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レイヴンの実家はオランジュ公爵家であり、王太子直々に制裁を受けたとして、関連する事業は大打撃を受けた。
その補填のためか、領地をあちこち切り売りしているらしい。
ディディアはその隙を逃さず、オランジュ公爵家の持っていた雪山地帯を丸ごといただいた。
買い取る資金はゲーム中に稼いだ金が【貯蔵庫】に腐るほど余っていたので、それを充てるつもりだったのだが、公爵家の方から『レイヴンが傷つけた慰謝料に』と、ぽんと受け渡してくれた。もちろん歯の治療費(自力で治した)とは別に。
(アレクサンダー様が、レイヴンを叱ってくれたおかげだ)
あの時は細身に擬態中のアレクサンダーの背中が、やけに大きく見えた。一方レイヴンはバッサリとやりこめられて、きっと誰の目から見ても、終わった。
おそらくオランジュ公爵は、少しでもそのイメージ回復を計りたかったと思われる。
(家としては対応せざるを得ないもの。今更だけど)
レイヴンは婚約中ラシェルばかり庇い、階段から落ちるディディアを見ても微動だにしなかった。
婚約解消後は勝手な早とちりで、歯が折れるほどの暴行を加えて。なぜあんな男が好きだったのか分からないくらい、貶めてきて。
アレクサンダーに張り飛ばされた姿を見た時に、ディディアの中のレイヴン像も、完全に終わったのだった。
「うわぁ…………すごい…………」
人の黒歴史的恋愛失敗談など、この雄大な自然の中では哀れなほどちっぽけで、ぷちっと指で潰してしまえるほど小さきもの。
年がら年中大吹雪のこの雪山は、オランジュ公爵家も持て余していたに違いなかった。人が住むことも、何かお宝を発掘することもできない、ただ呼吸するのも厳しい寒さ。息を吸うたび小さな氷の棘がちくちくと、喉や肺を攻撃するようだ。
しかしディディアには【清泉の守人】スキルがある。これはつまり、銭湯の番台、それの上位置換スキルだ。
何故主人公がこんなスキルに育つのか。あけすけに言えば攻略対象をあの手この手で温泉に浸からせたり、着流しツーショットやえっちなハプニング的なスチルを得る為である。なのだが、現実の今ではかなり応用の効く便利なスキルであったので、公式に感謝をした。
【温熱ヴェール】(カイロ代わり)を纏っていれば、あたたかい半纏を着たように快適温度で歩み進める。
これはアレクサンダーに押し付けられた魔術士ランセムにもかけてあげた。彼は『殿下を連れてきても良いか?』という観点で、安全性を確認する係だ。基本的には手を出さないという約束である。
「ありがとうございます。ぽかぽかですね」
「いえいえ。凍傷にならない最低限ですから。おっと」
ディディアの前に現れた白い影が、襲ってくる。
人間は生きにくいくせに、雪山にしか生息しない危険な魔物は、うじゃうじゃと生息していた。
バリバリッ……トスッ!
スノージャガーを流れるように仕留め、【貯蔵庫】へすうっと保管したディディアを、魔術士ランセムは呆れ顔で見ていた。
「それって、あの、もしや、毛皮が金貨百枚もする、剥製ならその何倍も値打ちのある……」
「よくご存知ですね。そうです、なので綺麗に仕留めておきました」
「あの、そんな簡単な訳ないですからね?ぬいぐるみじゃないんですから。この最上級エリートなぼくでも良く見えなかったのですが?」
「ふふ、【雷撃】で痺れさせて【魔矢】で貫いています。どちらも目に見えないので難しいですね」
“守人”と付くだけあって、攻撃に転じるスキルも扱える。スタンガン代わりの【雷撃】と、魔力しか消費しなくて済むエコな【魔矢】はとても扱いやすい攻撃スキルだ。
また、付与魔術のかけられた魔剣もいくつかある。握ってみれば身体が勝手に動いて【剣術】スキルを発動するのだが、少なからず汚れてしまうので最終手段に残してあった。
雪山での魔物討伐は難易度が高い分、素材の売却益はかなりのものとなる。内心の高笑いは止まらない。表には出さないが。
「しかし、よくこんな危険なところを欲しましたね。物好きと言われませんか?」
「ランセムさんが言ってくれたら初めて言われることになりますね。僕、友だち居ないので」
「ァア――――――――ごめんなさい」
軽口を叩いていたランセムは素直に謝っていた。反応速度は素晴らしいものがあった。流石、自分でもエリート魔術士というだけはある。
ランセムはディディアの足を引っ張ることもなく、スイスイとついてくる。最高の雪景色を拝むため、ディディアの脚は無自覚のうちに強化されて早まっていた。並の魔術士ならついていけないだろうな、とランセムが考えているのには気付かず、ディディアはついに絶景スポットを発見した。
(ここがご褒美山頂ポイント……!)
