○○○○の死亡推理

海夏世もみじ

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第27話 世界最強の異人-②

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 戦局と空気がガラリと変わり、そこに存在するだけで死人が出そうなオーラを醸し出している。
 スタッと私の傍に着地をし、頬についた血を手で拭った。そして、雪山から吹いてきているように凍える声と、冷徹な瞳で穿つ。

「クソッ! もう戻ってきたか、宇治梨玲央羽……! ですが、ククッ。あの輝夜の弟を見殺しにしたのですね。貴方が駆け付けた時、注射が注入されるように設計していましたらねェ‼」
「なっ⁉ そんな……」

 声を漏らし、私は目を瞠目させて唖然とする。
 端から注射の中身を注入することにしていたのだろう。どこまでもどす黒い悪だ。

「見殺し? 違うね。見殺しになんかしちゃいないさ。僕がこの手で殺したよ」
「これは傑作です! かの名探偵は人殺しと‼」
「……それで、言いたいことは、済んだか。
 大切な愛娘が狙われ、目の前でいたいけな少年がもがき苦しみ、果てにこの手で殺さなくてはいけなくなったんだぞ……。キレてる? そんな生易しいもんじゃあない。こちとらとうにブチギレてんだよ……‼」

 今までに見たことがない阿修羅のように険しい顔で、肌がひりついて呼吸をしていいのかわかなくなるほどの威圧を放っている。

「勘違いさせないために言っておくが、終人となってしまえばクウナや円羽の能力では蘇らせることができないから殺したんだよ」
「――そ、それって、本当なんですか……?」

 そんな弱弱しくか細い声、されどどこか力強い声が耳に届いた。正体は、頭に謎の機械を付けている輝夜のものであった。
 あれの装置で視野の拡張やらなんやらをし、広範囲での能力行使をしていたのだろう。鼻時を拭った跡から、脳への負荷には目に見えている。

「あんたの彼氏と私の友達のコンちゃん、二人とも私の能力で蘇らせた。……私のパパがすでに手を打ったから、もうその犯人の言いなりになる必要はない」
「騙されるなッ‼ そんなまやかしに巻かれるな輝夜ァ‼ 弟が死んでもいいのかァ――ッ‼」
「わたしっ、もう……人は殺したくない、です……。でも、あなたは……あなただけは、絶対に許せない……。パパは死んで、ママもあんな姿にされて、弟もっ、怖い思いをさせられた……! だから――殺す‼ 【血鬼の苗床ラグ・ヴァンパイア】‼」

 パパは能力を解除して感染者の拘束を解き、彼女の呼びかけで彼らが蠢きだす。池中の鯉が投げ込まれたパンに群がるように、感染者は十八へと襲い掛かる。
 元々彼女は脅されて犯罪に加担していた。その脅しが無くなれば、寝返るのは必然だ。

 もはやこれで終わりかと過ったが、犯人は「まだ、まだだ!」と、懐から何かを取り出した。

「復讐……ワタシは復讐をするんだッ! それが、それしかない、ワタシにはそれしかないんだァ――ッ‼」
「あれって、ウイルスが入った注射じゃない⁉」

 私はそう叫ぶが、私を抱きかかえて後退するのみ。終人と化したとて、その上からねじ伏せるつもりなのだろうか。

 自分の首筋に注射針を突き立て、中身を注入する。骨が折れる音、細胞が増殖する音、獣のような咆哮が響いていた。
 十八が最後にたどり着いた姿は、禍々しい邪神が如く異質な姿だ。一軒家を丸呑みできるほどの体躯に、左右で大きさの違うぎょろぎょろと動く瞳、触腕の先に生えた顎……。終人と変態した。

「追い詰められて巨大化は負けフラグだって習わなかったのかな」
『れ、央、ハァ! ふ、く讐、してやル‼』
「当たり前のことだけれど、過去の自分が今の自分を作る。そして、今の自分が未来の自分を作る。幼稚な復讐で作り上げられたお前如きが、この僕に勝てると思ってんのか」

 その挑発で最終決戦の火蓋が切って落とされた。
 その触腕を這わせ、炎上する車を嚙み砕きながら進撃してくる。

「半径二キロ圏内の全住民の避難は完了させた。政府からの許可も出た。この領域内なら、何をしてもいいってことだ」

 拳を握り、その籠った力を終人に炸裂させた。ひとたび瞬きをすると、あんなに大きな終人がその場から数百メートル後方に吹っ飛んでいたのだ。地面と家を一直線に抉っており、思わず身震いする。
 人の形をした者が、拳一つでできる芸当ではない。なぜ拳から重低音が響き渡るのか、恐ろしくてたまらない。

「〝回帰しろ〟」とパパが呟くと、終人はこちらに向かって戻ってきている。

『ギ、ァアアアアア‼』

 テニスの壁打ちのように、殴られては戻され、殴られては戻されを繰り返され、終人の肉体は既にボロボロだ。
 苦肉の策として十本ある触腕を透明にして伸ばして、襲おうとする。しかし、

