同室のアイツが俺のシャワータイムを侵略してくるんだが

カシナシ

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 とある侯爵家からの紹介と、お嬢さん本人からの強い希望があったみたいで、休日に実家へと帰った。

 親父には『ついにお前の念願の、レディーからの申し出だ!』と背中をバンバン叩かれた。痛いっての。

 俺もかねてより心待ちにしていた縁談なのだが、……なんとなく、足が重い。原因不明。やっと女の子が来てくれたっていうのに、なんでだろう……?

 今日は縁談というより、婚約を打診する前段階の、お試しみたいなもの。だから気軽な『お茶会』の形式なんだけど……。





 茶室へ向かえば、そこにいたのは、先日庇った栗色の髪の女の子だった。今日はティアラ風の編み込みを繊細なレースで飾りつけて、とても可愛い。

 緊張しているのか、俺の入室にびくりと肩を揺らして立ち上がりかけたので、手で制して落ち着かせる。


「お待たせしました。またお会い出来ましたね」

「こっ、こんにちは!突然の申し出をしてしまい、申し訳ありません。驚かれましたよね?アクア様」

「レイジーンでいいですよ」

「レイジーン様!わたしのことはマリーと」

「マリー嬢、ですね。今日はわざわざいらして下さりありがとうございます」



 この時点で俺は最低なことに、ちょっと疲れていた。

 だって女の子とお話し慣れてないから!……だよね?


 綺麗に見える愛想笑いを浮かべると、マリー嬢は照れたように俯き、しきりに頬を押さえている。


「レイジーン様に庇って頂いた時、本当にとても素敵でした!その、お怪我の方は……?」

「全く問題ないですよ。腕の良い薬師に治して頂きましたから」


 良かった……と胸を抑えるマリー嬢。本当は違うけど、言えない。薬師って本当に俺の水魔術なんかより凄いしね。


「今日はその、えっと、パリス侯爵令嬢も後押しして下さって、わたし、レイジーン様となら、穏やかで優しい家庭が築けると思ったんです……!」

「……ええと、でも、今の時点で俺はなんの爵位も受け継ぐ予定はなくてですね……」

「はい、知っています。でも、レイジーン様なら騎士爵を授かれるでしょう?わたし、大丈夫です。あんまり社交は得意でもありませんし、ドレスも安いので構いません。嫁ぐまでに家事が出来るようにしておきます!貴方をお支えしたいんです」



 手を組み合わせて、潤む瞳で見上げられると……なんでだか、ロドリックの姿が頭にチラついた。

『お前が結婚……?私より先にか?』と、ロドリックが悔しむような気がして。


 いやいや、せっかく女の子から、それも可愛い女の子から婚約を打診されたんだぞ?デートくらいしてみてから判断……じゃだめかな?正直結婚や婚約なんて、ふわふわと現実味がない。

 結婚して、騎士として養って?家に帰ったらマリー嬢がいて?……いや、俺、騎士寮でしばらく鍛えるのに専念したいな……。彼女のことまで気を遣える気がしない。


 そこで内なる俺が言う。


『断ることが明白なら、余計な期待をさせない方がいい』と。


 ああ、だからロドリックは、女の子たちへの対応が冷たいのか。突然そう腑に落ちた。

 だからと言って、急に冷たくは出来ないけど、この婚約はオススメしないことを遠回しに伝えよう。



「その……、騎士の家族となると、マリー嬢のお家の生活レベルとは違うと思いますよ?要らない苦労をさせることになるかと」

「全く構いません。わたし、レイジーン様のためなら頑張れますっ!その……子作りの方も……」


 ぽぽぽ、と頬を赤めるマリー嬢につられて、俺も赤面してしまった。な、なんて大胆な事を言う……!

 子作りって。その、あれだろう。あれをあれしてあれするんだろ?

 ……全く想像できなかった。

 その言葉はおそらく、俺へクリティカルヒットを放ち、頭の中を桃色で染め上げるのに十分な威力だったと言うのに。


 広がったのは、お花畑で子猫を可愛がる俺。


 そして画面は切り替わって、ロドリックの腕に抱かれる俺。


 ……待って?ちょっと待って?んんんっ??

 なんでお前出てきたっ?


「わたし、結構手先が器用なので刺繍は自信があります。見ていただけました?あれはその、いつも持ち歩いているハンカチには全部してありまして」

「あっ、全部に……、素晴らしい刺繍でした。洗ったのでお返ししますね」

「い、いいえ!あの、ぜひそのまま受け取ってください!家にたくさんありますので」



 マリー嬢は熱心に俺へアピールしてくれたが、俺はそれどころじゃなかった。


 俺、なんでロドリックを思い浮かべたんだ?


 諦めかけていたくらい切望していた、可愛い女の子が、目の前にいるというのに。

 彼女がいい子であればあるほど、かえって俺は『俺じゃだめだ。この子を傷つけちゃいけない、早く断らなきゃ』という思いでいっぱいになった。











 なんとか彼女が帰ると、すぐに断るよう親父へと伝える。

 髭面の親父がポカンとしていた。


「どうしたんだ、レイジーン。お前、せっかくのチャンスだろう?」

「ううん……俺には勿体無い子だったよ。俺、あの子を幸せにしてあげられない。……俺に婚約なんて、早かったみたいだ」

「……レイジーン……いや……男からの婚約打診は山ほど来ているのだが」

「嫌だ!!」

「まったく困った子だなぁ、もう」


 俺はぷりぷりしながら寮へ帰った。男と婚約なんて、無理に決まってる!

 ……いや、でも?

 ロドリックくらい頼り甲斐があって、格好良くて、優しかったら、なくはないかもしれない。俺のこと、タダ働きさせはしないだろうし。


 俺ってば、ロドリックのことばっかり考えている気がするな……。











「ただいまー!」


 部屋の扉を開けると、立ち尽くしたままのロドリックがいた。どうしたんだ?

 随分と美形な彫像のようだ。前へ回ってつんつん突いていると、その手に握りしめた何かがパラパラと散る。白い粉……?


「レイ。……その……」

「ただいま、ロドリック。どうしたんだ?」

「れ、レイ。まさかとは、思うのだが……、もしかして、………………見合いを?」

「おっ、知っていたのか?うん、行ってきたところだ!」

「…………」


 ロドリックはショックを受けたみたいに、再び固まった。

 あー、自分は仮想の彼女を作ってたのに、親友の俺に見合いに行かれて裏切られたような気になったんだろう。うんうん、分かる。


 けれど安心して欲しい。俺にこの婚約を受けるつもりはないから。それどころか、今の俺に人様の大事なお嬢さんを預かる甲斐性も覚悟もないと、つくづく実感してしまったところだ!


「ロドリック、見合いは行ったけど、俺は」

「私の、どこが不満だったんだ……!レイ!」

「なんだって?」


 がばりと抱きつかれて困惑する。んん?

 背中をキツく掻き抱かれ、体が浮く。そのままロドリックのベッドまで運ばれ、シーツへ押し付けられた。な、何なんだ?


「やはり、堕としてしまうしかない……、レイ」

「どういうことだ?ロドリック。俺、見合いは」


 断った、という言葉は、唇ごとロドリックに食べられていた。


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