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第1部 皇太子殿下との婚約

第30話 私には、変な人を寄せ付ける何かがあるようです。

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 祝賀会場はこの前の晩餐会で使用された部屋よりもさらに広く、通路かと思うほど奥行きのある縦長の部屋です。
 絨毯や椅子の座面の布地などは、ウィルの色である深紫が用いられ、壁には絵画などの豪華絢爛な調度品が並び、テーブルの上にはエスターの薔薇の花が飾られていました。
 またこの会場は別名、黄金の間とも呼ばれ、柱や壁面の一部の装飾には金があつらえられています。
 金が多用されているにも関わらず、けばけばしさや卑しさを感じないのは、設計士のセンスによるものでしょう。
 縦長の部屋の隣の部屋は正方形の部屋が続いており、そちらは食事が終わった後や休憩時の談笑フロアーになっている。

「では行こうか、エスター」

「はい、ウィル」

 私はエスコートしてくれるウィルの手を取る。
 儀式的な意味合いの厳かな宣誓の時と違って、祝賀はお披露目パーティーの様なものなので、多少は気持ちが楽になります。
 それでもホストとして、多くの貴族と会話をしなければならないので油断はできません。

「ウィリアム皇太子殿下ならびに、サマセット公爵家エスター様、ご入場です」

 貴族達はその場に立ち上がり、割れんばかりの拍手で私たちを迎える。
 オーケストラの演奏と共にウィルと私は、長い通路の両脇のテーブルに座る貴族達に向かって手を振り進んでいく。
 祝賀の時は貴族家当主だけではなく、その家族も参加できるのでとにかく人が多い。
 何故ならば祝賀とは新たな見合いの場でもあるからです。
 しかも今回の祝賀で婚約や結婚に至れば、私やウィルは電報による祝辞以上の事を為さねばなりません。
 だからこそ年頃のご子息やご令嬢を抱えた貴族家は、衣装から何までどこも気合が入っています。

「それにしても殿下も大きくなられたな……私が見た時はまだこんなに小さかったぞ」

「当然であろう、貴殿は辺境に籠られすぎだ、もうちょっと皇都に出てこられよ」

 物音一つしなかった宣誓の時と違って、このように周囲も会話をしていたりします。
 そのために、耳をすませば結構な重要な会話も聞こえてきたり……。

「仕方なかろう……最近、特に隣国の動きが妙に活発でな、今日もこの後、直ぐに領地に戻るのだ」

「ふむ……最近になってようやく内乱が収まったばかりとはいえ、注意せねばならんな」

 と、このように有意義な会話が転がっています。
 ……先ほど会話していたのはモントローズ辺境伯と、ドニゴール侯爵ですか。
 そうなると隣国とは、アルスター公国の事でしょう、
 あの国もいざこざが多く、昨年王が亡くなったというのに長らく後継者がだれかで内乱が続いたとか。
 確かつい最近、ようやく後継者問題が解決して、10歳にも満たない小さな女の子が王になったと聞いています。
 傀儡政権であれば、アルスター公国もまだまだ混乱は続きそうですね。

「わぁ! エスター様のドレス、凄く綺麗……!」

「お母様! 私もあのようなドレスが欲しいですわ」

 ふふん! お嬢様方、どんどん褒めちぎってくれて良いのですよ!
 そしてそこのご令嬢、ドレスの発注はヴェロニカ商店までどうぞ。

「素敵なドレスだけど……わたしには無理ね、エスター様のように自らの体型に自信が持てないもの」

「そうねぇ、肩も出ているし私も少し躊躇しちゃうわ」

 やはり体型を気にして躊躇される方も、それなりに多いようですね。
 ただこの製法は一部分だけに絞って使うこともできますし、細く見せたい所だけに用いて、それ以外をふんわり見せることで体型もカバーできます。
 そしてやはりお年を召された方には、肩出しルックの受けはあまり良くないみたいですね。
 ちなみに宣誓の時には、場に合わせてショールを使いました。

