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ハルカ
1.尾行
しおりを挟む広々とした空間、耳に入ってくるのは軽快なジャズ調のBGM。ついでに窓の外からは眩しい西日が射し込んでいる。その中で数十人という人間が一定の距離を保って立っていた。
「んっ…」
指を動かしてパラパラと捲る。激しいタッチで描かれた絵が載っているマンガ雑誌を。
上はブレザーの制服に、下は紺色のズボン。足元に学校の鞄を置いて本屋で立ち読みをしていた。
「この作者、全然絵が上手くならないな…」
流し読みしながら独り言を呟く。上から目線の評論家気取りの意見を。
偉そうに語ったが自身には芸術の才能は無い。口にしたのは制作者の苦悩を無視した不平不満だった。
「ふぅ…」
ただ作品に集中が出来ないのは読んでいる物が好みの作風と違うからではない。店内にいる別の存在に意識を引っ張られているからだった。
「えっと…」
少し離れた棚で1人の人物が歩いている。同じ学校の制服を身に付けた女子高生が。彼女は視線を何度も上下左右に動かしていた。長い髪を小刻みに揺らしながら。
『春華さんって美人だよね』
その様子を観察中、頭の中にはある台詞が浮かび上がってくる。学校で数えきれないぐらいに耳にした誉め言葉が。それは友達以上の感情を抱いている男子からだけではない。同性である女子からもされている称賛だった。
「何を探してるんだろう…」
回想に浸りながらも高評価の女子生徒を眺め続ける。手にしている雑誌を防護壁に。
下校時間になってからずっと彼女を追跡。ストーカー紛いの行為をしていた。
「どんな時間の潰し方してるんだか…」
考えれば考えるほど情けなくなってる。クラスメートなのにまともに声をかけられない臆病な性格が。それでも大人しく退散しようとは思わなかった。罪悪感より好奇心の方が僅かに勝っていたから。
「ん?」
ふとターゲットの異変を察知する。それまでとは違う行動の細かな変化を。彼女は明らかに商品以外の何かを物色。気のせいでなければ離れた場所にいる店員の様子を窺っている気がした。
「え、え…」
そして唐突に浮かんできた嫌な予感は見事に命中してしまう。文具コーナーで立ち止まったかと思えばいくつかのペンを吟味。続けてそのうちの1本を鞄の中に仕舞いこんでしまった。
「ちょっ…」
それは明らかに万引き。思い切り法に触れる犯罪行為だった。
「ありがとうございました~」
レジに持っていくかと予想したが期待が外れてしまう。レジにいた男性店員が会計もしていない彼女に向かって挨拶をしてしまったので。
「ヤバいヤバい…」
このままでは憧れの女子生徒が犯罪者に。鞄をその場に残したまま出入口に向かって駆け出した。
「春華さん!」
「……え?」
「ダメだよ、ちゃんとお金払わないと! 窃盗になっちゃう!」
「あ…」
店を出てすぐの駐車場で声をかける。大声で名前を呼びながら。
「あっ!?」
そのまま接近するも彼女はすぐに逃亡を開始。店とは反対方向の道路に向かって全力ダッシュしてしまった。
「こらーーっ!!」
「ん?」
「万引き犯、待てぇえぇえぇぇっ!!」
「げっ!?」
更には店の中から別の人物も飛び出してくる。レジにいた30代ぐらいの男性店員が。
「ス、ストップ! これには多分だけど深い訳が…」
「店の商品を勝手に持っていくな!」
「すみません。でもとりあえず事情を聞いて…」
「その雑誌返せっ!」
「……へ?」
思わず間に立ち塞がり弁明を開始。ただ店員の怒りの矛先はどう考えてもこちらに向けられていた。
「あ……あーーっ! しまった!? マンガ持ったまま出てきちゃった!」
指摘されて気付く。自分の手の中にあった分厚い雑誌の存在に。
「このクソガキぃ…」
「いや、違います。別に万引きしようと思った訳じゃなく…」
「はぁ? だったら何でこれを持ったまま外に出たんだ!?」
「そ、それは…」
真相を打ち明けようとしたが思いとどまった。そんな事をすればクラスメートを犠牲にするだけ。心情に逆らった背信行為になる所だった。
「とりあえずこっちに来い!」
「いって!?」
「言い訳なら事務所で聞いてやる!」
「いや、俺は本当に万引きするつもりなんかなかったんすよ!」
「うるせぇ! 黙れ!」
「信じて、信じてーーっ!!」
逃がしてたまるかと言わんばかりに腕を掴まれる。丁寧に接客していた時とは別人のように豹変した店員の手によって。
「くっそ…」
武力でやり返す訳にはいかないので合法的なやり方で対応。釈明の言葉を泣き喚きながら口にした。
「あの…」
「ん?」
「その人、本当に万引き犯じゃないですよ」
土下座でもしようかと考えていると別の角度から声をかけられる。店の中から出てきた小柄な女の子から。
「……え? マジ?」
「はい。私、ずっと見てましたから」
すぐに彼女に視線を移すが顔に全く見覚えがない。ただ着ている制服から同じ学校の生徒だと分かった。
「なんか友達に電話する為にうっかり外に出てしまったみたいで」
「あ、そうなの?」
「それに店の中に荷物が置きっぱなしだし。学校の鞄が」
「あぁ……マジか」
「その人、私の知り合いなんです。なので今回だけ特別に見逃してもらえませんか?」
「まぁ、君が言うなら…」
女の子が次々に擁護する台詞を口にしていく。重ね合わせた両手を顔に近付けながら。
「君、悪かったね」
「いや、こっちこそ勘違いさせるような真似をしちゃって申し訳ないっす」
そのおかげか腕を掴んでいた手の握力が消滅。あまりにも早すぎる納得で男性店員は態度を翻してしまった。
「あの…」
「はい?」
「あざっす。助かりました」
「どういたしまして。解放されて良かったですね」
「ま、まぁ…」
反射的に頭を下げる。見知らぬ男を庇ってくれた優しい女子生徒に向かって。
「ん~…」
しかし頭の中はいまだ混乱気味。犯罪者に間違われた事より追いかけていたクラスメートの悪行の方が気掛かりだった。
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