100倍スキルでスローライフは無理でした

ふれっく

文字の大きさ
13 / 30
第一章 銀髪の少女

第十三話 染み付いた恐怖

しおりを挟む
「早く買って帰らなきゃ……」

 宿から飛び出した私は、ギルドへと向かって駆け出した。
 白金貨を商店で使おうとしても、恐らくほとんどが私の時と同じようにお釣りが払えないと言われてしまう。そのため、一度ギルドで金貨に替えてもらった方が店側として都合がいいのだ。

「ちゃんと買い物するの、久しぶりかも」

 以前、父と一緒に過ごしていた時。まだ記憶に新しい半年前のその日が恐らく最後となる買い物だろう。それからはギルドに張り出されている雑用依頼で最低限の食費を稼いでばかりの日々だった。

「……お父さん」

 ブンブンと首を左右に振る。考えるほどに辛くなるから、その記憶を思い出さないように。

「大丈夫、もう泣かないって決めたから」

 ノーラさまから頂いた白金貨を強く握りしめる。気休めかもしれないが、少し……ほんの少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
 そうしてギルドへ近づくにつれ、人通りも多くなってくる。この街自体の治安は悪くないが、やはり良い人ばかりとも限らない。相手が私のような子供なら尚更だ。そういったやからに絡まれないよう、私はなるべく目を伏せて歩く。

 ……しかし、それが不注意だった。

 俯きながらに歩いていたため、正面から歩いてきていた人に気付かずぶつかってしまった。

「あっ、ご……ごめんなさい!」

 私は相手の顔も見ずに頭を下げる。

「ちっ……。邪魔なんだよガキが、さっさと……ん? お前どっかで……」

 聞こえてくる声は男のものだった。彼の言葉に、私はゆっくりと視線をうえに上げていく……。

「……ぇ」

 彼の顔を目にした瞬間、まるで凍り付いたかのように身体を動かすことが出来なくなった。掠れたような声が口から漏れる。男は私を暫く見つめると、思い出したように口を開く。

「あぁ、お前あの宿にいたガキじゃねーか。てっきりもう死んだもんだと思って気付かなかったぜ」

 気味の悪い笑みを浮かべる男。あの時と同じ、頭に焼き付いて離れない、その嫌な顔を思い出す。

「金もねーのに何うろついてんだよ。まさか、珍しく客でも来たか? あんなクソボロい宿によぉ! 」

 周囲の人々はその場を避けるようにして離れていき、私と男以外には誰も居なくなった。

「いや……ぁ、……」

 手のひらに握っていた硬貨が滑り落ち、地面に転がる。拾いたくても、身体が動いてくれなかった。

「あ? ……これ、白金貨じゃねえか! 」

 それを拾い上げた男は物珍しそうに白金貨を眺める。

「へへ、こいつはラッキーだぜ! どこで盗んできたのか知らねぇが、これは俺が預かっといてやるよ。」

「か、かえして……っ」

 必死に絞り出した声だった。上手く喋る事すらできない。けれど……ノーラさまから頂いた物を、この人に触られたくない。こんな人に使われることだけは許せなかった。
 恐怖にすくんでいた身体を無理やりにでも動かす。そして男の手に掴みかかり、白金貨に手を伸ばした。

「最初からお前のもんじゃねーだろ? だったら、俺がこれをどうしようと関係ないよなぁ!」

「うっ……」

 容易たやすく振り払われた私は地面に叩きつけられる。

「いいか? この世界ではな、強いやつが上に立つんだ。お前みたいな弱虫のガキが俺に歯向かうなんざ、生意気にも程があるんだよ!」

 私の腹に何度も蹴りを入れてくる。痛くて、怖くて、抵抗することすら出来なくなった。ただ体を縮めて、少しでも痛みを抑える事しかできない。

「無様だなぁ。いっそあの時、大好きな親父と一緒に死んでおけば良かったんじゃねえか?」

 もう、男の声すら聞こえなくなっていく。悲しくて、辛くて、どろどろとした感情に潰れてしまいそうだ。

「お………とう……さん……」

「……ふん。そんなに会いたきゃ、さっさとくたばっちまえばいいのによ」

 男はその場を離れて行く。一人残された私は、腹部の痛みでしばらく立つことができなかった。

「……ぅ、うぅ……っ」

 心の中で、私はノーラさまに謝り続ける。貰ったものを奪われてしまったこと、何も出来なかったこと。

「ごめん……なさ……ぃ………」

     ◆

 レナが宿を出てから数時間が経った。
 時刻は昼を過ぎた頃、それでも未だにレナは帰ってきていない。

「……さすがに遅くないか?」

 確かに宿から街中へ向かうまでの道のりは複雑だが、ここに住んでいるレナが迷う事はないだろう。店からの距離もそこまで遠いという訳でもない。

 ( もしかして、何かあったのか?)

