青い鳥と金の瞳の狼

朔月ひろむ

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春嵐 〜Side T〜

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こんなつもりじゃなかった。
俺は納得する前に置かれた現実に順応するのに四苦八苦していた。
「ただいま……」
「おかえり、貴俊」
リビングに入れば、ソファには先に帰ってきていた蒼司。
四月の大学入学と同居を始めて数週間。
彼との暮らしにようやく慣れてきた。
「ご飯、今から作るんだ」
「じゃあ、手伝うよ」
裕福な家のお坊ちゃんである蒼司だが、家事は一通りこなせるらしい。
いや、こなせるといったレベルではない。家業のホテル仕込みの技で、この家は保たれている。ハウスキーパーなんかいるのか、とは思うが、蒼司の家事負担を減らすためには突っ込んではいけない部分だと思っている。
料理だけは普通の家庭料理で、ちょっと安心したのは内緒だ。

蒼司がソファから立ち上がって、俺の目の前を通り過ぎようとする。
その体の前に腕を入れて進路を妨害して、蒼司の体に両腕を回す。
「お腹、空いてないの?」
俺より少し下の位置にある顔が、俺を上目遣いで見てくる。
「今日のご飯、なに?」
捕まえた蒼司の肩に頭をくっつける。
甘いオメガの匂いを吸い込む。
蒼司のフェロモンの中に混ざる俺じゃないアルファの匂い。
俺はそれを消すように、蒼司を抱きしめた。
匂いの上書きをする俺に気付いたのか、蒼司が仕方なさそうに笑う気配に顔を上げる。
「今日のご飯は生姜焼きと惣菜で買ってきたひじきの煮物です」
ポンポンとなだめられるように背中を蒼司に叩かれたので、俺は蒼司を腕の中から開放した。
「手伝ってくれるんでしょ?手洗いうがいしてきて」
「わかった」
これ以上の接触は、二人の今の関係では多分おかしい。
俺たちの関係は、同居人以上パートナー以下だ。
番になるとお互い意志を確認したわけじゃない。
ただ、用意された縁談を断る必要もないくらいフィーリングがあった相手と、周囲の望むままに一緒にいる。
そして、彼が他のアルファに襲われないように、俺の『狼』のフェロモンを彼にまとわせるのも俺の仕事。
どこからが義務でどこまでが義理で、どこからが自分の意志で、どこにアルファとしてのさがが盛り込まれているのか。
まったくわからなった。

そして、俺の中にあるアルファが囁く。
『蒼司は俺のオメガだ』と。
『早く項に牙を立て、自分のモノにしてしまえ』と、獣が牙を剥き出している。


「そうだ、貴俊……」
食事を終え、テーブルを片付けていると、蒼司が手をとめ、自分のスマホを持ってくる。
「この週末から、世間は連休だろ?」
有給休暇を取れば大型連休とテレビでしきりに言われている。
学生は平日は授業はあるが、それでもいつもよりは休みと連休がある。
「それで、家の方の手伝いが忙しくなるから、しばらく実家に戻るから」
「えっ!?」
てっきりGWはどうするか、という話題だと思っていた。
俺が加入したバスケサークルは、GWはキャンプの予定だったので、それに参加しなければ基本的に何も予定はない。
蒼司が暇なら、誘ってどこかにでかけてみるのもいいかもしれない、なんて考えていところだ。
「ごめんな。打ち合わせとか確認とかで、家にいる方が便利なんだ。それに世間が休みの時、うちは休んではいられないから」
GWに人手の足りない家業の手伝いを蒼司はするらしい。といっても、蒼司がするのは、現場対応や賓客の出迎えをする蒼司の親や姉に代わり、会合やパーティーなどの出席などらしい。

「ホテルで僕は表だってスタッフとして働くことはないよ、さすがに」
俺の懸念を払拭するように、蒼司が説明してくれる。
「僕の担当は佐々森が支援してるバース事業に関することだけだ。いつもは統括している人がいるけど、佐々森の人間が顔出さないといけない場面も多くて…」
佐々森家は『青い鳥』ではなくてもオメガを多く排出する家系である。そのためバース性、特にオメガ性の人間へのサポートを行っている。
「表に出る時はちゃんとボディガードいるから、安心して」
俺は自分でも気付かないうちに蒼司の腰に腕を回していた。
その腕を、蒼司が優しく撫でる。
「ボディガードって……」
「『青い鳥』が活動するので、念の為ね……」
蒼司の口からこぼれる苦笑い。
表に出ればそれだけリスクもあるということらしい。俺が身の危険を感じれば、『狼』のフェロモンで屈服させてしまえばいいが、『青い鳥』のオメガの蒼司ではなそうはいかないだろう。力づくで来られたらひとたまりもない。
だから、ボディガードということだ。

「貴俊は?GWは何か予定あるの?」
「……特にない」
「GWの後半も?」
「今はまだ、まったく予定を入れてないんだ」
「そっか…」
俺の話を聞いて、蒼司が安心したように息を吐いた。
「あのね……」
蒼司が上目遣いでこちらをうかがうように見てくる。
「実は……これなんだけど……」
近くにあった彼のカバンから出されたのは、大きめの白い封筒。
蒼司のキレイな手が、封筒の中身を出してテーブルの上に広げた。
「ごめん、僕も今日知りまして……」
テーブルにあるのは観光地のチラシとホテルのリザーブチケット。
それを手に取り、手元と蒼司の顔を往復する。
一行便箋が挟まっており、その文字に眉間を寄せる。

『旅行に行って、二人の仲を深めなさい』
そして、岸波翔子きしばしょうこと俺の母親の名前が書かれていた。

「うちのホテルに客として覆面調査するのもかねて、貴俊と泊まってこいって、母さんが……」
これは、それぞれの母親によって手配されたものだ。
逃げたら恐ろしい。
「……よろしくお願いします」
「こうなったら、楽しむしかないだろ」
こうして、GW一泊ニ日の二人旅が決定した。
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