裏腹少女2

トランクス

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15.暴力と女子力

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「へぇ、変質者捕まえたんだ」

「まぁ……うん」

「すぐに牢屋から出してくれたの?」

「あれ、犯人側の設定にされてる?」

 平日の朝、いつものように4人で通学する。男1人に女3人というアンバランスな男女比率で。

「誰が捕まえたの?」

「え~と、その後輩の子」

「ほうほう、格好いいなぁ」

「……だね」

 放課後に起きた騒動について簡単に説明。智沙も香織も興味津々といった様子で耳を傾けていた。

 ただ犯人を華麗に撃退した本人は飛び蹴りを決めた事実を知られたくないらしい。なので周りには紫緒さんが功労者という設定の嘘をついていた。

「颯太も一緒にいたんでしょ? アイツは何やってたのよ」

「男と鉢合わせした時には場所が離れててさ、後から警備員さんを呼んできてくれたんだよね」

「肝心な時に役に立たない奴。結局、その後輩の子だけで事足りたんじゃない」

「あはは……結果的にはそうなっちゃうのかな」

 もしかしたら今回の件で警察から表彰を受けられたのかもしれない。華恋が逃走案を主張しなければ。とはいえ自分も役立たずだったのでその意思を訴え出る権利は無かった。

 ついでに予め紫緒さんが提案していた恋人候補の件も白紙に。颯太自身は何も活躍していないので、友人を紹介するのは無理と言われてしまったのだ。

「面白そう。アタシも呼んでくれたら付いて行ったのに」

「僕も半信半疑だから出くわすなんて思ってなかったんだよ」

「ねぇ、ちーちゃん。私達も誰か捕まえて取材とかしてもらおうよ」

「よし、雅人。今からアタシ達の誰かに痴漢しろ」

「誰も興味ない」

「コンニャローーッ!!」

「うりゃあっ!!」

「ギャアァアァァッ!? 誰か助けてぇーーっ!!」

 車内で喚き散らす。騒がしい空間の一部を占拠して。

「げっ!」

 そんなやり取りをしている最中に異変を察知。到着した駅に見覚えのある女子高生を見つけた。

「あっ、やっぱり先輩だった」

「お、おはよ」

「チィ~ッス」

 紫緒さんが同じ車両に乗り込んでくる。軽い挨拶を飛ばしながら。

「……あぁ、この子ね。さっき話してたバイト先の後輩」

「どもども」

「通学中に会うのは初めてだっけ?」

「そっすよ。今日は先輩達来るの待ってたんで」

「へ、へぇ…」

 ただ当然のことながら周りの女性陣が唖然とした表情を浮かべる事態に。仕方ないので簡単に紹介した。

「ど~も、コイツの同級生です」

「どもです。先輩の同級生って事は、うちより年上ですね」

「そうね。アナタ1年? それとも2年?」

「2年っす。1個下です」

「あら。なら、かおちゃんと同い年だ」

 3人の中で真っ先に智沙が飛び出す。話を切り出した彼女は流れで隣にいた下級生にバトンタッチした。

「……あ、どうも。初めまして」

「どもです。先輩の後輩です。宜しくっす」

 2人がペコペコと頭を下げ合った。微かな緊張感を交えながら。

「師匠、会いたかった!」

「え? ちょ…」

「うちですよ。覚えてますか!」

「ひゃあ!?」

 そして続けざまに紫緒さんは華恋に接近。両腕を広げて抱き付いた。

「肌とかスベスベ。触っても良いですか」

「へ!?」

「うわぁ、柔らかい」

