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第1部 皇太子殿下との婚約
裏話 華麗なる侍女の嗜み。
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「くぅーっ!!」
私の主人は年甲斐もなく、ベッドに顔を突っ伏し足をバタつかせる。
「やっぱり実物の方が、エルミアに似て遥かに可愛い……!」
目の前にいるこの恥ずかしい人は、私の主人であり、この帝国の皇后であるシャーロット様です。
エルミア様とはシャーロット様のご友人であり、私も何度かお会いした事がありますが、とても美しい人でした。
残念な事に、エルミア様はご病気により既に亡くなられていますが、シャーロット様のご子息であられるウィリアム皇太子殿下と、エルミア様の子供であるエスター様が、この度、ご婚約することとなったのです。
シャーロット様は狂喜乱舞し、来る日も来る日もエスター様の肖像画を眺めていました。
先日ようやく、そのエスター様が皇宮に来られたのですが、緊張からかこのポンコ……こほん、シャーロット様は、冷ややかな態度をとってしまうという失態を連発しているのです。
「はぁ……ならばそれを言って差し上げれば、宜しいのではないでしょうか?」
「そっ、そんなの、恥ずかしくて言えるわけないじゃないですか」
貴女は女子を初めて意識し始めた男子か!
私はテーブルを叩きたい衝動を抑える。
「それにしてもあの態度はどうかと思いますよ」
エスター様の涙ぐましい努力は、誰の目にも見て取れました。
何とか会話の糸口を掴もうと、必死に話しかける様。
それに対するシャーロット様の、冷かな態度にシュンとする姿。
個人的には、心の底から湧き上がってクルものがありましたが、流石にかわいそうだと思いました。
「だ……だって……」
「だってもへってもありませんよ、このままじゃ間違いなく嫌われますよ」
嫌われるという単語が重くのしかかったのか、シャーロット様は急に顔を青ざめ、ガタガタと震え出しました。
「ど、どどどどうしましょう!? なにか、なにか良い手はないですのか!?」
縋り付くシャーロット様の姿は、大変、可愛らしいですが、流石に自らの国の皇后様を、情けない姿のまま放置するわけにもいきません。
「仕方ありませんねぇ……とりあえず贈り物あたりからアピールした方が良いのではないですか?」
まぁ、大体のご令嬢なんて物の1つや2つ贈っておけば、大抵ころっといくもんですよ。
え? 私? ここ数年、殿方からの贈り物など頂いておりませんが何か?
あっ、入り口にいた新人の侍女が、私の顔を見て泣きそうになっていました……いけませんいけません、お姉さんは怖くないですよー。
「そうですね……ならば、エスターの薔薇を手配してください、あの花の名称は彼女の名前が由来だったはずです」
「かしこまりました、直ぐに手配いたします」
私は直ぐ様に薔薇を手配し、エスター様にお届けする。
「皇后様、先ほど、エスター様の方に薔薇の花を贈り届けてきました」
シャーロット様は、まるで少女のような笑顔をパァッと咲かせる。
それですよそれ、最初からエスター様に対してもそれができれば、こんな面倒なことになってないんですよ。
「どうでしたか! 喜んでいましたか!?」
「はい、それは間違いないかと‥‥」
その後のシャーロット様はうきうき気分で、いまかいまかとエスター様の返礼をお待ちになっていました。
しかし突然、何を思ったのか、シャーロット様は勢いよく椅子から立ちあがる。
「待ってられません! こちらから行きましょう!!」
「えーっ……」
おっと、思わず心の声が漏れてしまいました。
それもこれも基本的なマナーをど忘れするシャーロット様が悪いのです。
「流石に返礼品をこちらから受け取りに行くというのは……」
「ふふん、これを見なさい!」
シャーロット様は自信満々に、テーブルに置かれたお菓子箱を指差す。
これは確か、最近人気のシリル・エインズワースとか言う菓子店の物ではないでしょうか。
「サマセット公爵領のお菓子の物です、これを理由に押しかければ良いのです!」
勢いのついたシャーロット様は、私を引っ張りエスター様のいるお部屋へと向かいました。
流石は皇后様、その行動力と決断力には感服いたします。
でもね……結局エスター様と対面したら振り出しではないですか!!