「〝注型しろ〟」

 胸元から赤い刀が生成され、それを握って竜巻のように振るう。ボトボトと重い何かが地面にぶつかる音から、呆気なく切断されたようだ。
 それにしても、なぜパパの雄っぱい谷間から刀が……? あとでちゃんとメモしておかなきゃ。それも詳細に。

『ィギィイイ……‼』
「透明化したとて、殺気でバレバレだよ。ただ、やっぱり終人は硬いね。本体への攻撃は浅い」

 触腕の一本を再生させて貫こうと試みるが、容易に掴まれる。片手でヌンチャクのように終人を振り回し、奥に聳え立っていたビルに衝突させた。
 指を下に指すと、瓦割のようにビルを割りながら再び地面との接吻を果たす。

『ゥウ、ヴヴ……‼ オェエエエエエ‼』と、終人は口から大量の墨を嘔吐する。
 こいつの能力は墨の色を自由自在に変える能力。真っ黒な墨が途中からカラフルになり始め、テレビなどで見る編集が欠けられているようだ。

「汚いな。でも、流石は終人。能力が無法じみてきたね」

 ダムからの放水のように、その墨はこの街を飲み込む勢いで放出され続け、世界を塗り変え始めている。

 異人だった頃は〝乾いたら元に戻る〟だったが、終人となってその能力が強化された可能性が高い。私がこの戦いに介入しても焼け石に水、ただの枷となっただろう。
 世界はみるみる彩られ、ワンダーランドにでも迷い込んだかと錯覚してしまう者へと塗り替えられた。終人の居場所もわからぬ状態である。

「血をつけているのに気が付いていないのか、脳みそまで腐り落ちたのか……。〝穿て〟【赫血の鱗紋ブラッド・モルフ】」

 人差し指から血のビームが放たれた、同時に断末魔が響き渡る。ワンダーランドは幕を閉じ、真っ黒な現実が戻ってきた。
 その体躯も露わとなるのだが、パパは手を顎に添えて終人を見下ろす。

「……終人は体のどこかに〝核〟がある。基本的にはそれを破壊しなければ死ぬことはない。今までの攻撃で破壊した感触はなかった」
「核だけ取り出して、どこかに投げたってこと⁉」
『ア、ハハ……‼』

 終人は、勝ち誇った笑いを漏らす。
 このままでは逃げられてしまうのではと思ったが、パパはやれやれと溜息を吐いた。

「僕がこんなへまを許す異人だと思われているのは心外だよ。君に攻撃した際、既に体内で僕の一部を動かして核に貼りつかせておいた」
『ェ……』
「君が言っていたことだ、復讐は前を向くためだと」

 回帰しろ。そう呟くと遠くの方から何かが引っ張られてくる。赤く、胎動している歪な球体。これが終人の核なのだろう。
 終人は嗚咽らしい声を漏らすが、まったくもって可哀そうとは思えなかった。妥当な所業をしたのだから。

「これから行われるのはバケモノの終了、人殺しではない。君が殺そうが気に病むことはないだろうがどうする? ……と、これは愚問だったかな。円羽、拳銃を渡してあげて」
「ん、わかった」

 拳銃を手渡し、飛んでくる核に照準を合わせる。怒りか、それともまだある恐れか、その手は震えていた。
 私は手を添え、彼女に語り掛ける。

「正直言って、あんたのことめっちゃ恨んでた。私のコンちゃんを殺したんだし」
「あ、ご、ごめんなさ――」
「でも、まあ許したげる。事情も事情だったし、私もあの犯人のこと嫌いになったから。これから大変だろうけどさ、私も協力してあげるから。――あんたを支えるから」
「っ⁉ あ、ありがとう……その、嬉しい、です」
「? そう」

 緊張が解けたと思ったのだが、今度は頬を赤らめて、こちらにも彼女の鼓動が伝わってくるほど心臓が跳ねている様子だ。
 なぜだろうか。そしてパパはなぜ「無自覚誑しはクウナに似たのかな」と呟き、絶妙な顔をしている。

「ほら、前向いて。の時間だよ」
「う、うんっ……‼」

 彼女の腕を支え、照準を核に合わせる。あくまで添えるだけ、引き金は彼女次第だ。
 残り百メートル、残り五十メートル……距離がみるみる近づき、そして、

『ヤ、メロォォォオオオオオオ‼』
「これがわたしの、復讐……ですっ‼」

 ドンッ! 銃声が轟き、核の中心に命中した。
 対異人用弾丸だが、それでも効き目は普通の弾丸よりも上だろう。ピシッと亀裂が入り、粉々になって風と同化する。

「……はぁあああああ……。これで全部終わった~~‼」

 体の中からごっそりと精気が吸われた感覚が襲い、足元がおぼつかなくなる。全てを元に戻す能力が発動し始めたのだろう。
 そのまま地面の冷たさに抱かれるかと思ったが、そこは暖かかった。どうやら輝夜が受け止めてくれていたらしい。