【清泉の守人】までスキルをランクアップさせると、解放されるワープポイント。ここへは初めて来るため、ようやくこれでワープ出来るようになる。
ディディアはそこに、【清泉作成】を行使した。あの父親ですら惜しんだ膨大な魔力を、根こそぎ注ぎ込む。
「うわぁぁあぁぁッ…………」
叫んでいるのは、巻き込まれたランセムだ。濃密な魔力の奔流が、山全体を包み、弾けている。
ディディアも目を開けられないほどの風。それがフッと止んで、恐る恐る瞼を開ける。
猛吹雪は止み、粉雪がはらはらと、幻想的に舞い落ちていた。そしてその地面には、湯気の立つ温泉が、そこらじゅうに広がっていたのだ。
(これこれ。寒い中での温泉!)
「……はいっ!?何これ!?どう言う!?何事なんすか!?」
ランセムがわぁわぁと騒いでいるが、気にしない。近くにドン、と【拠点】を建て、随所に【聖蜜柑】やら【聖桃】やら、樹木を植えていく。それが衝立となって、温泉に入る際の目隠しをしてくれる他、魔物避けにもなるのだ。
【猫童子】のサクラを呼び出して、快適な居住空間を整えさせるよう指示をした。彼女が動きやすいよう、たくさんの【猫童孫】も解き放つ。にゃあにゃあ、みゃうみゃうと散開する猫たちが可愛くて勇ましい。
「【結界】と、【防音】と、それから【隠蔽】もね。吹雪が止んだから、傭兵たちも入ってくるかもしれない。ここは僕の許可した人しか入れないようにしたいんだ」
「わかったですニャ。そちらのお客はどうするニャ?」
サクラに見つめられたランセムは、ぱくぱくと鯉のような動きをしている。おかしな人だなぁ、と思いながら、『第一号の許可者かな』と言いかけた瞬間、ぱっとランセムが消えた。
「あれ?逃げた……?まいいか」
あとのことはじっくり考えれば良い。ディディアは細かなことはサクラに任せて、ウキウキと服を脱ぐと、熱さ満点の温泉へ足を入れた。
「くぅぅ~~っ……!気持ちいい……!」
やはり、寒気の中の温泉は格別である。
少し冷えた爪先から、毛細血管がぶわっと広がって痺れていく快感。熱めの湯に肩まで浸かって数分もすれば、ディディアの白い肌は桃色に染まってポカポカしていた。
十分に温まると、気の利く猫童孫がトテトテと、黄金卵のアイスを持ってきてくれた。
「そういえばご主人。周囲を捜索したニャ。この山、ミスリルの鉱脈が埋まってるみたいニャ」
「わぁ、それはいいねぇ……!拠点でゆったりしながら、人にミスリル掘らせて、魔物も狩らせて、一儲け出来そう~」
「楽しそうなことを呟いているね。混ざってもいいかい?」
「!!」
にっこりと微笑む美丈夫がいた。ランセムが、アレクサンダーを転移で送り込んだようだ。
ディディアの反応が遅れている隙に、アレクサンダーは本来の肉体へ戻りつつ手早く服を脱ぐ。止める間もなく、同じ湯に入ってきたのだ。
「ああ、流石はディア。これは良い保養地だな」
「あわわ、なっ……あっ……、うわ、ちょっと……!」
色気の滴り落ちるようなアレクサンダーが、裸の腰を抱いてくる。白濁したとろみのある湯の中で、屈強な身体に囚われていた。ディディアは思わず目元を手で覆い隠す。
「どうしたんだい?君の夢だったろう、こういうシチュエーションで、こんな男の体を眺めるのは」
「いや……あの……自分は壁とか、縁石になっているつもりだったので……こんな……」
こんな至近距離は想定していない。さぁ鑑賞しろと言わんばかりのアレクサンダーは、そっとディディアの手を外させ、自身の身体に抱き付かせた。
ディディア好みの体であることを、存分に活用する気だ。
「前にも言ったけれど、眺めるだけじゃなく、触っていいし使っていいんだよ?私の身体は全て、君のものだ」
「だから、使うというのは……っ」
「興味ないかな?こういうのは」
アレクサンダーの顔が近付いてくる。は、と息を止めた瞬間、頬に柔らかいものが触れた。それから目がパチリと合う。
深紅の瞳は甘くどろりと溶けた。そしてまた近付き、今度は顎に、首筋に、鎖骨に、ふにふにとした唇が押し当てられている。
「ん……っ、んぅ、あ、アレクサンダーさま、くすぐった……っ」
碌な抵抗も出来ない。心臓が千切れそうなほど暴れ出しているのに、ディディアの身体からは力が抜けきり、ふにゃふにゃになってしまう。
「そう?それじゃ――ここがいい?」
両頬を手で挟み込まれ、唇が唇へ落ちてきた。ディディアの背中は縁石に押し付けられて、どんどん覆い被さられる。
「んっ……ふ、ぁ、あっ、……ぅっ……」
二人の息は荒く、熱くなっていった。気持ち良さしか考えられない。もっと気持ち良くなりたい。
そう期待してうっすら目を開けると、獰猛な瞳がディディアを食い尽くそうと輝いていた。腰の奥がキュンと締まる。
しかし。アレクサンダーは突然『うっ、』と呻く。そしてちゃぷん、と湯船から姿を消したのだ。
「……えっ………………ええええ!?」
決して湯だけのせいではない火照った身体で、取り残されてしまった。
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