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アレクサンダーの忙しい日は、代わりに従者のガイルが来る。
ガイルは昔映画で見た人造人間じみた男ーーおそらく走る時は肘を直角にするーーに似ており、ディディアを寮へ連れて行って扉の外で監視している。
監視というより護衛だ。非常に無口で強面だが目端の利くガイルは、ディディアに何故か心酔しており、聞いていないのに『今日の殿下の機嫌は晴れです』やら、『もう半刻で来られるでしょう』などと、アレクサンダーの行動予報(情報漏洩ともいう)をしてくれる。
今日は余程忙しいのか、『おそらく参られません』とのことだった。
そういう日は、ディディアはいつもより早めに湯船に浸かり、長風呂を決め込むことにしている。
“猫足湯船”は、ゲームの中でもかなりドロップ率の低いダンジョン産のアイテムだ。
白いつるんとした陶器の湯船に、かわいい真鍮の猫足がついているので、任意の場所へトコトコと歩いてくれる。明るい月を鑑賞しながら、ささやかな揺れが心地よいし、サイズも可変なためディディアの体をすっぽり覆うちょうど良さ。
そして【猫童子】のサクラがモニュモニュとヘッドスパを施し、その子分である【猫童孫】がサクラの指示を受けて、みゃあみゃあと手足のマッサージや爪先の手入れをしてくれる。
その果ては、シャンパンやチーズも運んできてくれるのだ。
寮で好き勝手な生活をする、ストレスフリーな環境のおかげで、ディディアの肌は健康に艶やき、透明感を増して、加速度的に磨かれていく。
「はぁ、気持ち良い。ああ……、溶ける……」
極楽ここに極まれり。ディディアは湯船に【清泉】をたっぷりと注いでいる。熱めに設定したこの湯には任意の効能があり、今日は【美肌と筋肉痛に効く】湯である。
好き勝手に生きてはいても、体型が崩れるのは好まないディディアは、運動だけは律儀にこなしていた。この湯に浸かれば、肌はとぅるとぅる、筋肉痛の来そうな肉体の疲れは急速に収まっていく。
なぜこんなアイテムが存在するのかと言うと、攻略対象と一緒にお風呂へ入るスチルが獲れるからである。しかし相当レベル上げをしなくてはならなかったので、獲れたスチルは王子×主人公のパターンのみだ。妹が狂喜乱舞していたのをよく覚えている。
ただ。
(アレクサンダーは僕の好みではなかったんだよね……、どちらかというとスタイリッシュマッチョなんだ。レイヴンは細マッチョ、騎士団長令息はゴリマッチョで、宰相令息はヒョロすぎて論外だし)
ディディアの好みを言い表すとしたなら、無駄な肉の削ぎ落とされた、『鋼マッチョ』を希望したい。
それは決してグランプリ用ではなく、実戦に基づいて必要な場所が必要なだけ鍛えられた、野性の筋肉なほど好ましい。
(そういえば、裏キャラクター、出したかったな……)
頑張って主人公のレベルを上げまくっていたのは、それが目的である。何故なら、裏キャラクターのシルエットだけ見れば、その体型は唾を飲み込むほどよろしかった。そればっかりは妹の好みではなく、兄の勝手である。
顔はついていれば良い。己の甘さを許さない、鋼のような肉体は、一日中鑑賞していたって飽きないはずだ。
ちなみにディディア自身の体型は柳肩のスタイリッシュ細身であり、筋肉は薄め。そのため、人の身体に文句を言える立場ではない。
(僕も鍛えよう。いつか鋼マッチョとお風呂に入る機会があるかもしれないし、あんまり細いと恥ずかしい)
と、ぽやぽやと月夜を眺めていれば、フッ、と一瞬明かりが落ちる。
はて?と首を傾げた次の瞬間、目の前にアレクサンダーが現れて息が止まった。
「~~~ッ!?」
「やあ、絶景かな」
「なっ!?」
あまりに驚きすぎたディディアは、咄嗟に湯を大量に浴びせてしまった。
ずぶ濡れとなったアレクサンダーは、ぱちくりと目を瞬かせている。
「すっ、すみません……っ、というか、どうやって入ったのですか!?」
慌てて裸にローブを巻き付けた。ちゃんと部屋には【結界】を張っており、これ以上なくだらりと安心しきっていたのだ。
「うん?あぁ、私はね、他者の結界とか妨害とか魔術による攻撃などは、無効化出来るんだよ。便利だよね、スキルって」
「いや、ええと、ノックさえしていただければ良い話なんですが!?ガイルさあんっ!」
しかしそのディディアの唇の前に、アレクサンダーの指が押し当てられる。『しぃーっ』の指だ。
「えー、だって、気になったから。素敵に隙のない結界が施されているし。それにこのお湯、とても気持ちがいいね!私も入って良いかな?というか入るね?」
「もう……好きにしてください」
「わーい!ありがとう」
自由奔放なアレクサンダーに、なす術もない。
バスローブを着込んだディディアと逆に、アレクサンダーはさらりさらりと脱いでいく。少々の緊張感を誤魔化しながら、ディディアは猫足湯船を大きめに広げ、新しく温泉を注ぎ直した。
(男同士なんだ。緊張する必要はないのに……あ)
よく見れば、アレクサンダーの顔には疲れが浮かんでいる。目の下にうっすら入った隈や瞳の暗さ。しかし気取られないようにか、常に笑顔を浮かべている。
きっと想像に絶するほど忙しい中、会いにきてくれているのか。少しじんと感動するような思いで、そっと【癒し】効果を高めた湯を用意した。
国のために日々働く王子を癒すのは、悪いことではないはずだ。どうせスキルのほとんどがバレている。
「ふう……ありがとう。じゃあもうひとつ、ディアには真実の姿を教えてあげるね」
「?」
「ああ、気持ちいい」
湯船へ浸かったアレクサンダーは、パチンという音で、姿が一変する。
「は…………っ?」
これまでの姿は偽りの姿だったのか。
アレクサンダーの王子然とした顔はそのまま、屈強な肉体へと様変わりしていた。
ディディアは目が離せない。
艶めいた黒髪は長く伸びて、全体的に、致死量の色気が溢れている。まるで死線を幾度も潜り抜けたような、戦闘狂の身体だ。
絶句し動けないディディアを揶揄うように、アレクサンダーはくつくつと笑った。
「ああ、肉体美が好きなんだっけ?どうかな、ディア。触って確認してごらん。君ならいいよ」
アレクサンダーはディディアの手をとり、そのふっくらとした胸へ押し当て、揉ませた。柔らかい。ぷにぷにとした弾力と大きさは、まさしく雄っぱいだ。
「はふ……」
「君の手はなめらかですべすべで、気持ちいいね。それに白くて綺麗だ。爪なんか、桜貝のようにぴかぴかじゃないか?」
今度はそれを頬へ持っていかせる。手のひらの感触を楽しむように微笑む、色気の暴力。その色気の化身が、『好きにしていい』とばかりに触らせている。
ディディアはぱくぱくと呼吸を忘れて、真っ赤になってしまった。
「はは、可愛い。ディア。私と結婚したら、これを鑑賞して良し、触って良し、使って良しだよ?」
「つ、使……っ!?」
「あはは、どうやらお気に召していただけたようだ。もっとサービスしてあげ」
「……し!失礼しますっ!」
耐えられなくなったディディアは、逃げた。
どうして、ここは自室なのに。
と悔しく思いながら、使っていない従者部屋に閉じこもって、素数をひたすら数えたのだった。
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