「だ、大丈夫、ですか……?」
「ん、大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだし」
「わたしにできることなら、何でもしますっ!」

「ふーん。じゃあ膝枕」私が要求を提示すると「ふぇっ⁉ は、はいぃぃ……‼」と顔を赤らめながら膝枕をしてくれた。
 心地はいいが、少し弾力が足りない。輝夜はもう少し肉を食べるべきだ。七十点。やはり百点満点のコンちゃんかパパが至高だ。

 膝枕の評価を下していると、お世辞にも軽やかとは言えない足取りで終人、もとい輝夜の母親がやってきた。

(……そうだ。私の能力は人や建物を元通りにすることができるけれど、終人となった者は消えちゃうんだ。このお母さんはもちろん、エクセリクスを大量摂取した彼女のお父さんも……)

 眉が下がり、私の喉に詰まった言の葉を突紡ぎ出そうとする。輝夜は穏やかに笑みを浮かべ、人差し指を私の唇に当てた。
 親子の最期の会話を邪魔しないため、重い身体を起こして傍らで見守る。

「大丈夫。大丈夫、ですから。……お母さん、わたし、いっぱいいっぱい人を殺しちゃったんだ。これからまどはさんの能力で蘇るみたいだけど、それでチャラって割り切ったらだめだと思うの」
『うン……』
「〝死を忘れない〟、〝死を想う〟。これが、人として生きるのに大事になってくると思う。わたしは異人になっちゃって、お父さんは死んじゃって、お母さんもこれから消えちゃう……。けど、わたし、頑張るからっ……! どんなに大変でも、お母さんとお父さんがいなくても、わたし、二人に自慢できるくらい立派になるから……っ‼」
『ウん……そうね。あナたは、私の、自慢の娘だから。きっとなれるわよ』

 外骨格らしきものが崩れ始め、中身が露わになりだす。片言だった言葉も流暢になっている。
 終人は本能が剝き出しになり凶暴化するのが一般らしいが、それを上回る理性……〝子への愛〟があるのだろう。

『きっと大変になるだろうけど、あなたたちならできるわ。紹介してくれたあの彼氏くんも、そこの異人のお友達もいい子そうだし。
 あぁ……もうそろそろお別れね。輝夜、笑ったあなたが一番素敵だから、いつでも笑っちゃえ!』
「うぅ……うん。えへへ、お母さん、わたし、がんばるね。バイバイ、今までもこれからも、ありがとう」

 彼女らは抱き合い、そして、母親は体が崩壊して夜風に乗った。
 私は、父からの愛情しか知らない。失う哀しみが分からない。分からないままでいたい。輝夜のように今生の別れをしてしまった時、私は彼女のように笑って前を向けるだろうか。
 そんな自問自答が反芻し、吹き抜ける風が体から温かさを奪ってゆく。人肌が、パパが恋しい。

「あれ? パパ……どこ?」

 殺され、感染者となった人たちは次々と蘇ってきている。しかし、パパがどこにもいないのだ。
 フクロウのように首をキョロキョロ回しても、どこにもその姿はない。喉に何かが詰まって息苦しい。嫌な汗が頬を伝う。

「どこ……パパ、どこ……⁉ あぐっ‼」

 能力の使用上限に達した私の身体は思うように動かず、躓いて転んでしまった。
 偶然か、それとも必然か、もはや運命なのか……。私の眼前に、月光で照らされて光る何かが落ちていた。それはリング状で、宝石が埋め込まれており、言うまでもなく結婚指輪だ。

「え……いや。なっ、なんで……っ!」

 パパに関することで、私が見間違うはずがない。それが今回は裏目に出た。この指輪は間違いなく、薬指にあったものだ。
 拳銃はまだしも「この指輪さえ肌身離れていなかったら大丈夫」だと、パパは言っていた。何か理由がない限り、手放すことがあるはずはない。

「あっ……ぅあ……」

 脳が絶望という二文字で埋め尽くされ、勝利の祝が喪失の呪へと転ずる。
 感情の防波堤が尽く破壊され、溢れ出そうとしたその時、瓦礫の下からナニカが這い出てきた。赤い体表に大きな瞳、四足歩行で栄養が詰まっていそうな尻尾を携えるトカゲ……いや、これはパパの能力のモチーフとなっているトカゲモドキだろう。

『あれ、円羽? えぇと、急激な成長期でも来たのかい? 随分と大きくなったね』
「――……はぇ?」
『えっ?』
「えぇええええええ~~っ⁉⁉」

 一連の騒動が終わった時。なぜかパパは、


 ――本物のレオパになってしまった。
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