「皇后様、ご自分でちゃんとお伝えにならないとわかりませんよ」
もういい加減疲れたので、私は一通りエスター様に事情をぶちまけ、シャーロット様を残し部屋から出てきました。
「これでうまくいけば良いのですが……」
そう願う私の気持ちとは裏腹に、事態はこの後もとんでもない方向へと進んでいった。
◇
シャーロット様とエスター様が打ち解け、皇宮は再び穏やかな日々を取り戻しました。
しかし、その平和は長続きせず、新たな事件が起こったのです。
帝国に対し反逆を企てた者達に巻き込まれ、エスター様が攫われてしまいました。
その後、エスター様は自らの力で脱出し、反逆者達の機関車爆破事件を阻止された……そこまではいいでしょう。
問題はその後です、なんと、エスター様は男の娘だったのです!
そう、男の娘だったのです!! ……すみません、大事な事なので二回いいました。
「今、何と言ったのですか?」
エスター様……もといエステル様を部屋に返した後、私たちの間に、ちょっとした見解の齟齬が発生いたしました。
「ふっ、やはり皇后様のご見解は浅はかですね、皇太子殿下を攻めるエステル様こそが至高だと言っているのですよ」
「相変わらず貴女は歪んでいますね……エステルくんは受けなのです! それ以外は邪道です!」
皇后様の言葉に、私の頬がピクリと動く。
「へぇ……どうやら、私の嗜好は高尚すぎて、お子様の皇后様には少し早かったようですね」
私とした事が、小娘の戯言にのせられてしまいましたね。
でも、顔を真っ赤にされて震えるシャーロット様は、とてもお可愛らしいので良いとしましょう。
「むきーっ! どうやら貴女とは、決着をつけねばならぬ時が来たようですね!」
「ふっ、シャーロット様が私に勝った試しがあると? いいでしょう、その勝負、受けて立ちます!!」
私たちの子供のような言い争いは続き、気づいた時には婚約の儀を執り行う朝を迎えていました。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……今日は、これくらいにしておきましょうか」
「ふぅ……良いでしょう、そろそろ時間ですしね」
その後、私たちは徹夜明けでフラフラになりながらも、何とか婚約の儀を含めた一貫の行事を無事に終える。
なんでよりにもよって、儀式の前日の夜に言い争ったのか、私はそう後悔しつつベッドに倒れこんだ。
「ふふ……ふふふふふふ」
シャーロット様とのやり取りはともかく、日々の生活に新たな楽しみができました。
エステル様がどういう選択をするのか、それを考えると愉悦が止まりません。
「期待していますよ、エステル様」
私はそう呟くと、年甲斐もなくやらかした徹夜の疲れから、意識を手放した。
私の主人は年甲斐もなく、ベッドに顔を突っ伏し足をバタつかせる。
「やっぱり実物の方が、エルミアに似て遥かに可愛い……!」
目の前にいるこの恥ずかしい人は、私の主人であり、この帝国の皇后であるシャーロット様です。
エルミア様とはシャーロット様のご友人であり、私も何度かお会いした事がありますが、とても美しい人でした。
残念な事に、エルミア様はご病気により既に亡くなられていますが、シャーロット様のご子息であられるウィリアム皇太子殿下と、エルミア様の子供であるエスター様が、この度、ご婚約することとなったのです。
シャーロット様は狂喜乱舞し、来る日も来る日もエスター様の肖像画を眺めていました。
先日ようやく、そのエスター様が皇宮に来られたのですが、緊張からかこのポンコ……こほん、シャーロット様は、冷ややかな態度をとってしまうという失態を連発しているのです。
「はぁ……ならばそれを言って差し上げれば、宜しいのではないでしょうか?」
「そっ、そんなの、恥ずかしくて言えるわけないじゃないですか」
貴女は女子を初めて意識し始めた男子か!
私はテーブルを叩きたい衝動を抑える。
「それにしてもあの態度はどうかと思いますよ」
エスター様の涙ぐましい努力は、誰の目にも見て取れました。
何とか会話の糸口を掴もうと、必死に話しかける様。
それに対するシャーロット様の、冷かな態度にシュンとする姿。
個人的には、心の底から湧き上がってクルものがありましたが、流石にかわいそうだと思いました。
「だ……だって……」
「だってもへってもありませんよ、このままじゃ間違いなく嫌われますよ」
嫌われるという単語が重くのしかかったのか、シャーロット様は急に顔を青ざめ、ガタガタと震え出しました。
「ど、どどどどうしましょう!? なにか、なにか良い手はないですのか!?」
縋り付くシャーロット様の姿は、大変、可愛らしいですが、流石に自らの国の皇后様を、情けない姿のまま放置するわけにもいきません。
「仕方ありませんねぇ……とりあえず贈り物あたりからアピールした方が良いのではないですか?」
まぁ、大体のご令嬢なんて物の1つや2つ贈っておけば、大抵ころっといくもんですよ。
え? 私? ここ数年、殿方からの贈り物など頂いておりませんが何か?