「ちょっと…」

「マシュマロみたい。ふわっふわぁ」

「や、やめ…」

 そのまま彼女の顔を弄り始める。恍惚とした表情を浮かべて。

 奇妙な光景をただ黙って観察。車内はますます賑やかになってしまった。

「お~い、着いたよ」

 駅に着くと2人に声をかける。下車する駅は紫緒さんも同じなので全員でホームに下りた。

「んじゃ、うちはこっから別行動なので」

「あ、うん」

「放課後にまた」

「気をつけてね~」

 ロータリーに出ると解散する流れに。元気に駆けて行く背中を4人で見送った。

「……何だったの、あの子」

「さぁ…」

 登場から退場まで一貫して理解不能な言動の連続。そのハイテンションっぷりは周りの人間達に動揺を与えただけで終わった。

「大丈夫? 口が開きっぱなしだけど」

「む…」

「お~い」

「……へ? え?」

 華恋の目の前で手を振ってみせる。どうやら呼びかける声も聞こえていなかったらしい。

「行こ。遅刻しちゃう」

「あ、うん…」

「ふぅ…」

 怒っているかと思ったがその様子は見られなかった。紫緒さんのあまりにも積極的な態度に戸惑ってしまったのだろう。

 その後はのんびりとしたペースで学校に移動。普通に1日の授業を受けた。



「どうして駅で待ち伏せなんかしてたの?」

「ん?」

 バイトの暇な時間中に後輩に話しかける。朝の続きを再開するように。

「そりゃ先輩の妹さんに用があったからっすよ」

「弟子入りがどうとか言ってた件?」

「そう、それ。あの人の女子力を吸収したいんです」

「女子力ねぇ…」

 周りの人間達から見たら華恋は才色兼備な女子高生なのかもしれない。ただ本性を知っている立場から言わせてもらえば背伸びした子供。暴言は吐くし、人使いは荒いし、すぐ人を騙すし。器が良くても中身が伴ってなければダメという良い見本だった。

「やっぱり紫緒さんもオシャレとか気になる方?」

「当たり前じゃないっすか。見た目が悪かったら男子にもモテないし」

「付き合ってる人とかいないの?」

「中学の時はいましたよ。でも2ヶ月ぐらいで別れちゃいました」

「そうなんだ。案外短いね」

「そっすか? 皆、そんなもんでしたよ」

「……へぇ」

 今の話が本当だとしたら自分はかなり遅れている。交際期間どころか交際経験自体がほぼゼロだから。

「先輩は今までに何人ぐらいの人と付き合った事ありますか?」

「さ、さぁ……何人ぐらいでしょう」

「ちなみに華恋師匠の方は?」

「向こうも多分いないよ」

「ふむ。けどさすがにずっとフリーだったなんて事は無いっすよね?」

「いやぁ、どうかな…」

 まさか兄妹間で告白したり口付けを交わしたなんて。そんなブッ飛んだエピソードを打ち明けられるハズがなかった。

「誰か良い男いないっすか? 彼女募集中の人とか」

「颯太は?」

「あぁ、あの人はお断りで。男としての魅力が壊滅的に破綻してますもん」

「そ、そうですか…」

 悔しいがその言葉に反論が出来ない。自分も似たような感想を抱いているから。

「この人とかどう?」

「うわっ、イケメン!」

「ならこの人は?」

「ん~……あんまタイプじゃないっすわ」

「じゃあこの人」

「誰っすか、このオジサン」

「僕のお父さん」

 その後はケータイの画像を見せながら盛り上がる。店長に見つからないように警戒しつつ。どうやら彼女はかなりの面食いらしく鬼頭くんの写真に釘付け。丸山くんや他のクラスメートには見向きもしなかった。



