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15 王城、侯爵家は
「ですから、ラシェルとディディアを間違えていらっしゃると思ったのです。スキル無しがディディアで、【治癒】の使える方がラシェルでして」
アイリーンがやってきたのは、アレクサンダー王太子の部屋である。今は学園へ行っており不在だと、何回繰り返しても諦めない。
留守を預かっている侍従ガイルは、半目になりながら、それでも侯爵夫人に対する礼節は弁えつつ、退けなければならなかった。
「ええ、ええ、そうですね。ですから、間違っていません。王室からの手紙に誤りがあるなど許されませんので、私めがちゃんと何回も確認して……」
「もしかしてあなた?あなたが代筆したのね?じゃあ貴方が間違えたのよ、そうに決まっていますわ。ちゃんと書き直してもう一度出してくださる?ラシェルは素晴らしい良い子ですからね、一度の間違いは許して差し上げますわ。一度だけよ」
「代筆はしましたが、私はこの任務について十年です。間違いはありません、文面の通りです!」
(だめだこのオバサン。話、通じない)
ガイルは出来る侍従である。アレクサンダーがディディアを口説くのに夢中であることを知っている。
そんなディディアの関わる話であるから、アレクサンダーは根掘り葉掘り聞くに違いなかった。後にアレクサンダーへの土産話にするため、これほど荒ぶる理由を聞き出すことにした。
「どうか落ち着いて下さい。ラシェルという方はどのようなお方で、どうアレクサンダー殿下に貢献されるとお考えなのでしょう?」
「もう一度言いますけれども、ラシェルはね、自分で没落しかけの実家を出て、私たちに助けを求められる、つまり先見の目のある有望な子なの。優しいがあまりディディアなどにいじめられてしまったけれど、もうレイヴン・オランジュ公爵令息と婚約したから、心配なさらず。最近ようやく笑顔になれましたのよ。【治癒】と可愛い笑顔で、殿下の癒しになるに決まってるじゃない!」
(関係ない話が多すぎる上に、すでにディディア様に癒されまくっているので間に合ってます……)
ガイルは、普段の恐ろしさが溶けきりデレデレになって帰城する主上を思い浮かべた。
誰か別人に乗り移られたかと疑いたくなるほど、アレクサンダーは幸せの小花を撒き散らしているのである。逆に怖い。
「そ、そうですか。他は」
「小憎たらしいディディアなんかとは違って、ラシェルはわたくしに殊更懐いているの。なんて母思いの子なの!ショッピングするのも、観劇をするのも、あの子がいれば気持ち良い一日になる。素晴らしいでしょう?」
「はぁ」
(普通、側近と買い物も観劇もしない。ディディア様は例外として)
主上は外堀を埋めるために側近にするだけだ。その枠に、ラシェルとやらが入ることは永遠に無いのである。
「ネックレスの貸し借りなんてのも出来るわ。最新のものをよく知っているから流行に乗り遅れることもないし、男を見る目もある。この間なんかは素敵な人を連れてきてくれて……きゃっ」
夫人は突然ぶるりと震えた。背後を見るも、誰もいない。途絶えた会話から、夫人は愛人でも紹介されたのではないかと、ガイルは推測した。
(叩けば色々と出そうな……ふむ)
「あらやだ、なんだか悪寒がするわ。風邪かしら……。もうそろそろお暇するわね。くれぐれも訂正はお早くするよう、ごめんあそばせ」
アイリーンは休養を取るべくせかせかと去っていく。すると入れ違いのように、観葉植物の影からぬうっと出てきた男がいた。
*
ラシェルは急いでいた。
レイヴンとの婚約は、ラシェルがファントム侯爵家へ養子に入ることが前提で結ばれている。今は『行儀作法の教育中』ということで先の予定となっているのだが、侯爵へ巧みに取り入り早めてもらう計画だった。
しかしあのアレクサンダーという恐ろしい殿下の口ぶりが、ラシェルの焦燥感を煽る。何か吹き込まれているのなら早々に把握し、誤解を解かなければならない。
「ただいま帰りました!……おじさまは?」
「ラシェル様。旦那様は王城へ向かったようですよ」
「え!王城に?」
「ええ、そうです。お戻りは遅いと思われます」
帰宅したらラシェルを、顔だけは美麗な侍従たちが出迎える。怪しい手つきでラシェルの細腕を掴むと、そのブラウスを勝手知ったるがごとくするする脱がせていく。
「あっ……あん!も、もう!そんな場合じゃないのにぃ」
「そんなことを言って。お勉強、しなくちゃいけないでしょう?今日は俺の番ですから」
「ああん♡」
侍従たちに恭しく脱がされたラシェルは、もう何を焦っていたのか忘れてしまった。目の前に聳り立つ立派なものに、奉仕する『お勉強』をしなくちゃならない。
文字ばかりを追う勉強とは違って、こちらの勉強は気持ちが良い上に、たくさん褒められる。ラシェルの体はとても具合が良いと、侍従たちが喜んでくれるのも嬉しい。
愛でられるのはとても気分がいいので、ディディアから奪った金で美形を多数雇った。たまに侯爵夫人にも貸してやるのだが、『やっぱりラシェル様が一番です』と言われるので、やれやれ仕方ない。
レイヴンとの初夜を迎える準備は、万端だった。
*
アイリーンとガイルの話を聞いていたファントム侯爵は、怒りを堪えながら冷静な侯爵の仮面をつけることにした。
然るべき時まで、ラシェルとアイリーンを、泳がせるのだ。
さきほど、アレクサンダー王太子の侍従ガイルと話をした。確実に二人────養子を考えるほど可愛い甥っ子と妻────は意図的にディディアを貶めるべく動いているというのは、ガイルも同様の意見。
そのため、証拠を集めるために協力してくれるらしい。やはりディディアは、王太子に溺愛と言っても良いほどの寵愛を受けていた。
裏切りによる衝撃と憤怒が混ざり、侯爵の心中は嵐のように荒れていた。魂の抜けたような侯爵が屋敷へそーっと帰れば、ラシェルは侍従と享楽に耽っており、ファントム侯爵は何かを言う気力さえ失った。
一度にたくさんのことがありすぎて、怒鳴ったり叱ったりするエネルギーはもうどこにもなかったのだ。
(平気な顔でレイヴン殿を裏切っている。まるで悪魔だ。ディディアは……あれほど一途だったのに、気付いてやれなかった)
追い出すべき人物を間違えていたことに、今更ながら気付いてしまった。
後悔してもしきれない侯爵は、一人執務室で拳を握りしめたのだった。
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