Signal――シグナル――

神月 一乃

文字の大きさ
6 / 12
吟遊詩人、旅する

エキュルイユ

しおりを挟む

 落ち着く頃を見計らい、吟遊詩人は少女を降ろした。
「さて、ここで一休みする」
 ぱっと動こうとする少女を吟遊詩人は止めた。
「今日はこれを食べなさい。あれだけ泣いて疲れているはずだ。飯の用意は明日でいい」
「……ありがとうございます」
 もくもくと食べる少女はエキュルイユを彷彿とさせた。茶も飲み、人心地ついた少女が恥ずかしそうにしていた。
「分かってはいるんです。父ちゃ……いえ、父があなたの頼まざるを得なかったのは」
「仕方あるまい。君は幼すぎる。それであれだけ啖呵を切ったり、まして今回のことにあっさり納得する方が、驚きだ」
 納得する時間が必要なだけだ。それを与えずに連れてきたのだ。見る人が見れば、人攫いだろう。
「少し休むといい」
 そう言って、吟遊詩人はリュートに手をやった。

 歌うは子守唄だ。
 すぐに瞼を閉じた少女を、吟遊詩人は静かに見下ろしていた。

「! すみません!!」
「いや、気にしていない。休めたか?」
 少女が起きたのは、太陽が空高くあがる頃だった。
 暑くないよう、寒くないよう、吟遊詩人は音で少女を守っていた。
「私は元々あまり眠らない。さて、食事にしようか」
「は、はい! 今すぐ作ります!」
 そんな少女に、吟遊詩人は食べられる草を教えていく。
「それは毒だな。二日ほど腹痛で何もできなくなりたいのだったら、使うといい」
「エンリョシマス」
 宿屋に来る客人を相手にするためか、少女はある程度の文字を覚えていた。

 森の浅いところに、一頭の魔獣がいた。
「あれは食べられる」
 そう言うと、音を奏でた。
 魔獣はいきなり狂いだし、勝手に息絶えた。
「さて、解体は私がする。あとの調理は大丈夫かな?」
「はいっ。あれは村でも食べていたので」
「そうか」
 言った後にしょんぼりする少女の頭を軽く撫で、吟遊詩人は解体していく。血抜きをして、一部の肉以外は乾燥させる。
「……すごい。音楽でここまで出来るんだ……」
「さて、私は他の吟遊詩人を知らないから何とも言えないが。魔力を音に乗せているだけだ。魔術師が言霊に乗せるのと同じ要領だ」
「なるほど。今日のお肉は、焼いちゃいますね。その方が美味しいですし」
 どこの部位をどう調理すればいいのか、少女はきちんと知っていた。それを手際よく進めていく。
 吟遊詩人一人の旅だったら、まず肉はすべて乾燥させて終わりだ。それをお湯でふやかしたり、焼いたりして食べている。野草は、街近くで採取して売るだけの品だった。
「宿の食事作りでも手伝っていたか」
「はいっ。雇えないし、でも時々忙しいし。父ちゃんも狩りに行くときあったし」
「……そうか」
 ここで母親が出てこないということは、どんな理由があるにせよ側にいないということだ。
「野宿で、まともな食事は初めてだ。今度小麦でも買うか」
 その言葉に、ぱぁっと少女の顔が明るくなった。
「小麦! ご馳走だ!!」
「それは何より。では、片づけたら動くぞ、エキュル」
「エキュルって、あたしのことですか?」
「それ以外に誰がいる? お前はエキュルイユによく似ている」
「ちょっ! りすエキュルイユに似てるって言われて喜ぶのは少数派! あたしの名前はフィアです!!」
 食って掛かる少女、フィアを宥めつつ、出立の用意を始めた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

écureuilエキュルイユ……エキュロイユと読まれたりもしている。フランス語でりすのこと。つまりはフィアが食事している風景がげっ歯類のように吟遊詩人には見えたらしい。南無
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...