「ちいっす、ちいっす」

「はよ~」

 そして翌日の登校時間にも乱入者が車内に現れる。まるで空気を読まずに。

「先輩達はいつも一緒に行動してるんすか?」

「そうだよ。地元同じだし」

「良いなぁ、そういうの。男女が一緒に仲良く登校とか」

「紫緒さんはいつも1人なの?」

「そですぜ。孤独に一匹狼通学ですわ」

「ふ~ん、やっぱり喋り相手がいないのは淋しいよね」

 人見知りしない性格のせいか言葉をガンガン発信。よく喋る香織や智沙より口数が多かった。

「今日もキレイですね、師匠。一段と美人さんです」

「あ、あの…」

「化粧はしてるんですか? 素顔に見えますけど」

「ちょ、ちょびっとだけ。チークとか」

「あぁ、やっぱり。ほっぺのピンク色が可愛い」

 挨拶を済ませた紫緒さんは積極的に華恋に話しかける。タレントに詰め寄るレポーターの如く。

「もし良かったらうちにも教えてください。化粧なかなか上手くならなくて」

「え、えぇ…」

「ダメな所とか指摘してほしいんです。女子力を磨きたいんす!」

「……突然そんな事言われても」

 そのまま突発的な意見を提案。言い寄られた華恋が助けを乞うように視線を送ってきたが見て見ぬフリを通した。

 このやり取りは翌日も、そのまた翌日も続く事に。帰宅する度に自分が妹に怒られ、バイト先では後輩に根掘り葉掘り聞かれる始末だった。

「師匠ぉぉぉぉっ!!」

「ひいぃっ!?」

「女子力向上の為の指導、ダメですか!?」

「ダメっていうか、その…」

「ダメなんですか!?」

「あ、あんまり近寄らないで」

 紫緒さんがしつこく迫る。ストーカーを彷彿とさせる勢いで。これで相手が男だったなら容赦なくビンタを浴びせているハズ。しかし女子となればそうはいかなかった。

「良いじゃん、弟子にしてあげたら」

「ねぇ?」

「ちょっと、2人とも無責任な事言うのやめてよ!」

「アンタに会いに毎日来てくれてるのよ? お願い事叶えてあげなきゃ可哀想じゃないのよ」

「だからっていきなりこんな…」

「可愛いじゃないの。アタシだったら喜んで受け入れてあげるのになぁ」

「で、でもさ…」

 智沙と互いに顔を合わせる。紫緒さんのキャラに慣れてしまった彼女はすっかり平常運行になっていた。

「……はぁ。分かりましたよ」

「本当ですか!? やったぜ」

 そして激しい攻防戦の末に華恋が妥協する。その顔は諦めに満ちていた。

「で、具体的にうちは何すれば良いんすか?」

「さ、さぁ? 私に聞かれても」

「とりあえず一緒に遊んでみたら? 何するにも親しくなるのが一番の近道よ」

「あ、なるほど。そのアイデア頂きます」

「ちょっと…」

「じゃあ、そういう事でいいっすか、師匠?」

「……お好きにどうぞ」

 智沙のアドバイスで2人での外出が決定。ギャラリーからしたら笑いのネタでしかない。

 会話の流れで出かける日付も設定。連絡先の交換をすると紫緒さんは満足そうな表情を浮かべていた。



「ふぅ…」

「なに溜め息ついてんのよ」

 約束当日、妹と共に自宅を出発する。億劫な気分に苛まれてながら。

「僕が付き添う必要あるのかなぁと…」

「あぁ!? アンタがそれ言うのか」

「え?」

「元はといえば雅人があの子を説得してないからこんな事になったんでしょうがぁ!」

「す、すいません…」

 2人の外出に何故か自分も同行する流れに。拒否したが無理やり連れ出されてしまったのだ。

「あぁああぁ……期末に向けて勉強しなくちゃなのにぃ」

「ごめん」

「せっかくのアニメ鑑賞タイムが無くなっちゃったじゃない。どうしてくれんのよ!」

「あれ、勉強は?」

 まさか師匠がアニメオタクだなんて紫緒さんは夢にも思わないだろう。更には品行方正から程遠いオッチョコチョイなのだから。



「ん? 何してるんだろう」

「さぁ」

 それから電車に揺られながら目的地に到着。しかし銅像前にいた後輩はチャラい格好をした男性と会話をしていた。

「あ、先輩と師匠。ちぃーっす」

「う、うん」

「じゃあ友達来ちゃったんでこの辺で」

「え?」

 彼女がこちらの存在に気付く。直後に男性がそそくさとその場から退散した。

「今の人、知り合い?」

「聞いてください。ナンパっすよ、ナンパ」

「へ?」

「うちが可愛いからってクソ高いアクセサリー売り付けようとしてきて。あ~、やんなっちゃう」

