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こちらをチラチラと気にしている風なのは分かっていた。
それでも視界から追い出すようにしていたのに、レイヴンは、ついに我慢できなくなったらしい。
ディディアの銀髪をくるくると弄んで楽しそうなアレクサンダーに、『殿下、お話が』と話しかけてきた。
もれなくラシェルもちょこんと付いてきて、レイヴンの影から地味にギリギリと、ディディアを睨みつけていた。
「なにかな、レイヴン?」
「その……手紙でもお伝えしましたように、私たちとディディアは、和解をしました。ですので……彼にこれ以上時間を使うのは、勿体無いことかと」
「それは私が判断することだ、レイヴン。私の時間の使い方を、君が指導するのかな?うん?諫言、とでも?」
「は、はい!これは、殿下のためを思ってのことです!」
「本当に、そうだろうか?私には、ディアをぽっと出の私に取られて、嫉妬に狂っているようにしか見えないんだよね」
「ディア、とは……!?そんなことはありえません……っ!ご冗談を!」
レイヴンは声を張り上げた。顔を赤くし、額に青筋を立て、分かりやすくムキになっている。
(アレクサンダー様、おかしなことを言っているなぁ。レイヴンは僕のことが嫌いでしかないのに)
実際にレイヴンは、憎さ余ってディディアを殴っている。だからおかしい。嫉妬というものは、好意から来るものだ。
それにしても、レイヴンの望み通り、一度も視界に入れないくらいには距離を取ってやっているのに、なぜわざわざ絡んでくるのか。
(……そうか、嫌がらせか。僕が彼を好きだった頃、散々絡みに行っていたから。その時の不快な思いを今、逆に味合わせてやろうと思っているのかな)
かつてのディディアは好きで絡みに行っていた。しかしレイヴンは嫌いなのにわざわざ、ディディアを不快にするために。大変結構なことである。よほど暇なのだろうか。
鼻息を荒くさせるレイヴンを宥めるように、ラシェルが腕を摩っている。ふるふると首を横にふり、そして意を決したかのように、顔を上げた。
「殿下っ!どうか、お目をお覚まし下さいっ……!ディディア様は、ボクとお友達にもなってくれなくて……っ、冷たいお方なんです!」
「おや、ポルカ子爵令息。私が寝惚けているとでも?この一国の王太子たる私が。それにディディアが冷たい?柔らかくて温かいの間違いではなく?」
(柔らかいは余計なんですが……)
ディディアはやはり鍛錬しなければと決意する。そんなディディアの余裕にも気付かず、ラシェルはますます懸命に言い募った。
「……い、いえっ!そのっ…………心配なんです……っ!殿下がこの後、傷心なさるかもしれないと……!」
「君に、関係、あるかい?私の親兄弟でも、乳母でも側近でも親友でも、何でもないよね?」
アレクサンダーはディディアの髪を名残惜しそうに手離すと、立ち上がった。
グッ、と教室を天井から押し潰しているかのように、凄まじい威圧感がラシェルたちを襲う。
そんな中、ディディアだけがけろりとしていた。
呑気に顎へ手をやり、美しい百合のような姿勢で考え事をしていた。
(う~ん……アレクサンダー様、ああいう『心配』に見せかけて行動を誘導しようって奴、すっごく嫌いそう……)
そうディディアが思ったのも自然なことだった。本来“心配”とは、家族や近しい人間に心を配ることであり、無関係のラシェルが王族たるアレクサンダーを心配するなど、鼠が獅子を心配するようなものである。
人のことより自分を心配すべきだ。獅子に食われないように。
「うぅん、君を見るたびに食欲が失せるんだよね、ポルカ子爵令息。没落寸前の家からディアの家に逃げ込んで庇護を受けながら、嘘と偽りの言葉で侯爵家を引っ掻き回して、まるで汚染するヘドロみたいだ」
「!」
「レイヴン、君もだよ。見る目が腐り落ちた君は、そこの彼と二人で仲良く人知れず、側溝でいちゃついていればいい。側近として不要だよ。ディアに愛されておきながらけしから……いや、もうディアの寵愛は私のものだから」
「そんな!殿下、ディディアはスキル無しですよ!?正気ですか!?」
そう叫ぶレイヴンを、アレクサンダーは迷いなく腕を振り上げ、頬を張った。
バシン!!
全くの躊躇も無く、予備動作は素早すぎて、誰も反応出来ない。
ディディアだけが知っている、アレクサンダーの肉体。鍛え上げられた体躯から繰り出される本気の張り手は、レイヴンの頬を殴打するだけでなく、体すら回転させ宙に浮かせた。
「「「「「!?」」」」」
バコンッ!ガシャンッ……ガタガタガタ……
「おや、思ったより軟弱だったね。大丈夫だよ、後で治してあげるから。でもね、ディアを貶めるのは許さない」
「「「ーーーーっ!?」」」
「それに私の正気を疑うなんて、偉くなったものだね。ひどく濁った嫉妬をしておいて……て、もう聞こえていないか」
教室中が息を飲む中、ディディアは冷たく視線をやる。かつてディディアを叩いたレイヴンは、いまや白目を剥いて、疲れ切った踊り子のように倒れていた。
ラシェルは悲鳴を上げ、レイヴンに取り縋る。
「れ、レイヴン様……っ!酷い……っ!ひどいですぅ……っ!ひどいですっ、ディディア様……っ!」
(いや、何故僕?)
華麗にスピンを決めさせたのはアレクサンダーである。
さめざめと泣き出す姿は悲壮感たっぷりだが、誰も動かない。
それもそのはずで、普通、王族は自分の手は使わない。罰するとしても部下に命じてのこと。
それなのに、今しがたレイヴンは王太子から直接の鉄槌を下されたのだ。それはもはや、“この人物は王家に必要ではない”と、レイヴンを育て上げた家門ごと切り捨てられたも同然の事実。
そんなレイヴンと、親しくする危険性。
ラシェルは分からないだろう。子爵令息としてさえ十分な教育を履修しているとは言えない、能天気な彼は。現にこれまでラシェルとよく話していた、宰相令息や騎士団長令息は、気配を消して空気と化している。
ゾッとするほどニコニコと笑っているアレクサンダーだけが、ガタガタ震えるラシェルへ近付いた。
「君。ポルカ子爵令息の君。子爵家の没落は私がほんの小指で押しただけで、確定する。そうなったら君の身分はどうなるか、わかるかな?」
「……で、ですが!ボクは侯爵家の養子に……」
「なれるかなぁ……?ふふ、どうだろうね。賭けてみるかい?」
(え、なれるんじゃないの?)
ディディアが小首を傾げるより前に、ラシェルは普段とは打って変わって機敏な動きで、一目散に逃げていった。
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