「貴族の女性は長い髪ばかりだが、彼女のような髪型も中々良いな」

「ドレスといいヘアスタイルといい凄く先進的だわ! 社交界の流行が変わるわよ!!」

 髪型も予々ご好評を頂いているようです。
 さすがにここの部分では冒険する予定ではなかったのですが、怪我の功名という奴でしょう。

「そう言えば聞いたか? エスター嬢は暴走した機関車を止めるために、自らの髪を躊躇なく切り落としたとか」

「知っているわ、勇敢にもテロリスト達に立ち向かったとか、同じ女性としてとても憧れます」

 流石は貴族の情報網……といいたい所ですが、あれほど騒げば噂が回るのも早いですね。
 会場の所々から、昨日の私とウィルの活躍を噂する人の声が聞こえます。

「ツンとした瞳に、美しいお顔立ち……あぁ、エスターお姉様……」

「あぁっ! たまりません、たまりませんわぁ!!」

 ……あそこの集団は、なぜか危険な香りがします。
 できる限り彼女達には近づかないようにしときましょう。
 私はそっと顔を背けた。

「……あの蔑んだような瞳で、顔を赤らめ恥じらいながら踏んで欲しい」

「俺は彼女の椅子になりたい、そして少しでも動いたらお仕置きして欲しい……」

 ぐっ、視線を背けた先も変態ばかりでした。
 この国の将来がとても心配になります。

「どうした? やはりまだ体調が優れぬか?」

「い、いえ、大丈夫です……」

 その後も愛想を振りまきつつゆっくりと歩いて、一番奥のテーブルで二手に別れる。
 ウィルは同世代の男性陣がいるテーブルに、私は同世代の女性陣がいるテーブルの前に立ちます。
 私たちが入場した後に皇帝陛下夫妻が入場し、中央のテーブルに陣取りました。

「今日は我が息子ウィリアムと、サマセット公爵の娘エスターとの婚約に、多くの者が集まった事を喜ばしく思う」

 皇帝陛下の言葉に貴族達は拍手を返す。

「すでに聞いておると思うが、先日、我が帝国のお膝元である皇都の中にも不届き者が現れた」

 皇帝陛下がはっきりとこの事に触れるとは思わなかったので、周囲は少しざわつく。

「だが奴らの計画は、ここにいるウィリアムとエスターを中心とした帝国貴族達の活躍により阻止された!」

 会場から勝利を祝う声を上がる。

「帝国貴族達の団結とその忠誠心、そしてこの帝国の明るい未来を改めて確認できた事を誇りに思う」

 周囲の貴族達からは歓声が上がる。

「私からは以上だ、ウィリアム」

 皇帝陛下に指名されたウィルは、テーブルから離れ通路側に出ました。
 私もそれに合わせて、再びウィルの隣に立ちます。

「今日は私たちの婚約の儀に、多くの者が参列したこと、私も嬉しく思っている」

 ウィルの言葉に、貴族達は拍手を返す。

「先ほどの陛下の話の続きになるが、今回のことで少なからず、貴族や騎士達、一般市民の中にも被害が出た」

 もし陛下が昨日の事を話さなくても、この事に言及したいと控え室でウィルから聞いていました。

「まずは私たちの祝賀の前に、勇敢に戦った彼らに哀悼の意を表したい」
 
 先ほどまで騒がしかった貴族たちは、沈痛な表情でウィルの言葉に頷く。

「黙祷……」



 

「皆の心遣いに敬意を表したい」

 貴族たちは先ほどよりも静かに拍手する。

「少し湿っぽくなったが、今日は私にとっても彼女にとってもめでたい日だ、ぜひ楽しんでいってくれ!」

 湿っぽさを振り払うように、貴族たちは歓声を上げる。

「それでは今より祝賀を始める、乾杯!」

 皇帝陛下の乾杯の音頭に、皆がグラスを傾ける。
 2杯目は躊躇いますが、飲まないわけにはいきません。
 意を決して飲んでみると、私のグラスに注がれていたのはぶどうジュースのようでした。

