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第三部 12章
嫌われる女と好かれるモフモフ
翌日、部屋で朝ご飯を済ませたジャレッドはセナを連れてメイド長の部屋を訪れた。
部屋にはメイド長の他に五人ほどメイドが並ばせられていた。そのメイドは一人を除いて皆顔色が悪い。
ジャレッドからすればいつものことなので、そこには触れずに単刀直入に話題を振る。
「この子供付きの侍女を選ぶ」
「伺っております。私、メイド長をしております。お嬢様、よろしくお願い申し上げます」
挨拶をしてくるメイド長にセナは硬い表情で頷いた。抱きかかえているジャレッドはセナが自身を掴む手に力が入っていることを不思議に思う。
「お嬢様のお世話というお話ですが……私はこのアリシア・ブラウンよりも、こちらのウーヴィ・チスタの方が家格的にもよろしいかと」
メイド長はジャレッドとは目を合わせず、早口で言い終えた。
メイド長が推したのは豹族の女性。野心のある侯爵家だったとジャレッドは記憶している。
ウーヴィ・チスタという女は自信ありげにセナを見つめているが、セナの手には変わらず力が入ったまま。訝しげに一瞥した後、その女の隣りで俯いている昨日のメイドを見やる。
「セナ、お前は誰がいい?」
ジャレッドがメイド長含め順番に指をさすと、セナは昨日の栗鼠族の女性に迷わず手を伸ばした。
「やはりな。アリシア・ブラウン」
「は、はい!」
「お前は嫌か?」
「い、いえ……ですが……」
チラチラとメイド長と女を窺う様子にジャレッドは合点がいった。
「セナはお前がいいらしい。お前は今日からセナ付きの侍女だ。いついかなるときもセナを優先しろ。異論は認めない」
「は、はい!」
「付いてこい」
ジャレッドはアリシアを伴って部屋を後にする。
メイド長とウーヴィという女性以外の三人は、アリシアを同情的な視線で見送った。
廊下を歩きながらジャレッドはアリシアに話しかける。
「お前は通いか?」
「は、はい」
「住み込みが可能なら城に住め」
「え……えぇ!?」
「何だ?」
「あ、い、いえ。わたしなんかがよろしいのですか? お城に住めるのは近衛や王族専属侍女だけだと……」
「お前はセナ付きだ。専属だろう。可能なら部屋を用意させる。無理は言わんがな」
「あ、ありがとうございます……精一杯仕えさせていただきます」
そんな会話をしている間、セナはアリシアのしっぽに目が釘付けだった。
住み込みが決まったところで、ちょうど部屋に着いた。
部屋にある物の説明を手短に済ませ、ジャレッドは部屋のドアに手をかける。
「己は少々出てくる。お前はセナを見ていろ。危ないこと以外は自由にさせて構わんが、今日は部屋から出すな」
「か、かしこまりました」
ジャレッドがセナの頭を撫でてから部屋を出ていくと、アリシアは「ふぅ……」と息を吐いた。それを見て、セナはトテトテと何かを持ってきた。
「……え? こちらは?」
「жжж!」
セナに渡されたものを見てみると、貴族の子供に人気の砂糖菓子だった。
「わたしが疲れていると思ったんですね。ですが、わたしはメイドですので…………うっ……わかりました。いただきます。あ! 美味しい……」
グイグイと押し付けられ、断りきれなかったアリシアは少しだけ砂糖菓子を齧る。すると普段食べられない甘さに思わず頬が緩んだ。
その様子を満足そうに見つめるセナに、アリシアは少々特殊な子なのだと思った。普通であればメイドに自身のお菓子など分け与えたりしないからだ。
「セナ様、改めまして。わたしはアリシア・ブラウンです。よろしくお願いいたします」
「アーжж」
「呼び方はお好きになさってください。さて、何して遊びましょうか? 絵を描きますか? ご本を読み……図鑑をご覧になりますか?」
言葉がわからないのなら文字も読めないのではと、アリシアは図鑑を選んだ。
アリシアが笑顔で紙や図鑑を持ち上げるのを見て、一緒に遊んでくれることを理解したセナは笑顔でアリシアの手を取った。
◇
アリシアにセナを任せたジャレッドはアリシア用の部屋を用意するように指示を出し、誰もいない廊下の片隅で長年自身と共に生きてきた従魔を影から呼び出す。
『親びん、久しぶりー。どしたー?』
「少々調べてくれ。メイド長とウーヴィ・チスタという女だ」
『わかったー』
先ほどのセナの様子を不審に思ったジャレッドは先ほどの二人を調べるように命令した。
ジャレッドの従魔は【ダークアイ】という闇属性の魔物で、種族の名前の通り闇の一つ目である。空中に浮遊し、気配を殺せるため諜報に長けている。
「待つ間に古代語を調べておくか」
セナは従魔も面白がりそうではあるが、アリシアには刺激が強いと睨んだジャレッドは報告が来るまで書庫で時間を潰すことにした。
◇
お昼にジャレッドが部屋に戻ると、セナが笑顔で出迎えた。
「何だ、待っていたのか? わかったから引っ張るな」
引っ張られたジャレッドが席に着くと、同じテーブルにアリシアが座らされていた。
申し訳なさそうにしているアリシアに、セナは嬉嬉として料理を取り分ける。
「セナ様、わたしはメイドですので、一緒にお食事など……」
「アチャ!」
「構わん。お前の分も用意させている」
セナの様子を見て、アリシアは畏れ多くも食べなければいけないのだと悟った。
セナは両手を合わせて何かを宣言した後、すぐに食べ始める。おなかが空いていたらしい。
「それよりアチャとは?」
「わ、わたしのことです」
「おい、己は呼ばんのか?」
「?」
大きく口を開けて、パンを食べようとしていたセナはコテンと首を傾げる。
「己はジャレッド・ジュラルだ」
「ジжжжジ……ジィジ?」
「……ブハッ。己は爺か! 歳を食ってるからな。まぁ、よかろう。己にそんなこと言えるのはお前くらいだ! ハハッ!」
楽しそうに吹き出したジャレッドを見て、アリシアは目を丸くした。昨日見た微笑みでも意外だったのに、まさか表情を崩すくらいの笑顔を見ることになるとは、殊の外驚きだった。
「爺と呼ぶのは構わんが、それは食え。さり気なく己の皿に入れるな」
「アチャ!」
「己が食わんからといってそいつに渡すな。そんな顔をしても無駄だ。食え」
むくれるセナの世話を焼くジャレッドの姿に、アリシアは流血王のイメージがガラガラと崩れていく。
顔は怖いが、噂に聞いていたほど恐ろしい人物ではないんじゃないかという気になってくる。その一方で粗相をすれば殺されるという恐怖も拭えず、アリシアの頭は混乱していた。
驚きと混乱で味のしない食事を終え、食器を片付けたアリシアにジャレッドは天狐の護符を渡した。
「それを肌身離さず持っていろ」
「こ、こちらは?」
「ティンコ!」
「そう。こいつの親代わりのやつが描いた護符だ」
「護符……ありがとうございます」
アリシアは特に疑問に思わず受け取った護符を大事そうにポケットにしまった。
天狐の護符は強い。村などを守る護符は好意だが、天狐自身に理のない場合、普通の貴族には手が出せないくらいの法外な値段で取り引きされている。
知っていればアリシアの性格から拒否されそうだと思っていたジャレッドは、これからのことを考え、内心胸を撫で下ろした。
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