルファが二人もついているのが難儀だな。それも並のアルファではないのが、二人も』


 アルバートはその小さな声に、足を止めた。
 鍛錬のために校舎周りをぐるりと走っているところだった。五感の鋭いアルバートの耳に、『リスティア』の言葉はよく届いた。

 遠くに囀る鳥の鳴き声とも違う。もっと人間臭い、悪意のある言葉。
 聴覚を最大限に強化し、その現場へと音もなく近寄る。

 学園の庭師用の、小さな小屋。その物陰の、まさか人が入るなど想定していない、ぼうぼうに雑草の生えた場所で、見た顔の二人が密会をしていた。
 木の影から観察する。王子と、気弱を装った伯爵令息だ。二人の表情すら、アルバートにはくっきりと見えていた。


「殿下なら、あの、どちらか一人は相手取れると、おも、思いますけど……」

「そう、だろうか。あの二人は……いや、そうだな。しかし、賭けるよりも安全策を取りたい。クソッ、一人なら簡単だったろうに」

「リスティア様って、気が多いんですね……あっ!いえ、違います。さすが、王太子妃になるお方は違うな、と」


 王子が不機嫌な雰囲気を醸し出したのを察して、伯爵令息が慌てて媚を売る。


「リスティア様は、どうして、拒むのでしょう……あの方以外に王太子妃が務まるはずありませんのに」

「ああ。全くだ。しかし、やはり一度婚約解消をされた仲だと公的には厳しいな」

「諦めないで下さい、殿下。リスティア様が、わたしの用意した最優良の縁談も断ったのも、あの二人のうちどちらかを決めかねているのも、殿下に未練があるから、です。ええ、最初は愛妾でも、あの方なら確実に手腕を発揮し、成り上がりますから。ええ、ぜっ、絶対そうです。女神ですから!」

「それは否定しない。ふむ。やはり素直になれない奴なのだな……」


 アルバートは久しぶりに腸が煮え繰り返る思いをしていた。
 この二人は、末期だ。どうしようもない。
 叶う事なら広い海に飲み込まれて、藻屑になって底へ永遠に沈殿してもらいたい。

 それぞれ、リスティアの事など考えていない。リスティアは奴らの自己満足の供物ではないのに。









 それからは、ミカという伯爵令息に呼び止められても無視をした。辺境伯令息のアルバートは、殆ど侯爵令息に近い立場。無視をしても下位貴族の無礼によるものと見做される。
 ノエルにも聞いたことを共有し、リスティアを一人にしないよう徹底した。

 ミカに指示されたのか、アルバートに飛びつこうとするオメガ令息たち。

 当然、躱わす。そのまま疾風のように立ち去る。『あのっ……』などという言葉が聞こえてもアルバートは風。


 リスティアの側にいる時に話しかけられれば、急に触れ合いたくなる。むぐむぐと抵抗するリスティアを抱き込めたままあやすように頬をすり寄せ、二分、三分と経つうちに令息たちはすごすごと立ち去る。

 五分経っても諦めない令息には、官能小説を手渡してみた。他人の甘い逢瀬を邪魔するその根本は、欲求不満だと思ったのだ。思惑通り、大半は赤面して目を逸らし、そそくさと姿を消す。


 しかし、強かにも、諦めない令息がいた。


「あれはっ!アルバート様の好みのプレイということですか!?教えて下さってありがとうございます……っ!」


 と、リスティアの前で言う令息に、アルバートは携えても無い剣を抜きそうになった。


「アル……?え、どういうこと……?」


 そう怪訝にするリスティアに、アルバートは黙ってしまう。たまたまノエルも一緒にいて、その冷静な声が聞こえた。


「リスティア、アルバートが今、眉間を指圧しているでしょう。あれは、『そう意図していなかったのに、なんでこうなった』と考えている時の癖です。彼は無口故、よくこういう誤解を招いてましたからね……」


 そう解説してくれるノエルに、アルバートは感動した。ある意味敵とも言える立場なのに、仕方なさそうに、しかしアルバートの誤解を解いてくれている。……幼馴染の、強みだ。
 その声を聞いて、落ち着きを取り戻す。


「そうだ、ティア。俺は、不要な本を提供しただけのこと。普通、如何わしい本など貰えば嫌悪するだろうと思ったのだが」

「…………それは、そうですね……?ああ、でも、そうか」

「?」

「アルに貰ったのなら、こう言うのが好きなのだと、思ってしまうのかも……しれない」


 頬を染めるリスティアに、たまらなくなって抱きしめた。その間、完全放置されている令息は目に入らなかった。








 ちなみに渡した官能小説は、アルバートが閨に関して勉強をしようと思い、とにかくジャンル問わず大量購入した官能小説の一部だ。魔獣姦という特殊な癖のそれは、あまりに相容れなかったもの。ただ、そういう性癖が存在するという、社会勉強の一部に過ぎない。


 その令息が魔獣姦をアルバートの性癖だとしたのは不服だが、リスティアには全く違うということを説明し、納得してもらった。そもそも、それが性癖だとしてアルファはどの視点から見ればいいのか、アルバートには理解できない。魔獣になるのか?


 案の定、その彼は思わぬ扉を開いて脱落し、不本意ながらも、アルバートの想定通りとなったのだった。













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