「それならば、大丈夫だろ?」

 ウィルは顔を近づけ、私の耳元で囁く。
 どうやら先ほどの私を見て、ウィルは配慮してくれたようです。

「有難う、ウィル」

 私はぶどうジュースを飲み干し、ウィルの耳元で囁き返す。

「食事の間はしばし別行動だが、何かあれば私はすぐ反対側のテーブルにいるからな」

「はい」

 再び私達は間の通路を隔てそれぞれのテーブルに着席します。
 私のテーブルに座っているのは伯爵以上の爵位で、すでに婚約者がいるか結婚している若い方ばかりだとか。
 同じようにウィルのテーブルには、婚約者がいるか結婚されている若い男性陣ばかりが集められています。
 中央には皇帝陛下を中心に、皇后様、お父様、お養母様に、立会人を務められたベッドフォード公爵、リッチモンド公爵と言った6つのテーブルには、主要貴族や彼らに近しい者たちを固められていました。
 入り口付近のテーブルは、基本的に下級貴族達に割り当てられています。
 どこに誰が座るか、誰がテーブルのホストを務めるのか、このテーブルの配置を考える方達は、毎回、必ず1人は体調を崩されるとか……。
 他国からの来賓もある結婚の儀の事を考えると、今からとても申し訳ない気持ちになります。

「はじめましてエスター様、私は……」

 席に着くなり自己紹介の猛攻撃に会いました……。
 晩餐会に続き、料理を楽しむ暇もないまま、なんとかホストを務め上げ会話を回していきます。
 まぁ、ベッドフォード公爵の派閥に囲まれたあの地獄を思えば、彼女たちなんて可愛いものですけどね。
 その後も恙無く祝賀は進み、食事の後は隣の部屋に場を移す事になりました。

「御機嫌よう、エスターさん」

「御機嫌よう、皇后様」

 隣の部屋に移ると、すぐさまに皇后様が話しかけてこられました。
 それを見て他の者達は、私たちの会話を邪魔してはいけないと引いていきます。

「そのドレスとてもよく似合っているわ……その髪も、最初はそんな事をした者達に怒りも湧いていましたが、とっても素敵ですよ」

「有難うございます、皇后様に褒められた事、とても嬉しく思います」

 皇后様は壁際の目立たない場所へと、私を連れて行く。

「疲れたでしょう、しばし私の側に居なさい……それと正式に婚約者となったのです、お養母様と呼んでくれても良いのですよ」

「御心遣いに感謝いたします……ただ、結婚前にお養母様と呼ぶのは些か問題があるかと……」

 皇后様が側にいれば、話しかけて来る者はそうはいないでしょう。
 話しかけてくる者がいたとしても、皇后様がホストを務められるので、その分私の負担は少ないです。
 私を気遣う皇后様の配慮には感謝しかありません。
 しかし、お養母様と呼ぶのは婚約者の段階では流石に問題があります。

「面倒ですね、もう明日にもウィリアムと結婚してしまいなさい」

 皇后様って結構せっかちな所があるよね……。
 こういうところ、すごくウィリアムに似ていると思います。
 そんな事を考えていると、私たちのいる所に近づいてくる者の気配を感じました。

「ここにいたのかシャーロット」

 皇后様をシャーロットなどと呼び捨てにする男性は、おそらくこの世に1人だけでしょう。
 私と皇后様の会話に割り込んできた男性は、皇后様から私の方に体の向きを変える。

「……こうやって君と落ち着いて言葉を交わすのは初めてかな」

「はい、本日はこのような豪華な祝賀を挙げていただいた事、感謝いたします」

 私が顔を上げると、目の前にはウィルの父である皇帝陛下の姿がありました。
 皇后様……人避けどころか、人が避けたせいでとんでもない人が来たんですけど……。
 どうやら私の緊張はまだまだ続くようです。
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