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結の章・後編

募集お題「ラインプレイ」「雪だるま」

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三人が乗った月面車は、秘密作戦用車両特有の車輪跡消去装置をオンにして進みながら、あちらこちらのクレーターに入って、追っ手がないかどうかを確認しつつ冬ドームへと近づいてゆきます。

やがて、冬ドームの一番近くのクレーターへと着きました。
「ここで車両用ゲートからの進入が出来やすい時間まで待ちましょう」
「それはええけど、それまでどうすんねん? 正直言うと俺はぐっすり寝たいねんけど~? ええかな~?」
「お疲れですもんね~? どうぞ、どうぞ! 寝て下さい。その座席を倒すと簡易ベッドになるみたいですのでね」
「あっ、ほんまや! じゃあ、お先に!」
そう言ってパイセンが寝てしまうと、ダン坊もパイセンの隣で寝てしまいました。
そのふたりの寝顔を見ながら、ハイコウは『真の目的』を忘れないように『ある物』を自分のポケットから取り出して眺めます。
そして、自分の決意にゆるぎがない事を確認した後に、それを元のポケットに直してから自分も眠りについたのでした。

その数時間後に全員が目覚めました。
「まだ時間あるみたいやけど、どないする~?」
「そうですね~? 宇宙人さんにも起きてもらいましょうかね~?」
「起こせるんかいな?」
「多分ですけど、このパネルで覚醒手順が起動するはずです。問題は呼吸ですけど、そちらにあるカプセル内空気成分データパネルはどうなってます? 地球標準と変わらない環境ですか?」
「少し違うみたいやわ。やっぱりこのまま開けるのは、まずそうやな? どうしよ?」
「その成分データを車両後部の隔離ブロックに転送して、臨時の宇宙人さん部屋を作ります。なので、その場所までカプセルを動かしておきましょう。そして、このカプセルの全作動装置をこちら側からリモートコントロール出来るように細工します」
「そうなんか? 俺はどうしたらええか分からんから指図してや?」
「もちろん! まずはカプセルを動かしましょう!」
「ああ、分かった!」

こうして『宇宙人さん部屋』が出来まして、その宇宙人さんが目覚めるのを待つばかりとなりました。
「この部屋の空気が全部変わる前にダン坊に入ってもらいます」
「大丈夫なんか?」
「大丈夫です。宇宙人さんのお仲間の細胞情報が体内に取り込まれてますからね。呼吸に問題はないはずです」
宇宙人さん部屋の空気がすっかり変わり、ダン坊があちこちをペロペロしながら新しい呼吸環境に対応しようとしています。
そんな中、覚醒手順が最終段階を終えカプセルをフルオープンさせると、宇宙人さんの姿があらわとなりました。

「おお! ウサギ型宇宙人やったんやな~?」
「そうですね~? 宇宙人さんの性別は分からないけど、ナイスバディーなウサ耳バニーちゃんですね~?」
「この宇宙人をなんて呼んだらええねやろか?」
「そうですね~? バニーちゃんでもいいような気もしますけど、さすがに、はばかられますからね~。ウサギはラビットですから『ラビトニアン』なんてどうでしょうかね~?」
「それ、ええかもな?」
「パイセンがええのは呼び方よりもオッパイの盛り上がり方でしょうから、良かったですね~? ナイスバディーで!」
「な、な、なにを言うねん!」
そんなやりとりをしている間に、このラビトニアンとダン坊はお互いの生体情報を交換する為なのか、お互いをペロペロし合いだしました。
「うらやましいでしょ? パイセン?」
「だから、な、な、なにを言うねん!」
「うらやましくないんですか?」
「うらやましいよ、そりゃ!」
「正直にゲロしましたね~。アハハ~!」
「もう、知らんわ!」

しばらくペロペロが続きそうなので、パイセンとハイコウのふたりは、他の色々な作業をする事にしました。
「ダン坊も大きくなったらラビトニアンみたいな姿になんのかいな?」
「その心配はありません。人類の男女の細胞情報で、そうならないように宇宙人細胞情報を抑え込んでありますのでね」
「その男女の細胞情報っちゅうのは、やっぱり?」
「さすがパイセン! 御名答! 僕と元カノの『ラブりん』のですよ!」
「ラブりんって呼んでたんかいな?」
「もちろんですよ! だってラブラブでしたからね~?」
「幸せ♡…かいな?」
「そのあとは~?」
「ショボン!…やな?」
「そうでした、そうでした。ほんと、落差激しいっすよね~?」
「見事なアップダウンやわ!」
「そ、そ、そうすか~? なんか照れるなぁ~!」
「褒めてへんわ!」
そんな会話をしながらも、次々と作業をこなしてゆく、ふたりでありました。