「それは多分ナンパじゃない…」

「ほえ?」

 どうやら悪質なキャッチセールスに絡まれていた様子。単純な彼女ならもう少しで騙されていたかもしれない。一段落つくと改めて挨拶をした。

「師匠、今日はよろしくお願いします」

「は、はぁ……よろしく」

「それでですね、うちの今日の格好どうですか?」

 紫緒さんがその場で一回転する。ブラウスにショートパンツというスタイリッシュな格好で。

「か、可愛いんじゃないかな。似合ってると思うけど」

「本当ですか!? ありがとうございます」

「あ、あの…」

「はい?」

「どうして私なんかに取り入ろうと考えたの?」

 感想を言い終わると今度は華恋の方から質問。初めてとなる師匠側からの意見発信だった。

「実は今、気になる人がいまして」

「気になる人?」

「はい。その人に認めてもらう為には華恋師匠の力が必要かなぁと考えたんです」

「いやいや…」

 その人物が誰なのか聞かなくても推察出来てしまう。先日、写真を見せてあげた鬼頭くんだろう。

 彼のイケメンっぷりを見て紫緒さんは大喜び。舞い上がっていたが華恋に想いを寄せている事を告げると敢えなく撃沈。途端に落ち込んでしまったのだ。

「……んっ」

 もしかしたら趣味やファッション、女子力を吸収して華恋になりすまそうという作戦なのかもしれない。好きな人の理想に合わせたいという算段で。

 ただ1つ伝え忘れた情報が存在。彼が優奈ちゃんのお兄さんであると教えていなかった。

「とりあえず服を買いに行きたいです。アドバイスお願いしやす」

「は~い…」

 女子2人が今日の予定を話し合う。テンションの落差を見せつけながら。

「僕はどうすれば良い?」

「先輩も付いてきますか? それか適当にどっかウロついてても構わないですけど」

「なら本屋で立ち読みしてるよ。終わったら連絡ちょうだい」

「イエッサー」

 合流したばかりなのに別行動を開始。華恋から睨み付けられたが女性向けの店に男がいる場違い感を味わいたくないのでスルーした。

 1時間という時間を目安に一旦解散。ゲーセンやら本屋で時間を潰しながら1人でブラブラ。そして彼女達から連絡が来たのは予定の時間を1時間以上オーバーした後だった。



「だから試着した服はちゃんと整頓しなさい! グチャグチャの状態で戻したら店員さんに迷惑がかかるでしょうが!」

「でも面倒くさいし…」

「面倒くさくても直す! そういう思いやりのある心掛けが大切なのよ、分かった?」

「……はい」

 混雑したファミレスで食事をとる。隣から垂れ流される不満の声を耳に入れながら。

「あと店員さんに対してのタメ口やめなさい。年上だろうと年下だろうと敬語を使うの」

「でもうち客ですよ? どうしてタメ口はダメなんですか?」

「ガラが悪く見えるからよ。アンタだって接客業やってんだからそれぐらい分かるでしょ?」

「確かに。馴れ馴れしくされるとムカつきますわ」

 2人で行動してる時に色々あったらしい。合流してからずっとこんな調子。華恋の一方的な説教の連続。数時間前の上品な態度なんかどこにも存在していなかった。

「アンタ、ちゃんと髪の毛洗ってる? パサパサじゃないの」

「シャンプーだけしてます。リンスはたまに」

「だからよ! キューティクルが崩壊してんじゃないの。ちゃんとトリートメントやコンディショナー使って洗いなさい」

「ドライヤーも使った方が良いですか?」

「当たり前よ、素乾きとか論外。若いからって油断してるとすぐにダメになるわよ」

「はいっ!」

 紫緒さんが注意された項目を必死にメモにとる。師匠からの指示で。

「あと見た目を気にする前にまず中身を直しなさい! 化粧やらコーデ云々はそれからよ」

「師匠、ちょっと怖いっす…」

「お嬢様らしく振る舞えとは言わないけど、人として最低限のマナーは守りなさい。そんなんじゃロクな男と付き合えないから」

「うひぃ…」

 陽気な後輩の怯えた姿を拝むのは初めて。店長に叱られた時ですら平然としていたので少し意外だった。

「それと歩きながらケータイ弄るのもダメ! 危ないし、みっともない」

「でもメールとか来たら気になるし…」

「後で確認しなさい後で。転んだら危ない、人にぶつかったら迷惑」

「今までぶつかった事ないから大丈夫っすよ」