あっ、入り口にいた新人の侍女が、私の顔を見て泣きそうになっていました……いけませんいけません、お姉さんは怖くないですよー。
「そうですね……ならば、エスターの薔薇を手配してください、あの花の名称は彼女の名前が由来だったはずです」
「かしこまりました、直ぐに手配いたします」
私は直ぐ様に薔薇を手配し、エスター様にお届けする。
「皇后様、先ほど、エスター様の方に薔薇の花を贈り届けてきました」
シャーロット様は、まるで少女のような笑顔をパァッと咲かせる。
それですよそれ、最初からエスター様に対してもそれができれば、こんな面倒なことになってないんですよ。
「どうでしたか! 喜んでいましたか!?」
「はい、それは間違いないかと‥‥」
その後のシャーロット様はうきうき気分で、いまかいまかとエスター様の返礼をお待ちになっていました。
しかし突然、何を思ったのか、シャーロット様は勢いよく椅子から立ちあがる。
「待ってられません! こちらから行きましょう!!」
「えーっ……」
おっと、思わず心の声が漏れてしまいました。
それもこれも基本的なマナーをど忘れするシャーロット様が悪いのです。
「流石に返礼品をこちらから受け取りに行くというのは……」
「ふふん、これを見なさい!」
シャーロット様は自信満々に、テーブルに置かれたお菓子箱を指差す。
これは確か、最近人気のシリル・エインズワースとか言う菓子店の物ではないでしょうか。
「サマセット公爵領のお菓子の物です、これを理由に押しかければ良いのです!」
勢いのついたシャーロット様は、私を引っ張りエスター様のいるお部屋へと向かいました。
流石は皇后様、その行動力と決断力には感服いたします。
でもね……結局エスター様と対面したら振り出しではないですか!!
「皇后様、ご自分でちゃんとお伝えにならないとわかりませんよ」
もういい加減疲れたので、私は一通りエスター様に事情をぶちまけ、シャーロット様を残し部屋から出てきました。
「これでうまくいけば良いのですが……」
そう願う私の気持ちとは裏腹に、事態はこの後もとんでもない方向へと進んでいった。
◇
シャーロット様とエスター様が打ち解け、皇宮は再び穏やかな日々を取り戻しました。
しかし、その平和は長続きせず、新たな事件が起こったのです。
帝国に対し反逆を企てた者達に巻き込まれ、エスター様が攫われてしまいました。
その後、エスター様は自らの力で脱出し、反逆者達の機関車爆破事件を阻止された……そこまではいいでしょう。
問題はその後です、なんと、エスター様は男の娘だったのです!
そう、男の娘だったのです!! ……すみません、大事な事なので二回いいました。
「今、何と言ったのですか?」
エスター様……もといエステル様を部屋に返した後、私たちの間に、ちょっとした見解の齟齬が発生いたしました。
「ふっ、やはり皇后様のご見解は浅はかですね、皇太子殿下を攻めるエステル様こそが至高だと言っているのですよ」
「相変わらず貴女は歪んでいますね……エステルくんは受けなのです! それ以外は邪道です!」
皇后様の言葉に、私の頬がピクリと動く。
「へぇ……どうやら、私の嗜好は高尚すぎて、お子様の皇后様には少し早かったようですね」
私とした事が、小娘の戯言にのせられてしまいましたね。
でも、顔を真っ赤にされて震えるシャーロット様は、とてもお可愛らしいので良いとしましょう。
「むきーっ! どうやら貴女とは、決着をつけねばならぬ時が来たようですね!」
「ふっ、シャーロット様が私に勝った試しがあると? いいでしょう、その勝負、受けて立ちます!!」
私たちの子供のような言い争いは続き、気づいた時には婚約の儀を執り行う朝を迎えていました。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……今日は、これくらいにしておきましょうか」
「ふぅ……良いでしょう、そろそろ時間ですしね」
その後、私たちは徹夜明けでフラフラになりながらも、何とか婚約の儀を含めた一貫の行事を無事に終える。
なんでよりにもよって、儀式の前日の夜に言い争ったのか、私はそう後悔しつつベッドに倒れこんだ。
「ふふ……ふふふふふふ」
シャーロット様とのやり取りはともかく、日々の生活に新たな楽しみができました。
エステル様がどういう選択をするのか、それを考えると愉悦が止まりません。
「期待していますよ、エステル様」
私はそう呟くと、年甲斐もなくやらかした徹夜の疲れから、意識を手放した。
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