ハイコウの指示通りにわけもわからず動いていたパイセンでしたが、作業も終盤になりますとさすがに何をしてるかを悟りました。
「な~るほど! 冬ドームの車両ゲートへ潜り込む為の偽装工作やってんな?」
「そうです。地方クレーターコロニーから雪まつりの観光に、レンタル月面車に乗ってやって来たおのぼりさんファミリーに見えるようにしてあります」
「おのぼりさんファミリーか~? その為の霜柱Tシャツやってんな~?」
「そうなんです。では、そろそろラビトニアンとダン坊の様子を見にいきましょうか?」

宇宙人さん部屋では、ラビトニアンとダン坊がなにやら楽しそうに会話をしていました。
「この様子なら、立派に通訳役が出来そうですね? 安心しましたよ」
「ダン坊に通訳させるんかいな?」
「他にコミュニケーション取れる方法がないですからね~。ダンちゃんには頑張ってもらうしかないです」
「ダンちゃん?」
「宇宙人との通訳なんて大役をこなすわけですから、もう赤ん坊扱いは出来ませんからね。坊呼びからちゃん付けに格上げです」
「そうかいな? ダンちゃん~! 頑張りや~!」
「さぁ~て、ダンちゃ~ん! ラビトニアンさんにお部屋の空気をゆっくりと人類用に変えてゆくよって言ってくれる~? その新しい環境で呼吸出来るようになれば、このお部屋から出られるからね~ってね~!」
「ハイ、ハイ~!」と立派なお返事をするダンちゃんでした。

その数時間後、見事に偽装工作が功を奏して、車両ゲートから無事に宇宙都市へ進入できまして、冬ドームのゲスト用駐機場への入庫が完了しました。
そして、キャンピング道具入れに見せかけたカプセルにラビトニアンを詰め込み、おのぼりさんファミリーよろしく、かまくらコテージに戻りました。
やっと、ゆっくりできて全員がホッとしている中で、ダンちゃんがラビトニアンの通訳を始めます。
「ハイ! パイ! アリガト、アリガト!」
「いや、いや! まだ礼を言われるのは早いですよ!」
「そやで! これからUFOの修理をせなあかんからな~?」
感謝の気持ちからか、そんなふたりをペロペロするラビトニアンでありました。

深夜時間にかまくらコテージを離れ、全員でUFO内に潜入しますと、ラビトニアンは忙しく働きだしました。
残り三人は、その作業を眺めております。
「パイセン! 視線がやらしいですよ~。子供の前なんだから気をつけて下さいね~」
「な、な、なにを言うねん! そ、そ、そんな事は…」
「ない。とでも言うつもりですか? 心当たりは~?」
「それは……あります……」
「またまた正直で、よろしい!」
そんな風にパイセンが立つ瀬ない思いをしている所に、船内作業を終えたラビトニアンがやってきました。
「ダン! オナカ、ナカ、カエル!」
そう言いながらラビトニアンが差し出した物をハイコウが受け取ります。
「これをダンちゃんのお腹の中のダンボ石と変えるんですね?」
「ダンボ石は、このUFOの内燃機関の一部やろうから当然必要やわな? で、この赤いハート型の部品と入れ変えるんやな?」
「まさにパイセン! これはハート石ですよ! 持ってみて下さい」
「そうか? よいしょっと! おお! ハー、ト、ト、ト、ト…って音がしてるな~?」
「では早速ダンちゃんにこれをセッティングしますね。それを渡して下さい」
「おお、そやな? 頼むで~!」
次に、ラビトニアンはUFOの内燃機関の修理を済ませて、外装に接着している雪を溶かす作業を終えますと、三人にUFOから出るようにうながしました。