「口答えするなっ! あとその変な語尾やめろ!」

「えぇ、そんな…」

「少し落ち着いて。声が大きすぎるよ」

 我慢出来ずに思わず割って入る。ボクシングのレフェリーのように。

「華恋の言いたい事も分かるけどさ。一応、ここ公共の場だし」

「あぁ、ゴメン。悪かったわね」

「あと食べないと料理冷めちゃうよ? 話はまた食べた後で良いんじゃないかな」

 テーブルの上に並べられたハンバーグやらパスタ。その姿を現してから既に10分以上の時間が経過していた。

「アンタ、鞄の中にいつも何入れてるの?」

「鏡とか制汗スプレーとか。あと今使ってるこの手帳とか」

「絆創膏を入れておくと良いわよ。もしデート中に相手が怪我した時にさり気なく取り出すと好感度アップだから」

「おぉ~、なるほど」

 食事を始めた華恋がしたり顔を浮かべる。身内と分かっていてもいやらしいと感じる表情を。

「それと食べる時はテーブルに肘つかない。カチャカチャ音たてない」

「す、すんません」

「いい? そういう何気ない仕草がね、自分の質を落としていくのよ」

「なるほど」

「常に誰かに見張られてると思って行動しなさい。自分自身を第三者目線から俯瞰出来るようになりなさいよ」

「了解っす」

 とはいえ彼女が口にする話題は男の自分からしても感心してしまうような内容ばかり。口には出さないが心の中で何度も頷いていた。

「雅人、ほっぺにご飯粒ついてる」

「え?」

「ほら、んっ」

「あぁ!?」

 伸ばした指で顔を指される。頬に触れようとしたが先に華恋の手が到達してしまった。

「見た? 今みたいなさり気ない仕草に男は惹かれるのよ」

「お~、なるほど」

「な、何するのさ。恥ずかしいじゃないか!」

「ふふふ」

 回収した異物を彼女がそのまま口に。反論したが笑って濁されてしまった。

「デート代を男に出してもらうような女にはなっちゃダメ。自分の分は自分で払いなさい」

「承知しました」

「周りが皆『男に払ってもらえば良い』という女だらけの中に1人だけ『自分の分は自分で出す』って子がいたら光り輝くでしょ?」

「おぉ~、確かに」

「鞄を男に持たせたりするのもアウト。身の周りの世話は自分でこなしなさい。ただし、たまになら頼っても良し」

「どうしてっすか?」

「普段はしっかりしてる人が、たまに弱い部分を見せると男はコロッといくのよ」

「ふむふむ」

 食事を済ませた後は駅前の広場へと移動する。ベンチに腰掛けながら勉強会の続きを展開。休日なので辺りはカップルが多い。微妙に疎外感を味わっていた。

「雅人、ちょっと立って」

「え? 何で?」

「いいから、ほら!」

 人間観察をしていると唐突に話を振られる。訳が分からないまま重い腰を上げて立った。

「腕を組む時はこう。あんまり引っ付きすぎちゃダメよ」

「ちょ……離れて」

「近付きすぎると歩きにくいし、周りの人から見たらバカップルに思われちゃうでしょ?」

「そうっすね。気をつけないと」

「話を聞いてくれってば…」

 不満の言葉を無視して華恋が腕を絡めてきた。必要以上に密着するように。

「2人っきりの時とかはベッタリくっ付いてもOK。カラオケとか映画館みたいな暗い場所とか」

「周りの目を気にしなくて良い時ですね」

「そう、思いっきり甘えてやんなさい。普段とのギャップに男は萌えるから」

「暑苦しいよ…」

 肩に乗せられる頭を引き剥がす。今は6月で暦の上では夏。ベタベタくっ付いていては不快に感じる季節だった。

「アンタ、今までに彼氏いた事はある?」

「はい、一応。中学の時に」

「キスとかはしたの?」

「いやぁ、それが相手がへたれで一度もしてなくて」

「そう。まぁ健全な付き合いをしてたって事ね」

 紫緒さんの返事を聞いた華恋が勝ち誇ったような顔を浮かべる。威厳を保てた事が嬉しかったのだろう。

「良い? キスする時は相手の顔を見ないように目を閉じて…」

「うわあぁっ! な、何するのさ!?」

「雅人もほら、早く」

「やだよ! さすがにそれはやり過ぎだって」

「フリよ、フリ。本当にする訳ないじゃない」

「絶対だね?」

 そして会話の流れで顔を接近させてきた。言い訳をしてきたが怪しいので諦めてもらう事に。前科もある事だし。

「アンタ、胸いくつぐらいあんの?」

「86のDっす」

「ふ~ん……結構大きいじゃん」