 そうして不信感を抱き始めていた時、部屋の外から扉の開く音が聞こえた。

「……レナ? 帰ってきたの?」

 恐らく大量に買い込んだせいで、荷物を持って帰るのに苦労したのだろう、俺は部屋を出て玄関へと向かった。
 しかし、そこには数時間前まで元気に笑っていた彼女の姿は無く、腹部を押さえつつボロボロになったレナが立っていた。

「なっ……レナ!」

 俺の姿を確認した途端、レナはその場に倒れ込んだ。慌てて傍に駆け寄ると、レナは小刻みに身体を震わせていた。

「ノーラ、さま……ごめんなさい、私……」

 顔は涙でぐしゃぐしゃになっているが、よく見ると殴られたような痣が見えた。その姿を目に、俺の頭の中は真っ白に染まっていく。

「と、とにかく傷の手当を……!」

 何か傷を治すものはないかと、咄嗟にウィンドウを開いてアイテムの中身を探った。すると、中には俺がリバホプで回復薬として使っていた "ポーション" が数多く入っている。その中の "上級ポーション" を選択すると、小瓶が俺の手元に現れた。

「効くか分からないけど……飲んで!」

 正直、これで治るなんて保証はない。だが……お金や武器だって問題なく使えたんだ。それならポーションだって使えるはずだ。それに、今は迷っている余裕もない。蓋を開けると、ゆっくりと小瓶の中身をレナの口に注いでいく。むせないように飲み込むのを待ちながら、飲み干すまで繰り返した。
 すると、レナの身体から徐々に痣や傷跡が消えていくのが分かる、見た感じだと残る外傷も無さそうだ。

「ん……。……あれ? 痛みが無くなって……」

「ほんと……? 大丈夫なの?」

「は、はい……! もう痛くないですっ」

 先程より顔色が良くなったレナを見て、俺は安堵したようにため息を零した。

「……レナ、一体なにがあったの?」

 転んだ程度ではあんな風にはならないだろう。まるで、何者かに襲われたかのような傷つき方だった。

「それは……」

 レナは口ごもる。……いや、恐怖でうまく言葉にできないという感じにも見える。

「言いたくない事なら、無理に話さなくてもいい」

 もしかすると、軽率けいそつに踏み込んではいけない問題なのかもしれない。すると、レナは首を横に振って口を開いた。

「……元々、私はお父さんと二人で暮らしていたんです。その時はもう少し、宿も綺麗だったんですけど」

 なるほど、やはり元々は親が居たんだな。こんな小さい子が一人で宿を経営してるのはおかしいと、薄々は気付いていたが……。

「ですが……半年前、数人のお客さまが来店して……それ、で……お父さんは………」

「……レナ」

 俺は優しくレナの手を握った。無理しなくていいと、目で訴えるように。

「……来店されたお客さまは、冒険者の方々でした。最初から泊まる気がなかったみたいで、宿の中をめちゃくちゃにしたあと……私を連れ去ろうとしたんです」

 冒険者……。そこで俺はギルドでの出来事を思い出してしまう。やはりそういう奴は多いんだろうな。

「その時、お父さんが止めてくれて……。家具も財産も差し出して、私を助けれくれたんです。……でも、それじゃ足りないと痺れを切らした男の一人が、……お父さんを斬りつけたんです」

 レナは身体を震わせる。思い出しなくもない事を思い出させてしまったのだろう。

「……そんなことが、あったのか」

 今更、俺が何かをしたところで過去は変えられない。……けれど、どうしようもなく悔しい感情が込み上げてくる。

「さっき、その男の一人に見つかって……。ごめんなさい、ノーラさまにもらった白金貨を奪われちゃって……」

 涙を零しながらに、レナは何度も俺に謝ってくる。

「そんなの、気にする必要ないよ」 

「ノーラさま……」

 必死に怒りを抑える。今俺が怒りを顕にしたところで、かえってレナを不安にさせてしまうだけだ。

「話してくれてありがとう。痛みが無くなったとは言え、身体には負担が掛かってるはずだから。しばらくは寝てた方がいい」

「……ごめんなさい、ノーラさま」

 優しくレナの頭を撫でてやる。こんな小さな子に、何度も謝らせたくなんてない。

「私は少し出掛けて来るから、ちゃんと安静にしておくんだよ」

「は、はい……。あの、どちらに……?」

 レナは不安な表情で俺を見つめた。

「食べ物を買ってくるだけだよ、さすがにお腹空いてきちゃったからね。レナの分も買ってくるから、待ってて」

 笑顔を向けて答えると、俺は扉を開けて宿を出た。
 ウィンドウからマップを開いて見つめる。手掛かりでもいい。レナの言っていた男を、そいつの居場所が知りたい。

〘 スキル【探索サーチ】を習得しました 〙

 そのテキストが表示されたあと、マップには幾つかの赤い点が一箇所に集まっている様子が映し出された。

 ( なるほど、充分すぎる手掛かりだ )

「───行くか」

 俺はマップに集まる赤い点の場所へ向かって行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
ファンタジー
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...