指示通りに表へ出た三人は、雪像ではなくなったUFOが浮かんでいるのを見上げています。
「ちゃんと直ったみたいで良かったですね~?」
「ああ、そやな~? 人助けならぬ宇宙人助けも気持ちええもんやなぁ~!」
と、大人ふたりでえつにいっておりますと「ラビチャン! デテキタ!」とダンちゃんが知らせてくれました。
「ラビトニアンさんがUFOの外装でゴソゴソしてるな? 何をしてんねやろか?」
「多分、雪像形状記憶データ装置を取り外してるんだと思いますよ。作業が終わったみたいで船内に戻りましたね」
しばらくすると、ラビトニアンがUFOから降りてきて、ハイコウにそのデータ装置を渡しました。
「コレ、キョウカ、シタ。ハイチ、ネガウ!」
「分かりました。雪像の土台にセットしてきます」
「デハ、サヨナラ!」とラビトニアンは言い、UFOに乗り込みました。
雪が降り、強化されたデータ装置によってゼロから形成されてゆくUFO雪像を背にして、本物のUFOは無事に貨物船搬入口から脱出していきました。

翌日の月面宇宙港で、ハイコウがダンちゃんに本当のお願いをしています。
あの『ある物』を出して「このラブりんの立体写真についたキスマークの細胞情報から、彼女の行き先を探ってよ~。お願い!」と懇願したのです。
ダンちゃんは仕方なくペロペロするのですが、なぜか動きません。
「やっぱあかんな~? 残念やったな~?」
「そ、そ、そんな~?」
そこへ女性の声がかかりました。
「何が『そんな~?』なの?」
その声に覚えのあるハイコウが真っ先に振り向きました。
「ラ、ラ、ラブり~ん!?」
「あなた達がレンタルロボット破損の罪で告訴されたので、今から逮捕されるんだけど、月の法律に従って、私が弁護士として立ち会います」
「ええ~? 逮捕されんのかいな~?」
「もちろんよ! 刑事さ~ん! ここにいましたよ~!」
こうして逮捕されたハイコウとパイセンはダンちゃんと引き離されて裁判を受ける事となりました。

その長い裁判が終わった、後日の事。
冬ドームで、ある作業をしながらパイセンがボヤいております。
「まったく、お前の元カノの弁護士! あれはなんや? 有利な答弁して無罪にしてくれんのかと思たら、不利な発言して有罪になりそうにしたり……後で聞いたら、なんやてな? ラインプレイって言うらしいな? あの弁護方法! 有罪か無罪かのボーダーライン上で被告側を踊らせるっちゅうかダンスプレイさせる手法の弁護スタイルで有名らしいで~? その名もラインプレイ弁護士やとさ! ほんま、あきれかえるわ!」
「すみません。でも、裁判結果は軽かったからいいじゃないですか~?」
「それはあれやないか? 裁判途中で宇宙人から正式に太陽系政府に接触があって交渉してくれたおかげやないかい!」
「そうでしたね? ラビトニアンさんの種族が、銀河連邦に太陽系人類圏国家が参加する為の条件として、僕達に雪だるまをこうして作らせてラビトニアン星系で販売してるらしいですよ。ダンちゃんも通訳として大活躍してるようで、良かったですね~?」
「ダンちゃんといえばあれやな? ダンちゃんがいてたから暖かかったんかと思てたら、冬ドームってあんまり寒くないんやな~?」
「それはもう、月は『む~ん』としてますから!」

以上、「ハイコウミッション月遊録」終演につき、演者下壇。
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みんなの感想(3件)

2016.11.15 ユーザー名の登録がありません

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蟻井草也
2016.11.15 蟻井草也

御拝読ありがとうございます。
ハイコウが秘密にしてたから、いきなり唐突に出てくる感じになってしまったんですよ。あの元カノ弁護士! (笑)
ま~、パイセンは早目に気づいて分かってたって事で許してね~。

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あみ
2016.10.17 あみ

今回もパイセンとハイコウさんのやり取り面白かったです!まさか逮捕されるとは思いませんでした。(笑)これからも期待しています。

蟻井草也
2016.10.18 蟻井草也

最後までの御拝読ありがとうございました。
そういう主要人物のやりとりを面白がってもらえるのが「落語」を作って一番良かったなと思える瞬間でございます。
(≧∇≦)
御期待にそえるよう、今後も創作活動は継続したいです。
頑張りまっす! ^_-☆

解除
あみ
2016.10.15 あみ

面白かったです!ハイコウさんは何を隠しているのか気になります!次回を楽しみにしています!

蟻井草也
2016.10.15 蟻井草也

感想ありがとうございます。
そうですね~?
どんな隠し事があるのか、あれやこれや想像してみて下さいね~。
^_-☆

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