「いやいや、師匠に比べたら全然」

「ふふふ。しかも私のは形も弾力も良いって周りから言われてるのよ」

「うぉーーっ、羨ましい!」

「ね~、雅人?」

「どうしてこっちに振ってくるのさ!」

 それからデート時の服装やメールの返信のタイミング等の話題で大盛り上がり。初めは乗り気でなかった師匠だが、しっかりとその役割を全うしていた。

「ま、今日はこんなもんかな。続きはまた今度ね」

「あざっす。いろいろ為になりました」

「終わった?」

「とりあえずわね。あ~、疲れた」

「……後半ノリノリだったね」

 しばらくすると華恋がベンチから立ち上がる。背筋を伸ばしながら。

「どうするの。もう帰る?」

「そうね。晩御飯の買い出しもしなきゃだし」

「あの、ちょっと良いっすか?」

「ん? まだ何かあるの?」

「はい。師匠じゃなく先輩の方ですけど」

 妹とこれからの行動について打ち合わせを開始。その間に紫緒さんが割って入ってきた。

「今日はいろいろ付き合ってもらってありがとうございました」

「いや、黙って座ってただけで僕は何もしてないんだけど」

「師匠のおかげでダメな所にいろいろ気付けました。今なら自分にも自信が持てます」

「それは……良かったね」

「という訳でうちと付き合ってください。お願いします」

「……はぁ? え、えぇーーっ!?」

 彼女はそのまま頭を下げてくる。意味不明な台詞と共に。

「何でいきなりそうなるのさ! 唐突すぎるよ」

「無理は承知の上です。でもうちは割と本気なんです」

「割とって、君ね…」

 ゴングが鳴って油断した所にパンチを喰らったような気分。紫緒さんの突然の告白は臨戦態勢を解いた選手を後ろから殴るような行為だった。

「ちょ、ちょっとどういう事よ!?」

「え?」

「貴様……正気か!?」

 隣で黙って見ていた華恋も慌てて介入してくる。凄まじい剣幕で。

「もちろんですとも」

「ダメダメダメダメぇーーっ、そんなの絶対に許さないからね!」

「何でですか? どうして師匠が反対するんですか?」

「そ、それは…」

 しかし彼女の反論の言葉はすぐに停止。いくら当事者とはいえ、この状況で意見するのは流れとしておかしいから。

「と、とにかくダメ。私がダメって言ってんだからダメなの!」

「そんなの変じゃないですか。重要なのは先輩の意思なのに」

「私は雅人の保護者なんだから用事は全て私を通しなさい」

「いつからそういう設定になったの?」

「うるさいっ! アンタは黙ってろ!」

 何故か自分が叱られてしまった。ただのとばっちりで。

「ひょっとして師匠はブラコンなんですか?」

「そ、そうよ。文句ある?」

「意外です。全然そんな風に見えないのに」

「とにかく雅人の事は諦めて頂戴。コイツだけは絶対にダメだから」

「何でですか。せめて先輩の返事ぐらい聞かせてもらっても良いじゃないですか」

 2人のやり取りが睨み合いに発展。困惑しながら見守っていると弟子の方と目が合った。

「先輩はどうなんですか。うちと付き合うの嫌ですか?」

「嫌っていうか…」

「どっちなんですか!?」

「突然そんな事言われても…」

 もしかして彼女が今日頑張っていたのはこの為だったのだろうか。本人を前に身だしなみの教示を受けるとかマヌケでしかない。

「とりあえずゴメン。やっぱり無理」

「そ、そんなぁ…」

「不意打ちだから覚悟してなかったってのもあるけど、そこまで紫緒さんが真剣な気がしないし」

「先輩なら女の子にモテそうにないし、イケるかなぁと思ったんだけど…」

「そうやってハッキリ物事を言っちゃう所が苦手なんだよ!」

「はぁ…」

 返事を聞いた後輩が肩を落として落胆。自分で振っておいて何だが、まるで罪悪感を感じなかった。

「あ、そうだ」

「はい?」

「アンタ、今日限りで破門ね」

「えぇーーっ!? な、何でですか?」

「アンタの目的が雅人だと分かったからよ。そんな奴に教える事なんて何1つない!」

「たった1日でクビとか、そんな…」

 更に華恋からも無慈悲な言葉を突き付けられる。関係性を思い切り否定するような台詞を。

 好きな相手に振られ、尊敬する相手に突き放され。陽気な後輩にとって全く意味を成さない1日となった。
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