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第2部 私と貴方の婚約者生活

エピローグ 皇太子妃の甘く憂鬱な朝。

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 徐々に覚醒していく意識とともに、身体を蝕む気怠さに目を開けるのが憂鬱になる。
 どう言う事かここ数日、体調があまり優れません。
 しかしこれは結婚の儀のために、大急ぎで準備を整えたからではないでしょうか。
 そうであればこれから先の数日間はゆっくりと休めるので、徐々に体調の方も回復すると思います。

「んんっ」

 私は寝返りをうつ。
 侍女達が起こしに来るのはまだまだ先です。
 それまでの間、お布団に潜っていても許されますよね。
 うーん、むにゃむにゃ……ん?
 なにやら私の身体に触れるゴツゴツした違和感が……。
 でも、この香りは嫌いではありません、いえ、寧ろ好きな方です。
 私は匂いのする方向へと頭を埋める。
 それにしても私、なにやら大事な事を忘れている様な気がします。
 はて? 一体何のことを忘れているのやら……。

「エステル、それは誘っているのか?」

「……えっ?」

 私のお顔にだらだらと汗が流れる。
 嫌な予感がします。
 このまま瞳を閉じたまま、寝こけたふりをしていてはダメでしょうか?

「まだ、寝ているのか? それならば寝ている君が目覚めるまで、何度口づけができるか試して見ようか」

 ぼっ、私の顔が急速に赤くなる。
 もう、そんな意地悪な事言わないでくださいよ。
 観念した私は大人しく重たい瞼を持ち上げた。

「お、おはようございますウィル」

「おはようエステル。目覚めたら私の腕に君がいる。いい朝だと思わないか?」

 満面の笑みで甘い言葉を吐くウィルに、私は顔をひきつらせた。
 それと同時に私の脳裏に昨晩の出来事が蘇っていく。

「えっ、えっとぉ……」

「まだ疲れている様に見えるな」

 ウィルは私の髪を優しくとかす。

「どうだろう? 今日はこのままここでゆっくりするのも悪くはないんじゃないのか?」

「だ、ダメです。そんなの、恥ずかしすぎます……」

 私は顔を赤くする。
 まさか寝起きを見られるなんて……次からは絶対にウィルより先に起きないと!
 今までの様に寝坊助な私のままではダメです。

「冗談だ」

 ウィルは笑みを零すと、1人ベッドから起き上る。

「さてと……そこで聞き耳を立てている連中。さっさと中に入ってこい」

 ウィルが寝室の扉の方に視線を向けると、その扉がゆっくりと開いていく。

「あれ? バレてました?」

 扉からひょっこりと顔を出したエマは、年甲斐もなく舌をペロリと出す。
 私はエマに、早く助けてくださいと視線を送る。

「はいはい、妃殿下の朝の支度を整えますので、殿下は少し席を外してもらえますでしょうか?」

「むっ……まぁ、いいだろう、楽しみはまた今晩に取っておくとするか」

 ウィルはニヤリと口角を上がると、ひらひらと手を振って寝室から出て行った。
 えっ、ちょっ、今晩も……ど、どうしよう。

「エスター様……そのご様子では、まだ、の様ですね」

「うっ……」

 だってだって、疲れてたんだもん!
 今朝だってなんだかちょっと体調が悪いし。
 でも、私だって求められたら応じる覚悟ぐらいは……ごめんなさい、まだできてませんです、はい。

「その事について、ラフィーア先生にご相談したい事が……」

「ラフィーア先生なら1週間の間、ご不在ですよ」

 あっ……そういえば学会に参加するとかで、1週間のお暇を出したのでした。
 結婚の儀より前に許可を出していたのを、忙しすぎてすっかり忘れてしまっていたようです。
 次にラフィーア先生に会えるまで1週間、うん、そこまで耐えられる自信がありません。

「仕方ありません……エマ、どうすれば良いと思いますか?」

「そのように恐れずとも、エスター様が天井のシミをお数えになっている間に終わりますよ」

 私は寝室の天井を見上げる。

「? この部屋の天井にはシミひとつありませんが……?」

「物の例えでございます。全てを殿下に委ねられたらよろしいのでは」

 うーん、良くわかりません。

「全てをウィルに委ねていいのでしょうか? 私の方でも、何か努力すべきなのでは?」

「止めてください。それ以上エスター様が努力なされると、案外打たれ弱い殿下が死んでしまいます」

 えぇっ!? 私が頑張るとウィルが死んでしまうのですか?
 それともこれも何かのたとえ話なのでしょうか?
 エマの助言は私には難しすぎます。

「まぁ、どうしてもエスター様が怖い時は拒否していいのですよ。女の子には女の子の準備というものがございますから。幸いにも殿下はエスター様にベタ惚れですし、殿下はへた……お優しいですから、怖がるエスター様を手篭めにしようなどとはしませんよ」

 今、人の旦那様の事をヘタレと言いかけていませんでしたか?
 私が剣呑な目でじぃっと見つめると、エマはすっと視線を逸らした。

「おっと、いけませんね。これではご朝食に間に合いません。さっさと準備しましょう」

 あっ、わざとらしく話題を変えましたね!
 エマは有無を言わさずパンパンと手を叩いて話題を切り替える。

「失礼します」

 外にいたアマリア達が寝室の中へと入ってきた。

「朝食のお時間までそれほどありません。皆さん急ぎますよ」

「はい!」

 エマも侍女長として貫禄がついた気がします。
 あっ、決して年齢がごにょごにょ……というわけではありませんからね。
 だから人の心を読んで、そんな暗殺者みたいな怖い目つきで睨まないでください。
 ふぅっ……。私も主人として、皇太子妃として、エマ達に恥じないように頑張らないといけませんね。

 さぁてと、私も負けじと頑張りますか!

 そうして私の皇太子妃としての新たなる生活の日々が始まったのである。
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