100倍スキルでスローライフは無理でした

ふれっく

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第一章 銀髪の少女

第十八話 一筋の希望

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 レナとの朝食を終えた後、俺はギルドへ向かうべく街中を歩いていた。

 お金に困る事は無いものの、やはり冒険者と名乗った以上、それらしい事はしておいた方がいいだろう。まぁ……それは建前で、本音としては新たなスキルの習得を試してみたかったのだ。
 幸いにも、この街へ来るまでに出会った魔物は大して強くないものばかりだった訳だし、ギルドで何か手頃な依頼でも受けつつ少しでも戦闘に慣れておこう。

 宿屋を出る手前、レナは留守番をすると言っていた。俺が昨日大量に食材を買い込んでしまったのもあり、買い物に出る必要も無いのだろう。
 なるべく日持ちさせられるように加工を施したり、上手く料理に合わせて消費してはいたのだが……。取り敢えず、次からはしっかりと計画を立てて買い物をしようと心に誓った。

「ん……?」

 そこで俺は、ようやく街の異変に気が付いた。ほとんどの住宅が窓戸を閉め切り、商店はどこも閉鎖されている。それどころか、全くと言っていいほど人の気配が無い。

「何かあったのかな……」

 疑問を抱えたまま歩いていると、前方から一人の女兵士が走って来るのが見えた。相当焦っているようだが、この異様な状況について何か知っているかもしれない。そうして近くまで通りかかった女兵士の元へ駆け寄りつつ、俺は咄嗟に声を掛ける。

「あの、一体どうしたんですか?」

「……! その細身の剣、まさか君が……いや。ここは危険だ、早く安全な場所へ避難を!」

 女兵士は俺を見て何かを言おうとしていたが、 首を振って言葉を切り、避難するようにと俺に促した。

「城へ向かえば、兵士たちが地下へと案内してくれる。そこが安全だという保証は出来ないが、外で居るよりは安全なはずだ」

 そう言って女兵士は城の方へ指さした。遠くからでも視認できる程に大きく、目印にして向かえば見失うことは無いだろう。

「避難って、何かあったんですか?」

「……すまないが、今は説明している時間もない。とにかく急いで避難するように!」

 事情を話すことなく、女兵士は走り去って行った。恐らく、俺を不安にさせないよう敢えて言わずに気を遣ってくれたのかもしれない。

「……あの人、門の方へ走って行ったな」

 つまりは街の外、そこで何かが起こっているのかもしれない。さすがにこの状況で何時ものように過ごすなんて居心地が悪いし、それに何より……先程から嫌な予感がしてならない。少し様子を見に行ってみよう。
 このまま全力で走ると先程の女兵士を通り越してしまうため、俺は高く跳躍ちょうやくすると建物の上で着地した。

「今なら人も居ないし、少し派手な行動したってバレない……よな?」

 誰も見ていない事を祈りつつ、俺は建物の上を飛び移りながら門へと向かっていく。まるでパルクールをしているような気分だ。とは言え、凡そ十メートルもの距離を何度も飛び移っている時点で人間業ではないのだが。

「……なんだ、あれ?」

 門よりも高い建物の上へと飛び移り、そこから街の外を一望してみると、遠方で大量の何かが見えた。俺は一度目を凝らして確認する。

 地面を埋め尽くす程のそれは、魔物の大群だった。

 緑の草原が広がっていた外の大半が黒で染っている。つまりそれは、大量の魔物で草原が埋め尽くされているということ。確認できる魔物の大群は陸だけでなく、空にまで存在しているようだ。
 幸いにも、空を飛んでいる魔物たちは街から離れた位置に居るのだが、陸の魔物たちは既に門の付近まで迫っている。突破されるのも時間の問題だろう。
 そんな絶望的な状況の中、次々と迫る魔物の大群を相手に斬り進んでいく一人の女性の姿が見えた。

「あれって……まさか、セレシア!」

     ◆

 目の前を覆い尽くすほどの魔物を前に、私は剣を振り続けていた。兵たちは既に壊滅状態、戦える者は私しか残されていない。……もう、私しか居ない。

「くっ、……もう、力が……」

 私の身体はとうに限界を迎えている。視界は眩み、徐々に腕にも力が入らなくなってきていた。けれど、私は戦い続けなければいけない。例え無意味な足掻きだとしても、負けることが分かっていても、私だけは絶対に……諦めるわけにはいかない。

「もう、誰かが死ぬなんて……いや……!」

 五年前のような悲劇は二度と繰り返さないと、私はそう決意したのだから。あの日、犠牲となった者達のためにも。この街で生きる住人達を守るためにも。

 ───魔族に殺された、お父様のためにも。

「……例え、この身が朽ちてでも、私は……私だけはっ、剣を捨てる訳にはいかない!!」

 揺れる視界の中で敵を捉え、重い身体を無理やりに動かし続ける。一体でも多くの魔物を倒すために。

「はぁぁぁぁぁ!!」

 何度傷を受けようと、身体が悲鳴を上げようと、私は構わず剣を振り続けた。動きを止めるな、ひたすらに抗え。この街を救うため、誰一人犠牲を出さないため、あの日の誓いを無にしないために。

「───っ!」

 途端、私は糸が切れたかのようにその場に倒れ込んだ。限界を迎えていた身体は、これ以上の行動を許してはくれなかったようだ。
 勢いが止まった私を取り囲み、魔物の大群が一斉に迫り来る。しかし、私の体は立ち上がる程度の余力すら残ってはいなかった。

「……結局、私たちの戦いは無意味だったのかな。 私はまた、多くの人々を死なせて……っ」

 自分の弱さに、愚かさに、嗚咽おえつが漏れる。死ぬ事への恐怖より、こんな結末で死を迎えてしまう事が何よりも怖かったのだ。
 まだ、死にたくない。死ぬ訳にはいかない。……でももう、これ以上……私には何も出来ない。

「……ごめんなさい、ノーラさん。あの時の約束……もう、果たせなくなっちゃいますね」

 恐らく最後となる瞬間。ここにきて思い出す人物は、友達の……ノーラさんが楽しげに微笑む姿だった。これが走馬灯そうまとうというものなのだろう。けれど、そんな彼女の顔を見ることは二度と叶わない。

 あぁ……最後にこんな気持ちを抱いてしまうくらいなら、最初から友達なんて望まなければ……。

「……ぇ………?」

 刹那、魔物たちは私に攻撃を仕掛ける直前で動きを止めた。
 定まらない視界の中で見えたのは、目を疑う光景だった。私の前に迫る魔物たちが───のだ。
 しかし、私の瞳は別のものを映していた。それは……視線の先に佇む一人の少女。見覚えのあるその姿は……。

「ノーラ、さん……?」

 ───私のたった一人の、友達だった。
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